第4話 俺と一緒に死んでくれ

 アエトスに騙された俺は、何とも言えない気持ちになりながら脅迫状が届くのを待っていた。戦略的に待つのは嫌いじゃなかったはずなのに、やけに長く感じてしまう。

 俺に付き合って大人しく待機しているアエトスを盗み見る。彼はやけに平然としていた。俺とお茶会でもしてるかのような自然さで、ゆったりと過ごしている。

 腹が据わっている、とでも言えば良いのだろうか。本来なら、俺がそうやって過ごしているはずだったんだけどな。


 上手く気分を切り替えられないなんて、とうとう歳かなー、とか思っていたらティルマンが慌てた様子で手紙を持ち込んだ。やっと来たか!

 はやる気持ちのまま慌ただしく封を切る。そこに入っていたのは一枚の紙と俺が渡した耳飾り。

 よりによってこれを外したのか、という気持ちと、それ以外に手紙に入れられるものなんてないだろう、という気持ちがぶつかり合う。

 思わずピアスをぎゅっと握ってしまい、ピアスの軸が手のひらに刺さった。ピアス、壊れてないよな!? 慌てて確認すれば、傷一つない美しい装飾が施されたピアスがあった。もちろん宝石も無事だ。ほっと息を吐いた。


 手のひらに開いた小さな穴を無視して手紙を開く。

 脅迫状はシンプルだった。癖のない字で「誰にもこのことを知らせるな。一人でタッカー邸前に立て。そこで次の指示をする」とだけ書いてある。


「一人で来いってさ。手紙で指示された場所に行くと次の指示があるらしい」

「ラウル、途中までついていこうか? ――と言いたいところだけれど、犯人がどこの誰か分からないから念の為やめておくよ」


 アエトスは俺が散歩にでも行くかのような軽さで微笑みかけてくる。悠々としている彼を見ていると、俺もちょっとは普段の余裕が戻ってくる気がする。

 アエトスがいてくれて良かった。とても心強い。


「ありがとな。気合入れて迎えに行ってくる」

「いってらっしゃい。ああ、怪我人はあとで回収にいくけれど、殺しては駄目だからね」

「分かってるって」


 ジークヴァルトのことは丁寧に扱ってくれているはずだから、心配いらない。心配するとしたら、彼が元気すぎて自殺しないかどうかだけ。大丈夫だ。うまく行く。

 俺は目を閉じて深呼吸してからアエトスに向けて微笑んだ。




 タッカー邸へ向かうと、おもむろに近づいてきた女性に手紙を渡された。無関係の人間を巻き込んでいるのか、彼女も関係者なのか、判断に苦しむ。とりあえず、会釈して手紙を開けば、次の目的地が書いてある。

 それを繰り返しながら郊外へと向かっていけば、明らかに目的地っぽい場所へ辿り着く。平屋建ての廃屋と思われるそれは、敷地が石垣で囲まれていてちょっとした目隠しになっている。

 へえ、良い感じの物件見つけたじゃないの。人の出入りが分かりにくく、部屋の光も漏れにくい。隠れて過ごすには格好の状況だ。


「おい、ヴァルトはいるんだろうな?」


 もうすぐ壊れる家を大切にする気はない。俺は扉を蹴破って声をかけた。門番を置いていない方が悪い。

 慌てた様子の彼らに、俺は丸腰であることをアピールする。おお、思ったよりも人数が多い。今ここにいない人間を含めて十人強ってところかな。

 手紙を受け取って移動を繰り返している内に平静を取り戻していた俺は、冷静に状況を確認していた。


「外に仲間がいただろ!?」

「え? いなかったけど……?」

「くそっ」


 どうやら門番はいたらしい。一体どこへ行ったのやら。まあ、そんなことはどうでも良いか。彼の無事を確認したら全員叩きのめすんだし。

 まずはジークヴァルトの確認から。


「おとなしくしているから早くヴァルトの姿を確認させてくれ」


 俺がそう言えば、すぐにジークヴァルトは連れてこられた。薬で眠らされているらしく、耳障りな音を立てながら椅子ごと移動させられてもぴくりとも動かない。思わず眉間にしわが寄る。

