第5章:おっさん聖女、愛を紡ぐ
第1話 洗いざらい吐いた後はお楽しみタイム
簡単には誤魔化されてくれないのが俺の相棒の良いところ。いや、誤魔化されてくれれば良いのに。
俺は自室に招き入れた先で、アレクトールの一件について話すのをためらっていた。別に話しにくい内容というわけではない。ただ、彼の反応が分かっているから、何となく気が向かないだけだ。
無言でカップを傾ける男は、じっと俺を見つめて「俺は忘れていないぞ」と主張してくる。
憂鬱だ。本当はこれからお楽しみの時間だったんだ。それが、だぞ。こんなどうでも良いことに時間を浪費させられることになるなんて思わないじゃないか。
だってさぁ!? 俺はそういう気分だったんだよ。なのに、アエトスのやつ……。
心の中でぶつくさと言っていても仕方がない。目に見えてジークヴァルトの顔つきが険悪になっていくし。
「えーっと。大前提として、何もなかったってところを強調しておくぞ。俺がすっかり忘れてたくらいにどうでも良いことだったってことも。分かった?」
「……そういうことにしておこう」
わぁ……最初から厳しい展開。俺はちょっとだけびくびくしながら、本当にちょっとだけの緊張を胸に隠して口を開く。
「アレクトールに押し倒されたんだよ」
「は?」
うわっ、吹雪いてる! 雰囲気だとかそういうのじゃなくて魔力が漏れ出て吹雪っぽくなってるっ! そうだった、彼は結構過激派なんだった。今すぐにでもアレクトールを殺しに行きそうな顔をしている彼に思わず抱き着いた。
椅子に座る男を抱きしめるおっさん。傍から見たらやばい光景だ。まあ、仕方ない。アレクトールの命を守る為だ。
こんなくだらないことで命を散らしてしまったら可哀想だ。
「でも何もなかったんだ! むしろ、全然手ごたえがないくらいに弱くて、一瞬で形勢逆転したんだ!」
「ほう……?」
ぎゅむぎゅむと彼を腕力で閉じ込めながら、俺はアレクトールとの一戦を語る。
「アレクトールの喉に手刀を入れてひっくり返して、押し倒し返して股間を押し潰さない程度に人質にしたから!」
「俺ですら触ってもらってないのに?」
えっ? 何か変な言葉が聞こえてきたけど!? 気のせい――じゃ、ないよな。いや、気のせいの方が良い。ジークヴァルトがそういう邪なこと考えたりとか、俺の可愛いあの子がそんな、うん、気のせい!
俺は動揺を押しとどめ、なかったことにした。
「とにかく、きみを捕らえていた悪党と同じかそれよりも簡単に制圧したから問題は何もなかったんだ」
「……」
「会話のやりとり含めて数分かかったかどうかくらい、っていう短時間だし、本当に俺の中ではどうでも良かったんだけど……」
むすっとしている男を抱きしめたまま見上げ、小さく首を傾げてみせる。へらっとした笑みを添えて。秘儀、おっさんのちょいあざとい顔。
どうだ。きみはこの表情に弱いだろう。
「そんなことより、これからの話とかしない? 俺は過去のどうでも良い話できみが不機嫌になる姿を見ているより、前向きな話をして笑顔で過ごしたいんだけど」
ジークヴァルトの表情が変わる。悩んでいるな……? ほら、もう楽しい話に変えようよ。抱きしめたまま左右に体をゆすると、彼が喉を鳴らした。
「だめ?」
「駄目、では……」
ぎゅっと口元が結ばれる。もう一押しかな。抱きしめる体の力が抜けていくのが分かる。俺もそろりと力を抜いて拘束をやめた。
思い切って彼の膝に跨り、そのまま座る。びくりと反応した彼だけど、何でもないかのように振る舞おうと努力している。可愛いいなぁ、ほんと。
彼の膝の上に座ると、身長差による座高の差が縮まって良い感じに顔が近くなる。
「俺のベルン。俺は、どうでも良い男の話なんかに時間を使うより、きみと楽しいやり取りに時間を使いたいな」
目を細め、指先で彼の輪郭をなぞる。八重歯が唇の輪郭を歪ませているのが愛らしい。
