第6話 さらわれた筆頭騎士
おかしい、どこにもいない。俺の騎士はどこにいったんだ。
「ラウル、大丈夫かい?」
「……俺は大丈夫だけど、ジークヴァルトが大丈夫かは分かんない」
騎士の宿舎にも、訓練場にも、王宮内にも、教会内にもいない。彼の実家にも確認を取ったが、いなかった。
ジークヴァルトの家令に「あの方はお強い。それはあなた様がご存知でしょう」と笑われてしまうというアクシデントもあった。
ちょっと連絡が取れなくなったくらいで、とからかわれたのはさすがに恥ずかしかったし、確かに俺は心配しすぎだったかもと思った。
――だが。ここまで探しても見つからないのはおかしすぎる。
心配しすぎだとは言いきれない状況だ。と、今ならばはっきりと言える。彼は俺の筆頭騎士となってから、俺に何も言わないまま半日と別れて過ごしたことがないのだから。
「アエトス、預言者との急なアポイントが取れる裏技とかない?」
預言者アリストフォスならば、ジークヴァルトの状況を盗み見できるのではないだろうか。外出できない代わりに俺たちの活動――はっきりとは言わなかったから何なのかは分からないが――を見守っていたと言っていた。
会うことさえできれば、何か手がかりとなる情報を得ることができるかもしれない。ラウル宛に手紙を寄越したくらいだ。何か知っていてもおかしくはない。
「え? そんなものあるわけないでしょう。と、言いたいところだけれど……あなたには特別な道が残されているよ」
あ、悪巧みの顔だ。俺はアエトスの目に怪しい光を見つけた。彼は小さく笑うと「今失礼なことを考えているだろう?」と俺に流し目を送った。
ご明察。
「交換条件ってことか? それとも、俺に何か権利でも?」
「当たらずとも遠からず」
「え、どっちが!?」
「どっちも」
どってもって何だ。何がおかしいのか、アエトスが小さく噴き出した。
「んんっ、ふふ……ラウルってば、本当にジークが大切なんだね……この前ラウルが受け取った預言者からの手紙を使って、向こうからの用事をでっち上げるのさ」
「……手紙の内容を呼び出しってことにするのか」
「そういうこと」
なるほど、悪どい。そして交換条件と俺の権利がどちらとも“当たらずとも遠からず”だというのも納得だ。
アエトスのこういうところはとても心強いんだけど、敵にはしたくないタイプだなとも思ってしまう。絶対味方でいてほしい。
「預言者のことだから、私たちがそういう手段をもって訪問することは分かっているはず。そうでなくても、訪問の知らせで全てを理解してくれるはず。
私の知っている預言者アリストフォスはそういう人物だ」
「へぇ……?」
「さあ、手紙を取りに行こう。少しでも早くジークと合流したいのでしょう?」
アエトスが手を差し出してくる。反射的にその手を取ると、彼は驚いたように小さく目を見張り、すぐに微笑みへと変えた。
ジークヴァルトの不在で弱ってるのかもしれないな。おっさんを心配させるんじゃないよ……ったくもう。
手紙を持ち出し、預言者の元へ向かう。すると、守衛が俺の姿を見るなり「お待ちしておりました」と声をかけてくる。
は? この手紙を使って守衛の目を誤魔化すんじゃなかったの!?
完全に話が通じている。
「さい、こちらへ。預言者は既にお待ちになっております」
「ありがとう」
こういう時は変に言葉を発するとボロが出る。俺は簡潔にお礼と笑顔で乗り切った。
部屋の前でアエトスを見ると、彼は「だから言ったでしょう?」とでも言いたげに眉を上げて歪んだ笑みを見せてくる。
うーん、いい笑顔。
「お入りなさい」
おっと、催促されちゃった。慌ててノブを捻り、部屋へと入る。
預言者アリストフォスは、優雅に紅茶を楽しんでいるように見えた。が、その表情は硬い。俺たち――いや、ジークヴァルトにとって、あまり良くないことが起きているのだろう。
詰め寄りたくなるのを抑え、俺はアリストフォスに促されるまま着席した。
「時間があまりないので、端的に。聖女ラウル、あなたの筆頭騎士は誘拐されました」
「……は?」
誘拐って、あの? ジークヴァルトが、さらわれた? ジークヴァルトという屈強な男とさらわれるという単語が結びつかない。
言葉を失った俺を見たアリストフォスは何を感じ取ったのか、慰めるように俺の手に触れてきた。ほんのりとした温もりを感じ、思いの外自分が緊張していることを気づかされる。
「ジークヴァルトという存在を盾に、あなたを操る魂胆です。彼は拘束されていますが、大きな怪我は負っていないのでご安心を」
アリストフォスは端的に、と宣言した通りに必要なことだけを口にしている。そこに彼女の感情は感じられない。だからこそ緊急度を感じたのだが……。
預言者は俺の手をぱっと離して両手を小さく広げた。
「なので、あなたは誘拐犯からの連絡を待つだけで良いです」
「ん?」
あれ? ここは助けに行こうとか、そういう話になるんじゃないの? 今度こそ呆気に取られて言葉が出てこない。
どうして今すぐ行動せずに待つのか、まったく理解できない。この物言いからして、おそらくアリストフォスはジークヴァルトの居場所を把握している。
ならば、すぐにでもその場所へと向かった方が良いに決まっているのに。
「あなたの実力をもってすれば、彼らなんてけちょんけちょんですから」
「あ、そういう……」
何ていうか……俺とジークヴァルトへの“絶対大丈夫”感が強い。あまりの楽天的な言い方に脱力してしまう。
アエトスを横目で確認すると、彼は口元を覆って震えている。もしかしなくても、笑ってるじゃないか……!
アエトスの失礼な態度を指摘したい気に駆られたが、今はそういう雰囲気ではない。いや、そういう雰囲気かも? だめだ、俺も分かんなくなってきた……。
アリストフォスが小さく咳払いをした。アエトスだけではなく、何も悪いことをしていないはずの俺まで背筋を伸ばす。
「今は分散している彼らですが、あなたをおびき寄せる時には全員集合するはずです。ラウル、聡明なあなたならば、今後のことも考えて全員捕らえたいと考えるでしょう?」
一理ある。俺は小さく唸った。教祖のごとく、たおやかな仕草で更に両腕を開き、彼女は微笑む。
「聖女ラウル。これは、遊びではありません。おままごとでも。
あなたの一挙一動で、ジークヴァルトは己の命を断つでしょう。それを防ぐには、あなたが圧倒的な力をもって彼らを一網打尽にする姿を見せつけることです」
ジークヴァルトの俺に対する想いはかなり強い。自分が俺を操る材料となるならば、俺の負担となるならば、命を投げ出すことも厭わないだろう。
今までの彼を見てきたからこそ、アリストフォスの言葉を笑い飛ばすことができなかった。今、ジークヴァルトがどうしても生き残らなければならない理由はない。
つまり、彼の選択肢の中に己の死が入る可能性はじゅうぶんにあるのだ。
「熱くなるのは良いことです。ですが、今回こそ……冷静に動きなさい」
「…………」
冷水をかけられたかのようだった。彼が倒れているのを見た瞬間と同じくらい、彼を失うかもしれないという恐怖が俺に押し寄せる。
俺はまだ、あの男を失うわけにはいかない。
自分の心を落ち着かせるように深呼吸した俺は、彼女の言葉にしっかりと頷いてみせるのだった。
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