第2話 人生は思いもよらず方向を変える
1月1日になった。
ジャンプするでも友達と通話するでも家族と過ごすでもなく、マンガを読みながら俺は 年越しを迎えた。
別に何か変わるわけでもない。
かつて西暦がかわるのは特別で、非日常の出来事だったがいつの間にかそのような感覚は俺の中から消失してしまった。
家族と年越し特番を見ないようになったからかもしれないし、少しだけいた友達に年賀状を書かなくなったからかもしれない。
ただ冬休みの終わりが一日近づいただけの祝福できない時間の経過だ。
そろそろ寝ようかと俺が電子書籍を閉じたのと同時、ノック音が聞こえてきた。
「慶太、今いいか?」
「……」
扉の向こうから聞こえてきたのは父さんの声。
一週間ほど声を出していなかったからか返事をするのも面倒だったので、俺は直接扉を開ける。
そこにいたのは年齢から考えると少しだけ若く見える中年男性。
突然扉が開いて俺が出てきたのに驚いたのか目を丸くしている。
久しぶりに父さんと向き合った気がするが、こんなに小さかったか。
「お、おう……久しぶりだな、慶太」
「……」
「えーっと……あけましておめでとう?」
「……ぁ、んんっ。あけましておめでとう」
「……」
「……」
なんとか声を出した俺に返事をすることなく黙り込んだままの父さん。
その表情はどこか硬く、全体的にどこかぎこちない。
「大事な話があるんだ、ちょっとリビング来てくれないか」
「……」
しばらくして真剣な表情で俺と目を合わせた父さんに頷く。
リビングについて5分ほどたっただろうか。
そわそわしていた父さんが言った。
「再婚することになった」
「…………………………………………は?」
聞き間違えだと思った。
俺は思わず聞き返す。
「再婚って言った?」
「うん言った」
「……マジかよ」
聞き間違えではなかった父さんの言葉が信じられなくて俺は頭を抱える。
なぜなら俺は16で父さんは42だ。
もう母親がいないのが当たり前だし、別になんとも思わない。その状況が変わるなんて考えたこともない。
加えて父さんとはここ数年没交渉気味だ。
そんな中何の前振りもなく『再婚』なんていう可能性を告げられて信じられるはずがない。
黙り込んだ俺が怒っていると思ったのだろう、父さんが頭を下げる。
「その、……ごめん。今まで言ってなくて」
背筋を伸ばしきれいに腰を折った父親に俺の頭の中で言いたいことが氾濫する。
しかし「話すこと」をサボり続けてきた俺はどれもうまく言葉にすることができなくて、ともかく一度息をつく。
「……いつだよ?」
「み、認めてくれるのか!?」
呟いた俺に、尋常ではない覚悟を感じさせる表情でうつむいていた父さんが一転顔を上げ机に乗り出す。
その顔はキラッキラに輝いていた。
「や、認めるっていうか……」
「うん」
「普通に嫌ではあるんだが……」
「うん……」
「俺が認めないって言ったら再婚止められるのか?」
「……止められる」
父さんが言葉を絞り出した。
苦虫をかみつぶしまくったみたいに渋い顔で、なんとか言葉にしたという感じだ。
黙り込む俺に真剣な表情の父さんは俺と正面から顔を合わせる。
「でも、認めて欲しい」
「……」
「慶太が他人と話すのが好きじゃないのは分かってる」
「……」
「当然、他人と暮らすなんて許せないのも分かってる」
「……」
父さんはただひたすら真摯だった。
父さんには後戻りが効かないところまで話が進んでから俺に話を通すという手段もあった。そうされれば俺がなんと言おうと再婚は成っただろうし、今行われているような俺の許可も必要なかった。
それにもかかわらず父さんは俺に相談した。
その表情と口調からは俺のことを尊重してくれているのだろうことが伝わってきた。
「下手したら一ヶ月ぶりぐらいに話す話題がこれかよってオレも思ってる」
「……」
「何も親らしいことしてないのに、その上で慶太に負担を強いるのは申し訳ないと思ってる」
「……」
俺は父さんのことが別に好きではない。
そもそもあんまり家にいないし、いたとしてもあまり喋らない。
そんな人間を好きになれるはずがない。
……ただ、実のところ俺には仕事をしながら俺を育ててくれた父さんへの申し訳なさがある。
俺が小学校に上がる前に母親と離婚してから父さんはずっと仕事をしながら俺の世話をしてくれた。
そんな父さんに俺は感謝している可能性がなきにしもあらずなのだ。
今まで父さんは俺のために生きてくれたのだから再婚ぐらい許してやってもいいんじゃないかという思いも俺の中には生まれていて。
それをどう言葉にしようか悩んでいると父さんが言った。
「だからせめて一回再婚相手と会ってから決めてくれないか。本当にいい人だから」
「……それなら、まあ」
「ほんとか!!」
ちょうどよく提示された提案に不承不承頷いた俺に、よほどうれしかったのかガタッと立ち上がりいい顔で笑う父さん。
大人とは思えないほど感情を表す父さんに不覚にも笑いそうになった俺はばれないように下を向いてため息とともに立ち上がる。
「話はそれだけか? じゃ、俺戻るから」
「あ、ああ……」
俺の反応があまりに素っ気なくて予想外だったのか困惑する父さんをよそに俺は踵を返す。
食事会を設定するとかなんとか浮かれる父さんの話を聞き流しながら、去ろうとする俺の背に父さんが言った。
「ちなみに向こうにも慶太と同い年の娘さんがいるらしいからよろしく」
「いやよろしくじゃねぇ先に言えよ絶対再婚許さないからな」
「えぇ……?」
俺が睨むと父さんが何を怒っているのか分からないとでも言うように眉を下げた。
「一緒に住む人が増えるの、一人も二人も変わらないだろ?」
「いや全然違うわ」
というかもう少し悪びれろ。
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