 俺の表情の変化に気づいた拉致犯の一人がにやりと顔を歪ませる。ジークヴァルトに人質の価値があることを確信したのだろう。価値はあるよ、価値は。

 ただ、俺を操ることができるかは別の話だけどな。


「起こしてやれ」


 この訛り、テアテティス人ではないな。やはり、どこかの国の誰かさんか。特徴的な訛りからして、アンックリ国か? 数少ない情報を集めていると、気付け薬を嗅がされたジークヴァルトが嫌そうにしかめっ面をして目を開いた。


「よう、騎士様。ようやくお目覚めか? 愛しの聖女様が迎えに来てくれたぞ」


 頭をふるふると振ったジークヴァルトは、俺を視界に収めるなり目を見開いた。暴れようとしたのか、突然椅子ごと立ち上がりそうになったそれを周囲の男たちが慌てて押さえつける。

 それでも何かを訴えようとしているジークヴァルトだが、猿ぐつわがしっかりとはめられているせいで言葉になっていない。魔法の詠唱ができないようにしているのだろう。それは俺にとっても好都合だった。


「この男が大切ならば、今後は俺たちの言うことを聞いてもらう」

「んー! ふぅー!!」

「魔界の扉の封印より難しいことなんてないだろ?」

「平和ボケしているから、になるのさ」


 やっぱりそういうことね。俺の守りが固いからって、守る側を狙うとはなかなかやるな。でも、そんなに簡単には事は運ばないんだよな。

 俺は覚悟を決めて口を開く。


「ジークヴァルト、俺のベルン。生涯で一人だけの愛しい人。俺と一緒に死んでくれ」


 俺の一言で彼が動きを止める。きっと「お前に国を裏切らせるくらいなら俺が死ぬ」とか騒いでいたんだろう。

 探るようにこちらを見てくる相棒に、俺は微笑んでやる。そっと両手を広げる仕草をして肩をすくめてみせた。


「伴侶っていうのは、そういうものだろ?」

「話はもう良いか?」

「死ぬなら、一緒が良いんだ。俺のベルン」

「意味の分からんことを言ってるんじゃないぞ」

「だから、にしているんだぞ」


 拉致犯の割り込みを無視して言葉を重ねていくと、俺の意味深な言葉にジークヴァルトが目を見開いた。意図は伝わったはず……だよな? 俺が国を裏切る決心をしたとかそういう勘違いはしていないよな?

 俺は一抹の不安を覚えながら、俺の近くまで接近してきていた男の剣に手を伸ばす。あら、簡単にれちゃった。


「おい、どういうつもりだ!?」

「ごめんなぁ……? こいつは、俺のなんだ。勝手に持っていかれちゃ困る」


 驚く男に切先を向け、俺はにやりと笑んだ。あと、予想が外れて申し訳ないんだけど、俺も武闘派なんだよな。

 彼らが一緒に魔界の扉を封印する旅に出てくれていたら知っていたんだろうが。


「さぁて……平和ボケしてるのはどっちかな?」

「何だと?」

「騎士を抑えれば俺をどうこうできると思ったの?」


 俺の反抗的な態度を警戒した男たちが、俺を取り囲むような陣形を取る。じりじりとすり足で近づいてくる男たち。俺は好都合だと口にしそうになった代わりに笑う。


「自己紹介しておこうかな。どうもー、武闘派の聖女でっす」


 取り出した短剣で仕掛けてきた男を軽くいなして床に倒れ込ませる。まあ、俺に自分のメイン武器を盗られるくらいだもんな。こんなもんだろう。

 動揺している内に、一気に殲滅する――あ、殲滅は駄目、制圧ね。制圧。


「神聖魔法じゃない方は豪快な感じになっちゃって手加減できないから、頑張って生き延びてくれ」

「おいっ、騎士の命が惜しくな――!?」

「問答無用、正義の雷」


 昔から魔法って苦手なんだよなあ。心の中でそんなことを思いながら、俺は詠唱にもならない言葉で魔法を使うのだった。

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