第5話 ちょっと! おっさんを襲うんじゃありません!
これは想定外だぞ? 俺はアレクトールに不意打ちで押し倒されていた。だいたい俺は押し倒されるよりも押し倒したい方……って、今はそんなことどうでも良い。
「えーっと、アレクトールさん?」
「祝福を、ください!」
あ、まだそれ諦めてなかったの。思わず脱力した。珍しく一人でいた瞬間を狙われたせいで、ジークヴァルトもいない。
ジークヴァルトがいたら、こんな状況にならなかったけど。っていうか、こんな状態見られたら大変なことになりそうだ。
「祝福を与える時の体勢じゃないし、そもそも強制されて祝福するものとは違うとかそんな感じのことを言ってなかったっけ?」
とりあえず説得を試みる。アレクトールは意気揚々といった風に笑顔で俺に対峙している。
「とにかく、聖女ラウルから祝福をしてもらって幸せになりたいので!」
あ。これ、話が通じないやつだ。早々に諦めるべきか。
そう判断した俺は実力行使に出た。アレクトールの喉に手刀を決め、怯んだ隙に反転する。
難なくポジションを取り返した俺は、すかさず咽る男の股間に膝を当てて人質を取った。これで安泰だ。
「俺、時間外の労働はしないって言ったよね? それに、こうして強引に迫ってくるのも好きじゃないな」
あー、喉が苦しくてそれどころじゃないかな? 軽めにやったつもりだったんだけど。咳き込んだまま苦しそうにしているアレクトールを見下ろし、彼が落ち着くのを待つ。
よくやく咳がひと段落したアレクトールが自分の状況に気づいて身を固まらせるところまで待ってあげた俺、優しすぎる。
俺はもう一度、同じ言葉を放った。
アレクトールは俺の言葉を理解するのに時間がかかっているのか、しばらく放り投げられた人形のように俺のことを見つめていた。
「聖女ラウル……」
「なに?」
「俺は、ただあなたから祝福がほしかっただけなんです」
「だろうね。でも、そのやり方がまずかった」
さすがに今回は会話が成立しそうだ。だが、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく男に、俺は嫌な予感を覚えた。
どう考えても、そんな表情になる話の流れじゃないもんな。
「仕事として淡々と行われるのは嫌だと言いながら追いかけ回し、無理やりにでも祝福を得ようとしたのは誰だ?」
「俺、です」
「そうだな。再三“やりません”と言っている俺に迫ってきたのはきみだ。それで、今回は押し倒してきた。
どうして俺を押し倒した?」
一つずつ罪を詳らかにされていく小心者の罪人のように、アレクトールは縮こまってしまった。別に彼のことは怒っちゃいない。いずれ誰かが暴走するだろうな、とは想像していたし。
――こんな展開だとは思わなかっただけで。
アレクトールは唇を震わせ、俺に許しを乞うかのように両手を組んだ。
その組み方は女神様にする形式であって、俺に向けてするものじゃないんだけどな。こいつ、礼儀作法大丈夫か?
「俺、時間外に自主的に祝福をしてもらうということに、とてもこだわっていました。あなたがそんなに嫌がっているなんて、思いもしなかった」
あんなに拒絶されておいて? すごい神経の図太さだな。彼が魔界の扉を封印する騎士になっていたら、もしかしたらみんなの心の支えになってくれていたかもしれない。
いや、隙がありすぎるから、数少ない殉難者になっていたかもな。無駄死にさせるより、こうしてのほほんと過ごさせてやった方が良いか。
「俺がしようとしていたことは、仕事のような強制力を持ったものだったんですね」
「やっと気づいたか」
よし、この調子で説得だ。やっと冷静に自分の行為に向き合えるようになった彼に、俺は微笑んでみせる。
「押し倒したのは、勢いがあまって……と言いますか。ここまですれば、額へのキスくらいしてくれるんじゃないか、という甘えた考えのせいです」
「甘い、考え……?」
どうしてそんなことに!? 危ない危ない、表情が崩れるところだった。
彼は泣きそうだったとは思えぬうっとりとした表情になった。ごめん、ちょっとめんどくさいな、きみ。
「だって、ジークヴァルトとは仲睦まじく過ごしていたじゃないですか。だから、俺もあんな風にしたら、自然とやってくれるのかな、と」
「アレクトール、頭大丈夫?」
「え? 頭はぶつけてないので大丈夫です」
…………まともな会話ができると思った俺、この状況をなんとかなさい。さすがの俺も、脱力するのを隠せなかった。
「とりあえず、自分のやり方が間違っていたことは分かったんだな?」
「はい!」
「なら、どうする?」
解決か。これでやっと解決だな? ずっとこうして押し倒したままなの、歳のいったおじさんにはつらいのよ。
「祝福をください、と改めてお願いします」
「……駄目だこりゃ」
馬鹿につける薬、早く開発されないかな。そんなことを考えながら、アレクトールを部屋から追い出した。
俺がアレクトールと遊んでいる間、誰も邪魔に来なかった。ずいぶんと珍しいことだ。だいたい俺が一人きりになっていると、どうやって情報を手に入れてるのか分からないが、ジークヴァルトが現れる。
ジークヴァルトが無理な時はアエトスやティルマンが。それが、誰も来なかった。
っていうか、そろそろジークヴァルトが迎えに来てくれても良い頃合いなんだけどな。不思議に思うものの、ジークヴァルトは立派な大人だ。あんまり俺がどうこう言うようなものじゃない。
それに、こんなことで文句を行ったら「俺はきみがいないと生きていけない」って言っているみたいで嫌だ。別にジークヴァルトがいなくたって、俺は一人で何でもできる。
依存してるわけじゃないんだから、あんまり気にしてもな。
「あれ? ジークは?」
そんな時にひょっこりと姿を現したのはアエトスだった。彼は首を傾げ、それから周囲を見回した。
「先に行くって言ってたのはジークなのに、珍しいこともあるものだね」
「……先に行く?」
ジークヴァルトがアエトスに嘘をつくとは思えない。ましてや、すぐにバレる嘘なんて。
ということは、ジークヴァルトは今、予定と違った状態にあるってことか?
「アエトス、ヴァルトがそう言って移動する直前とかに、何かあった?」
「いや、特には……」
「ってことは、二人が別れた後に何かあったってことか」
ありそうなこと……心当たりが多すぎる。まず、俺が関係するあれこれ。俺宛の厄介を代わりに引き受けてくれている可能性が多々ある。
次に、ジークヴァルト宛の用事。俺の筆頭騎士ではあるが、平和になった今は一般騎士としての活動もある。俺の騎士としての仕事が優先とはいえ、騎士として用事を頼まれないということはない。
更には彼の人気が引き起こす厄介事。不思議なことに、俺はそれを目撃したことがないが……騎士から目撃情報を得たことはある。
うん、どれかだろう。ジークヴァルトを呼び出す時は俺にも声かけしてほしいな、なんて思ってしまう。いや、ジークヴァルトは俺の所有物じゃないんだから、そんな風に考えたら駄目だ。
あーもう、やっぱり俺のジークヴァルトに対する考えが歪んでる!
「ラウル……?」
「あ、ごめんごめん。ちょっと考え事」
「彼のことだから心配はいらないと思うけれど、一応探すかい?」
アエトスの問いかけに、俺は「そうだなぁ……」と悩む素振りを見せる。一応探してやるか。探されて嫌な気分にはならないだろう。俺のベルンだし。
「いきますかね。相棒を探しに」
「ついていくよ」
アエトスに小さく頷いて返すと、俺は立ち上がるのだった。
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