第5話 雄姫様、奪還成功!
想像力が足りないみたいで、どうにもみんなのような形にならない。俺が雑に扱った魔法はバチバチと眩しく光り、荒れ狂っている。それらは平屋の壁を破壊し、拉致犯を次々と痺れさせていった。
痺れてる……んだよな? 今回はうまくいった方だ。爆発にならなくて良かった。あんまり強い魔法だと殺しちゃうしなあ。加減が難しくて困る。
ジークヴァルトをはじめ、騎士のみんなやアエトスはすごく器用に魔法を使っている。心の底から羨ましい。
「くそ……聖女の癖に、婚約者ごと俺たちをぶっ飛ばしやがった……っ」
俺を人でなしみたいに言うのはやめてほしいんだけど。酷いことを言ってくる男もいたもんだ。俺は心外だという念を込めて、そいつのことを睨みつけてやった。
それにしても、不意打ちの魔法だったとはいえほとんどの人間が伸びている。手ごたえがなさすぎて、逆に不安になっちゃうな。手練れがいないって大丈夫なの?
周囲の状況を確認するついでにジークヴァルトを見る。大混乱のせいで椅子ごと横倒しにされていた彼は、俺の事をずっと見つめている。むしろ睨んでる?
よく見て見たら、すごく険しい顔をしている――って、猿ぐつわのせいか。ああ、なんだ。ギラギラしている目と猿ぐつわを噛まされているせいで犬歯が目立っているからだな。
こういう凶悪顔も可愛いな。俺は彼に微笑んでおいた。
「俺のベルンはこれくらいじゃどうってことないんだよ。な? 大人しくしていて偉いぞ、ヴァルト」
あんまり元気すぎても今度は自殺しそうで危険だからな。ちょっと焦げてるけど、すぐ治すから大丈夫。俺は文句を言う元気が残っている男を縛り上げ、魔法から逃げ延びたらしい男が向かってきたのを難なく制圧したりしながら話しかける。
どんどん険悪な表情になっているけど、多分これ照れてるだけだから大丈夫だろう。
「ま、完璧な状態でヴァルトのことを拘束しておいてくれたことだけは、感謝しておいてあげよう」
さて、ジークヴァルトを助けてやるか。制圧完了を確認した俺は、彼の側に膝をつく。ぎっちりと結ばれた猿ぐつわを解き、その跡を撫でる。
「こういう時、絶対に自殺はしちゃ駄目だからな。俺と結婚するなら、そこんとこ覚えといて」
俺は事前にすり合わせてなくてごめんな、と言いながら安易に自殺するなと伝えた。ジークヴァルトは俺の発言を飲み込んでからゆっくりと頷いてくれる。よし、これで彼の死に怯える必要はなくなった。
近くに落ちていたナイフを拾って拘束を解いていく。
「それにしても、まんまとさらわれちゃったなぁ? どんな手を使われたんだ?」
「……出会い頭にぶつかってきた相手が針のついた指輪をしていた」
「あらま。それは不意打ちすぎたなあ」
ポケットからピアスを取り出してかざすと、彼は無言で耳を差し出してきた。俺はその右耳に開いた穴へとピアスを差し込み、留める。あるべきところへと納まったその姿に頷いていると、妙な気配を感じた。
そういや、見張りが一人どこかに姿を消していたんだっけか。
俺がその気配を感じたのと、それが急に距離を詰めてきたのはほとんど同時だった。
ジークヴァルトの拘束を解くのも途中にして手元のナイフを武器に振り向き、応戦の体勢を取る。速い。ほとんど勘でナイフを傾けた先に、男の短剣が当たった。
闖入者と目が合う。その目は冷静で、興奮の欠片は見られない。厄介なのが残っていた。俺はジークヴァルトを背にして彼と向かい合う。
「今までどこに行っていたのかな、門番さん」
「力づくでも、その存在。借り受けさせてもらう」
他の面々とは毛色が違う。一体どういうことだ? 気になることはあるけど、捕まえてしまえば良いか。実力は、ほぼ互角かな。いや、スピードがある分向こうが有利化も。でも俺には相手の想像の上をいく行動ができる。
