第4話 闇の記憶

それから数週間が過ぎた。お父さんの過去を知った僕は、彼に対する尊敬の念がさらに深まっていたが、同時に彼の過去についての詳細をもっと知りたいという気持ちも膨らんでいった。彼がどんな困難を乗り越えてきたのか、その具体的な出来事やその時の感情を知ることで、僕自身ももっと強くなれるのではないかと思ったのだ。


しかし、お父さんに直接そのことを聞く勇気はまだなかった。お父さんの話したくない過去を無理に聞き出すのは、彼にとって苦しいことかもしれないと思ったからだ。それでも、僕の中でその過去を知りたいという思いは消えなかった。


ある日、僕は再びあの古びた喫茶店へ足を運んだ。お父さんの話を聞いて以来、僕はあの場所に何か特別な意味を感じていた。お父さんの過去を知る手がかりが、あの場所にあるような気がしたのだ。


店に入ると、マスターがいつものようにカウンターの向こう側でコーヒーを淹れていた。僕を見ると、彼は微笑んで「また来たのかい?」と声をかけてくれた。


「はい、またココアをお願いします。」僕は答えながらカウンターに座った。


マスターは僕にココアを出してくれると、少しの間、黙って僕の顔を見ていた。そして、ゆっくりと口を開いた。「君、何か聞きたいことがあるんじゃないか?」


僕はその言葉に少し驚いたが、マスターの穏やかな表情に安心して、ついに本心を打ち明けることにした。「お父さんの過去について、もっと知りたいんです。でも、彼に直接聞くのは怖くて…」


マスターは頷いて、「そうだな、お父さんの過去は君にとっても重いものかもしれない。でも、彼がどうやってその過去を乗り越えたのかを知ることは、君にとっても大切なことかもしれないな。」と言った。


僕はその言葉を聞いて少し勇気をもらった。そして、ついにお父さんがヤクザだった頃のことについて、マスターに尋ねることにした。「お父さんは、どんな風にヤクザから抜け出したんですか?その時、何があったんでしょうか?」


マスターは少しの間考え込み、それからゆっくりと話し始めた。「君のお父さんがヤクザの世界に足を踏み入れたのは、まだ若い頃だった。彼はその頃、家族もなく、孤独で、何かにすがりつきたい気持ちであの世界に入ったんだ。彼はすぐに頭角を現し、組織の中で重要な位置を占めるようになった。」


「でも、彼がその世界にいるうちに、自分が望んでいたものが何なのか、次第に分からなくなっていった。力や恐怖を手に入れても、彼の心の中の空虚さは埋まらなかったんだ。」


マスターの話を聞きながら、僕はお父さんがどんな思いでその世界を生きていたのかを想像しようとした。力を手に入れることが全てだと思っていたお父さんが、その力を持ちながらも満たされなかったという事実に、僕は驚きを隠せなかった。


「そして、ある事件が彼の人生を大きく変えたんだ。」マスターは続けた。「彼の親しい友人が命を落としたあの事件だ。その友人は、君のお父さんを守ろうとして犠牲になったんだよ。その時、君のお父さんは初めて、自分が何をしているのか、本当にこのままでいいのかを考え始めたんだ。」


その事件の話を聞いて、僕はお父さんが話していた時の苦しそうな表情を思い出した。お父さんにとって、その出来事は今でも心に深い傷を残しているのだろう。僕はその友人の犠牲が、お父さんにどれだけの影響を与えたのかを考えると、胸が痛んだ。


「君のお父さんは、その友人の死をきっかけに、ヤクザの世界から抜け出す決意をした。でも、あの世界から抜け出すのは、想像以上に難しいことだった。彼は組織から命を狙われ、何度も危険な目に遭った。彼が家族を守りたいという思いだけで、命を懸けて戦ったんだ。」


マスターの言葉は、僕にとって重く、そして感動的だった。お父さんがどれだけの危険を冒しながらも、家族のためにその世界を捨てようとしたのか。その決意がどれほど強かったのかを、僕は改めて実感した。


「最終的に、君のお父さんは組織との決別を果たし、新しい人生を歩み始めたんだ。彼がそれを成し遂げたのは、ただの強さだけじゃない。彼の心の中には、愛があったんだ。君やお母さんに対する深い愛が、彼を強くし、困難を乗り越えさせたんだよ。」


マスターの言葉に、僕は深く感動した。お父さんがどれだけの愛情を持って僕たち家族を守ってきたのか、そしてその愛が彼をどれだけ強くしたのかを知り、僕もそんなお父さんを誇りに思うようになった。


その夜、僕は家に帰ってお父さんの姿を見つめながら、彼に感謝の気持ちを伝えたくてたまらなかった。彼がどれだけの困難を乗り越えて、僕たち家族を守ってきたのかを知った今、僕はもっと彼のことを理解し、尊敬することができたのだ。


しかし、その気持ちをどう伝えるべきか悩んだ末、僕はただ「お父さん、ありがとう」と言うにとどめた。お父さんは少し驚いた様子で僕を見つめ、それから優しく微笑んだ。「どうしたんだ、急に?」


僕はその質問にどう答えるべきか迷ったが、結局こう言った。

「ただ、感謝の気持ちを伝えたくて…いろいろありがとう、お父さん。」


お父さんは少し戸惑いながらも、「こちらこそ、智がいてくれて本当に嬉しいよ。」と言ってくれた。その言葉を聞いて、僕は胸が温かくなり、彼の愛情を改めて感じることができた。


その後、僕はお父さんとの関係がさらに深まったのを感じた。彼の過去を知り、彼がどれだけの愛情を持って家族を守ってきたのかを理解することで、僕もまた彼を支える存在になりたいと思うようになった。そして、僕自身も家族を大切にし、愛情を注ぐことの大切さを学んだ。

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