第6話 脅迫した相手が悪かった
あーあ、いいところだったのに。そんな俺の感情はともかく。
アエトス
聴取が終わって集合すると、アエトスの姿はなかった。まあ、向こうは聞き取りする人数が多いからなあ。それも仕方ないだろう。という事で、想定外に二人きりの時間ができた俺とジークヴァルトは、なぜか無言でコーヒーを啜っていた。
なんで無言か? 決まってる。俺が口を開かないからだ。いや、だって改まると緊張しちゃう。俺の気持ちが通じたことにジークヴァルトが気がついてしまった。だから、俺の一挙一動をすごく気にしている。
そうやって緊張されるのは嬉しかったんだけど、その状態が続くとさすがに俺もドキドキしてしまう。
ほら、人の緊張って伝染するじゃん。あんな感じだよ、多分。
うーん、無言でコーヒーカップを傾ける姿も男前。でも、ずっと俺に意識が向かっているのが分かる。その変な空気にあてられた俺も何を言って良いか分からなくなっていくってわけ。
話題を掘り返せば良い? それとも、今回の拉致事件について話し合えば良い?
きっと彼のことだから、俺が話題を提供しないと何も話してくれない気がする。
せっかくの二人きりの時間なのに、もったいない。
「ヴァルト」
「……何だ?」
勇気を出して声をかけると、彼は仄かに表情をゆるめた。その視線は明らかに俺が声をかけてきたことへの喜びに染まっている。可愛すぎる。今までも可愛いと思って来たのだから、余計に甘やかしてやりたくなるのは仕方ない。
「これが終わったら、ゆっくりしような」
「これが、終わったら……」
こんなことがあったのだ。明日――日付が変わっているから厳密には今日か――の公務は全部キャンセルになっている。ということは、この後ほぼ一日自由に過ごせるということだ。
せっかく同じ気持ちになれたんだ。ゆっくり過ごしたいのは当然だ。
「ん? どうした。何か期待しちゃった?」
ほんのりと頬が赤くなっていくのを見て、悪戯心が湧く。俺はひょいっと指先を動かして彼の鼻をくすぐった。
俺の不意打ちに、彼の顔色が一気に良くなる。その時、容赦なく扉が開け放たれた。アエトスが騎士を連れて現れたのだ。
騎士の中にはアエトスの筆頭騎士であるイービスもいる。聖女を手に入れる為に筆頭騎士が狙われたわけだから、彼がこの場に現れるのも当然だろう。
「聴取が終わったよ。……話をしても大丈夫かい?」
控えめに声をかけてきたのは、ジークヴァルトの真っ赤な顔に気づいたからだろうか。やましいことはしていないぞ。
「大丈夫だ。話を聞かせてくれ」
アエトスとイービスだけが室内へと入ってくる。聖女とその筆頭騎士の組み合わせか。昔の
まず、どうして
その中で、聖女ラウルの婚約が圧倒的なインパクトを与えたらしい。まあ、そりゃそうか。聖女を守る騎士と聖女の熱愛。あらゆる人間の心をときめかせる話題だったろう。
婚約するほどの感情があるのだ。そこに付け入るスキがあるのではないか。そう考えたのだという。なるほど、難易度を上げたつもりでいたが、逆に狙い目だと思われたってことか。俺たち、そういう意図で婚約したわけじゃないんだけどな。
まあ、結果として狙われたのが俺たちで良かったって感じだけど。
騎士を捕えれば、聖女がいうことをきくのではないか。なんて、よく思いついたな。確かに、騎士の誘拐は難しいが、騎士を超えて聖女を誘拐するよりは難易度が低いだろう。
だって、騎士は自分を殺して聖女を誘拐しにいく可能性は考えているだろうが、誘拐される対象になるとは、ましてや脅迫材料にされるとは思っていないだろうから。
それからは、俺やジークヴァルトが知っている通りだった。残念だったな、一番強い聖女と騎士のバディを選ぶなんて。
本当に、脅迫した相手が悪かった。お手紙に導かれて歩き回っている間に俺が冷静になってしまったのも敗因の一つだ。敵に考えさせる時間を与えないっていうのは、戦いの時は鉄則なんだけどな。
どうにもそのあたりの考え方が抜けているらしい。そういう教育を受けられる環境になかったのかもしれないな。
と、俺がそう思うのも、彼らは俺の予測通りアンックリ国の人間だったからだ。あそこは内紛中の国だ。今の国家元首が雑な政治をしているせいで、政権交代を目論む人間が立ち上がった結果、泥沼の戦いになっていたんだったか。そのせいで、次代の教育がうまく行われなかったのだろう。
どちら側も聖女の存在を欲する可能性があるが、どちら側なのかは口を割ってはいないらしい。教育が行き届いていない割に律儀なこった。
「現時点で聞けたのはこれくらいかな。それにしても、いい迷惑だね。意図せず、あなたたちが囮になったようなものだったわけだけれど、それが不幸中の幸いというか……」
「なるほどな」
アエトスが珍しく盛大なため息を吐いた。その気持ちは分からなくもない。凶悪犯かと思いきや、小物が釣れてしまったのだ。計算高い彼のことだ。きっと、大物が釣れたかと期待したんだろう。
計画を立てるところ、拉致を成功させるところくらいまではかなり良かったんだがなあ。実戦経験とかはあまりなかったのかもな。
――もしくは、この役割を与えるという名目で国から逃がされたか。ま、それはないか。
「とりあえず、彼らは事情聴取を続けることになったよ。あなたたちはこれで一旦解放。明日は一日ゆっくり休んで。お疲れ様」
事務的な物言いで話を終わらせた彼は、今後の俺たちの動向には一切触れずに立ち上がる。え、話ってこれで終わり? 説明してほしい、と視線で聞いてた俺に、アエトスはゆるい微笑みを向けてきた。それはどこか「私は分かっているんですよ」と揶揄するような半笑いにも似ていて、何だか癪に障る。
いや、もしかしたら俺がそういう風に感じただけでアエトスとしてはそういう意図はないかもしれない。いつも何か腹に一物抱えていそうな顔しているしな。
「二人とも、大変な一日だったろう? ジークは知らないだろうけれど、ラウルも色々あったのだし。ねえ?」
「ラウルも……?」
「あ、アレクトールか。すっかり忘れてたわ」
「アレクトール?」
聞き捨てならない言葉を聞いた、とでも言うような声色になったジークヴァルトに、俺は苦笑する。そうか、あの件一応報告しておくべきだったか。
「アレクトールは別口で拘置所に入ってるから、それはまあ後日で」
「おい、拘置所に入るようなことをしたのか」
「私は事後処理が色々あるから失礼するよ」
「おいっ?」
ジークヴァルトが声を荒立てる中、アエトスはにこやかに手を振って部屋を出ていく。事情を知っているはずのイービスは素知らぬ顔でその後をついていく。最後にそんな言葉を残して去るとかずるくないか!?
思わず悪態をつきそうになった俺だが、ジークヴァルトが俺をじっと見つめている気配に気づき、ぎこちない動きで首を回した。
おお、凶悪そうな顔。思わず俺の表情が固まった。
「ラウル。俺に何か言うことはあるか?」
「えっとぉ……そうだ! ゆっくり話したいから場所移動しようか!」
「……それはかまわんが、向こうで話を聞かせてもらうぞ」
ですよねっ! うん。俺のベルンは逃がしてくれなそうだ。俺はひっそりと諦めのため息を吐くのだった。
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