「遠慮させてもらうよ。俺は売約済みなんでね……っ!」
「なぁっ!?」
魔力の暴力。詠唱なしでできる不意打ち攻撃だ。まあ、魔力量が多くないとできないんだが。その点、俺は寄付してあげたいくらいには豊富だから問題ない。ので、威力は抜群だ。
俺の魔力が生み出した暴風が男を襲う――はずだったんだけど。
「んっ!?」
「その手にかかるか」
部屋の惨状を見て仲間がどうやって倒されたのか気づいていたのか! 早くジークヴァルトを連れ帰りたいからって雑なことをするんじゃなかった。
一撃は喰らおう。痛いけど、治せば良いだけだしな。俺は狙われた左肩に刃が食い込むのを覚悟しつつ、次の一手に向けて動く。
と、次の瞬間――男が消えた。
「ヴァルト!?」
ジークヴァルトが男に椅子ごと体当たりしていた。そっか。暴れたら困るなと思って、足の拘束を先に外したんだっけ。
よくあの体勢でそんな速度出せたな……。“鼓舞”なしでの荒業に、身震いしちゃう。
「ヴァルト、助かった」
「一人で危険な真似をするな」
「ありがとう……よし! これで今度こそ安全だな」
こいつは危険そうだから念入りに縛っておこう。がんじがらめにして満足した俺は、放っておいてしまったジークヴァルト――今度こそ不機嫌そうだ――に向き直る。
「おー、よしよし。よく我慢したな」
文句を言いたいところ、俺の集中を邪魔しないように黙ってたんだろう。更には俺が攻撃を受けるつもりだと気づいて咄嗟にあの動きをしたんだろうな。
お利口さんだこと。俺がわしゃわしゃと頭を撫でると、ジークヴァルトはむすっと口を真っ直ぐに閉じて黙ってしまった。
あ、褒められたのが嬉しかったのか。可愛いな。
縄を解くと、痣ができている。ガッチガチに拘束したのか。手を見てみれば、小さなうっ血がある。こっちは拉致する時の傷だろう。
「ったくよぉ……俺の男を好き勝手しやがって。こういうのが許されるのは俺だけだっての」
俺は一通り文句を口にし、俺自身が適当に雷系の魔法を炸裂させた時の傷ごと神聖魔法で回復させる。
俺、聖女になれて良かった。全ての傷を癒した俺は、能力に目覚めてから初めてそう思うのだった。
ジークヴァルトの奪還に成功した俺は、彼に頼んで「犯人はここだよー」の合図をしてもらい、のんびりと夜道のデートを楽しんでいた。ジークヴァルトがどうしてかソワソワしている。
見ている分には可愛くて良いんだけど、何かあったっけ?
「ヴァルト、どうかした?」
「……いや、その。俺が言うほどでは」
やけにもごもごと言い淀んでいる。そんなにも言いたくないことなのか、と思いきやちらちらとこちらに視線を向けてくる。
すぐに、その逆だと気づいた俺は歩みを止めた。
「きみのことは何でも知っていたいんだ。教えてよ」
俺のこの言葉にジークヴァルトが抗えないのは知っている。ずるくてごめんな、と心の中で呟いた。
彼は己の中での葛藤の末、遂に口を開いた。
「ラウル、さっき……俺のことを自分のものだと言った。それは、つまり……俺の思い上がりでなければ……」
道を照らす明かりが少なく、ほとんど暗がりだというのに彼の顔が赤くなっていくのが分かるようだ。
「自惚れて良いよ。お待たせって言うほどは待たせてないと思うけど、きみの気持ちに追いついたんだ」
俺はそっと彼の頬を撫でる。触れた瞬間緊張したのが分かり、おもしろくなる。へえ、意識してくれるんだ。
普段と違う様子に喜びを感じてしまった俺は、もう駄目なんだろうな。年甲斐もなく楽しくなってきた。
どう調理してやろうかな。これからのことを想像しようとした時。
「そこ、公道で変なこと始めないように」
「しないって!」
迎えに来てくれたらしいアエトスが呆れ顔でこっちを見ていた。
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