第3話 真実と向き合う

その日からしばらく、僕は学校で友達と話すのを避けるようになった。ケンタと顔を合わせるたびに、彼があの日のことをまた話題にするんじゃないかと不安だった。

僕はお父さんを信じたい気持ちと、友達が僕の家族について何を思っているのかを知る恐れとの間で葛藤していた。


ある放課後のこと、僕は家に帰る途中で、いつもと違う道を歩いてみたくなった。気分を変えたかったのかもしれないし、ただ無意識に足が向かったのかもしれない。

そんな中、僕はふと、お父さんが昔よく通っていたという古びた喫茶店の前で足を止めた。お父さんは昔、この喫茶店で仲間たちと集まっていたと言っていた。その話を聞いたときは、ただの思い出話だと思っていたけれど、今となっては違う意味を持っている。


僕はその喫茶店の前で立ち止まり、少しの間、入り口をじっと見つめていた。中に入るべきかどうか迷ったけれど、何かに引き寄せられるようにドアを開けた。

中に入ると、少し薄暗くて古い感じの店内が広がっていた。カウンターには年配のマスターが一人で店を切り盛りしているようだった。彼は僕が入ってきたのに気づくと、少し微笑んで「いらっしゃい」と言った。


「何か飲むかい?」とマスターが優しく声をかけてきたので、僕は少し戸惑いながら「ココアをお願いします」と答えた。僕がカウンターに座ると、マスターは手際よくココアを作り始めた。その間、僕は店内を見渡しながら、この店でお父さんがどんな時間を過ごしていたのかを想像してみた。


やがて、マスターがココアを僕の前に置いてくれた。「ゆっくりしていってね」と声をかけられた僕は、少しほっとした気持ちでココアを飲んだ。その温かい飲み物が、僕の心にもじんわりと温もりを与えてくれた。


しばらくの間、僕はただ静かにココアを飲みながら、いろいろなことを考えていた。お父さんがこの店でどんな話をしていたのか、どんな人たちと一緒にいたのか。僕はそのことを知りたくなったけれど、同時に知ることが怖いとも感じた。


その時、マスターがふと僕に話しかけてきた。「君、お父さんとよく似てるね。昔、ここに来てた人の息子さんかな?」


僕は驚いてマスターを見つめた。「え、お父さんのこと知ってるんですか?」


マスターはゆっくりと頷き、「ああ、よく知ってるよ。昔はね、ここで仲間たちとよく集まってたんだ。お父さんは…今の君からは想像できないかもしれないけど、あの頃はかなりのやんちゃ者だったよ」と言って微笑んだ。


僕はマスターの言葉に耳を傾けながら、お父さんの過去が少しずつ鮮明になっていくのを感じた。お父さんがこの喫茶店でどんな話をしていたのか、どんな気持ちで過ごしていたのかを知りたくてたまらなくなった。


「お父さん…どんな感じでしたか?」僕は勇気を出して聞いてみた。


マスターはしばらく考えるようにしてから、「そうだな…章浩は、あの頃はとても強かった。自分の力を誇示するのが好きで、周りからも一目置かれていた。でも、彼には誰にも言えないような孤独があったんじゃないかな。表面上は強がっていたけど、心の中では何かに苦しんでいたように見えたよ。」


その言葉を聞いて、僕はお父さんの心の中にあった影を少しだけ理解した気がした。お父さんが強さを求めた理由、その裏に隠された孤独や恐れ。僕はそのことを知ることで、お父さんの過去に対する見方が変わった。


「でもね、君のお父さんは立派だよ。」マスターは続けて言った。

「彼はあの世界から抜け出して、新しい道を選んだ。あの決断は簡単なものじゃなかったはずだ。多くの人が彼を引き留めようとしたけど、彼は家族のために、自分の命を賭けてその道を選んだんだ。だから今の彼があるんだよ。」


僕はその言葉を聞いて、お父さんへの尊敬の念がさらに深まった。彼がどれだけの勇気を持って家族を選び、どれだけの困難を乗り越えてきたのかを知り、僕も彼のように強くありたいと思った。


家に帰る道すがら、僕はお父さんがどれほどの愛情を持って僕たちを守ってきたのかを考えた。彼が過去の影から抜け出し、新しい未来を築こうとしたその決意に、僕は心から感謝した。そして、僕自身もこれからどう生きるかを考えるようになった。


家に帰ると、お父さんはリビングで新聞を読んでいた。僕が入ってきたのに気づくと、彼はいつものように優しい笑顔で迎えてくれた。その笑顔を見ると、僕は自然と「ただいま、お父さん」と言っていた。


「おかえり、智。今日はどうだった?」お父さんは僕にいつものように問いかけてきた。


僕は少し考えてから、「いろいろあったけど、今はすごく気分がいいよ」と答えた。それは本心だった。お父さんの過去を知ったことで、僕の中で何かが変わり、そしてそれが前向きな気持ちに繋がったのだ。


「それは良かった。」お父さんは微笑んで僕の頭を軽く撫でた。


その夜、僕は布団の中でお父さんのことを考えながら眠りについた。これから先、僕がどんな困難に直面しても、お父さんのように強くありたいと心から思った。


ただ、過去を変えることはできなかった。

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