「良いだろう?」
あの形の良い顎にかぶりついてやりたいな。うずうずと若かりし頃の悪戯心が甦ってくる。もうさ、十年以上そういう活動をしてないんだよ。
意外と潤いのない生活をしていても苦じゃなかったっていうか、聖女様の生活も合っていたというか。
慌ただしく過ごしている間に四十も半ばになって、とうとう枯れちゃったかなとか思っていたけど、そうじゃなかったみたい。
「……ラウルが、気にしていないというなら」
「ん」
ジークヴァルト、陥落。よし。このまま良い感じの雰囲気にして、あわよくば――なんてな。純朴そうな男だけど、さすがに多少の経験はあるだろう。俺みたいに節操なしではなかったにしても。
様子を見つつ、なんて悪い考えを巡らせながら俺はそっと彼の唇に触れた。
ジークヴァルトのうすい唇を指先で遊びながら問いかける。
「先に進んでも良いか?」
彼は目を見張ると小さく頷いた。生娘のような反応が可愛らしい。どうしよう。本当にこの男、可愛すぎる。俺を殺しにかかってきている。興奮しすぎて死んだらどうしようか。
いや、まだそういうことになるような年齢ではないはず。うん。
俺は心の中で身もだえしながら年下の婚約者の唇に吸いついた。最初は触れるだけ。あんまり驚かせたくはないし、がっついているとも思われたくないからな。
「きみ、嫌じゃなかった?」
「不快感について聞かれているのなら、問題ないが」
同性だと、たまに思っていたのと違ったとか言い出す人がいるからな。この男に限ってそういうのはないとは思っていたけれど、念の為。女神のもと、生きる人間は全て平等だと言われていても、生殖活動にならない同性同士だとやっぱり“その気になれない”人間はいるもんだ。
少なくとも、現状は問題ないらしい。問題ないって言い方がジークヴァルトらしいな。俺は再び彼の唇に触れる。今度はもう少し長く、数回に分けて。目の前の肌色がどんどん赤く染まっていく姿を楽しみながら、優しく啄む。
反応は上々だ。俺は小さく笑むと、ジークヴァルトの唇を舐めた。
「!?」
おっと、やりすぎたか。ばっと身を離してきた彼に今日はここまでかな、と考えているとぎゅむっと抱きしめられた。おや? 違ったのか?
俺の体格はどちらかと言えば普通に筋肉質なんだが、そんな俺がひょろく見えるくらいにジークヴァルトの体格が良い。すっぽりと彼に閉じ込められた俺は、早鐘のように鳴り響く心音を感じていた。
すごいことになってるじゃないか。心音は人を落ち着かせる効果があるって言うが、これは逆効果だな。俺までつられてドキドキしてきた。
「これは、夢か……?」
俺の首元に熱い吐息がかかる。服越しでも分かるその熱にぞくぞくする。久しぶりだ、この感覚。俺は思わず唇を湿らせた。
「いや、夢じゃないよ」
俺がそう答えると、ジークヴァルトは「そうか……」と何かを噛みしめるかのように呟いた。今まで抱きしめ合った誰よりも力強い抱擁に、そういえばこんな風にジークヴァルトと接触することはなかったなと思う。
姫抱きにされることは多々あったし、抱きしめられるようにして守られたこともあった。それでも、こんなにぴったりと上半身がくっつくようなことはなかった。いや、あったか。
俺が聖女としての役割よりも目の前の男を優先した時に。あの時はこんな風になるなんて思わなかったな……。
あ、意識しちゃだめかも。徐々に照れくさいような、むず痒い気持ちが襲い掛かってくる。どうしよう。
「ヴァルト」
「何だ」
「ちゃんと言葉にしないと駄目だと思うから言っておくよ」
俺がジークヴァルトの顔が見たいなと思うタイミングで、彼が抱きしめる力をゆるめた。はは、一心同体もここまでくるとおかしいな。
俺はくすくすと笑いながらジークヴァルトを見つめた。
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