第4話 甘々の日々ともやもやと
アエトスに慰められたりしながら順調にジークヴァルトとの距離を詰めていった俺は、表向き色ボケおやじみたいな状態になっていた。
「俺のベルン。こっちも食べて」
ジークヴァルトの隣に座り、切り分けた肉を彼に近づける。遠征中も似たようなやりとりをしていたことがあるから、手慣れたものだ。フォークの先を突きつけないように気をつけるのだって、もう失敗しない。
ジークヴァルトがフォークに顔を近づけ、肉を食む。俺の目の前で齧られた肉がフォークから抜けていく。一連の所作に雄の色気を感じてしまい、俺はそっと視線を逸らす。
「……うまい」
「だろ?」
ジークヴァルトがほんのりと頬を赤く染めて小刻みに頷いている。少し前の様子とは真逆の可愛らしい面が前に出てくると、何だかほっとする。彼が咀嚼している間に自分も肉を口に運ぶ。
うん。おいしいな。
「あ、またやってる」
「お熱いこって」
「いや……あれは遠征中からだしな。もはや名物」
今日も外野がうるさいな。まあ、この騎士たちは俺を追っかけているヤバい人じゃなくて、俺たちと一緒に戦った戦友だから良いんだけども。むしろ、ああいう手合いを追っ払ってくれるありがたい存在だ。
野次馬はちょっとうるさいような気もするけど、あの追っかけたちに比べたら可愛いくらいだ。
「ラウル」
「ん? あ、ありがと」
ジークヴァルトがお返しに、とフォークを傾けている。促されるまま、フォークに刺さった海老を食べる。うん、ぷりっぷり。
「――パスタは」
「どうした?」
「分けにくいな」
「ぶほっ」
そう来る!? 隙を突かれた俺は、盛大にむせた。飲み込んだ後で良かった。俺の背中を撫でながらコップを取ったジークヴァルトが、そっと俺にそれを握らせる。
息を整えながら水を口に含む。ああ、苦しかった。
それにしても何だ。パスタを食べさせるのが難しいとか、可愛すぎないか?
「こうやるんだよ」
俺は彼の皿にフォークを突っ込み、くるくるとフォークを回す。少なめに麺を絡めとったそれを彼に見せる。
麺を欲張るからうまく形をキープできないんだ。加減するだけで簡単になる。
「はい、どうぞ」
ジークヴァルトはフォークに絡んだ麺をしげしげと眺め、それを食べた。もぐもぐと口を動かす姿を見守りながら声をかける。
「慣れたら食べさせてね」
「…………分かった」
うーん、可愛い! 俺の婚約者、可愛すぎるんですけど! 甘々カップルのふりをしているとかどうでも良くなるくらい、過去の遊び人な自分が表に出てきてしまいそうなくらい、可愛い。
俺、ジークヴァルトのことをどうしたいんだろう。ジークヴァルトの姿に悶々とする片隅で、そんな静かな疑問が浮かんでいるのだった。
さて、困った。俺の悩みは減るどころか増えていた。悩みごとは変な噂とその追っかけだけじゃない。
ジークヴァルトとの距離感と、俺自身のジークヴァルトへの感情だ。
ジークヴァルトとの距離感を強制的に近づけているわけだが、どこまでならセーフなのかが分からない。あまりやりすぎると治安が悪くなってしまうし、かといってやりすぎないように控えるのは、それはそれでなんか疑いの目を向けられそうで怖い。
俺の振る舞いに合わせると言ったただけあって、ジークヴァルトは俺の調子にうまく合わせてきている。
俺のさじ加減次第で、ジークヴァルトの評価が変わってしまうってことを考えると、やっぱり“どこまでバカップルになるか”をちゃんと考えておかないといけない。
相談できる相手は限られているし、難しい問題なのだ。
――まあ、ここまでは良い。ここまでは。
より問題なのは、自分の精神的な部分だ。
人間、思い込みとかそういうので感情が変わってくることがある。嫌いな仕事を楽しくこなす為に好きだと思い込むとか、そういうやつね。
どうやら俺は、ジークヴァルトを構いすぎて、彼に心を寄せてしまうようになってきているようだ。前々から可愛い人間だとは思っていたんだが、前とは比べ物にならないくらい可愛く見えてくるし。時々彼に色気を感じてしまうようになったし。
時を経て、徐々にそうなっていったのならば気にならなかった。だけどこれは違う。
これは、自分に言い聞かせるようにして生まれた感情だ。こんなの、不誠実にもほどがある。馬に情が湧くのとは違うんだから。
相棒として気に入っている。そもそも人間としても気に入っている。そこに、恋愛的な感情が増えるだけだ――なんて、思えるか!
両思いになって、結婚して、幸せに暮らす。ジークヴァルトとなら、きっとできるだろう。でも、愛着の延長線なのか、実施中のキャンペーンのせいで一時的に盛り上がってるだけなのか、それとも本当の意味で彼に恋愛感情を抱くようになったのか、判断できない。
「あぁー……自分の過去のせいで、全然分からない……」
まともな恋愛を経験せずに遊び呆けていたツケが来た。左耳のピアスを弄りながらため息を吐く。
不誠実なことはしなかったが、まともな恋愛と言えるものもなかった。こんなこと、誰にも相談できないしな……。
四十も過ぎたおっさんが、こんな。恋愛初心者じみた悩みを抱えているとか笑えない。
ジークヴァルトには不誠実なことをしたくない。気持ちを返すのなら、ちゃんと育ったものが良い。
誰もいないのをいいことに、思い切り頭をかきむしる。すると、図ったかのようにノック音が部屋に響いた。
「聖女ラウル、お手紙が届いております」
「ん? 待ってて、すぐ行く」
慌てて髪型を整えて扉を開ければ、ティルマンが戸惑いを隠さずに俺を見上げる。俺の髪型変かな?
ちゃんと鏡を見て直せば良かった。
「あの……とても珍しいことなのですが、預言者からのお手紙だそうです」
「へっ!?」
あ、ティルマンの困惑顔はそっちが原因か。自意識過剰な自分が恥ずかしい。預言者とは、俺のような聖女の中でも少し変わった能力を持つ者を指す。
神力を多く持つ割に神聖魔法の馬力がない聖女は、ご神託というものができたりする。そのご神託ができる聖女を預言者と呼ぶのだ。
今代の預言者はアリストフォス。聖女として覚醒する前に、彼女からご神託を受けたことがある。まあ、当時の俺はただの占いだと思ってたけど。
魔界の扉を封印した聖女としての活動を始める際に再会し、彼女が只者ではなかったことを知った。
でも、あれから特にゆっくり話をする機会とかはもらえてないんだよな。
「ありがとう」
「いえ……それでは、失礼します」
ティルマンにはとびきり穏やかな笑顔を送る。彼は俺の表情を見て、ようやく肩の力を抜いた。
そんなに緊張しなくても……と言ってやりたいが、預言者は俺ですら接触するのも難しい存在だ。
そんな人物からの手紙である。ティルマンがそうなるのも仕方ない。彼を見送った俺はデスクに向かい、ペーパーナイフを手に取った。
『あなたの歩く先に曇り、雷雨あり。更なる先は光の道。今のあなたに乗り越えられぬものはありません』
中に書かれていたのはご神託。しかもちょっと不穏。ええー……。
「俺の感情が引き起こすの? それとも、俺が何かに巻き込まれるの? そこんとこ詳しくさぁ…………」
教えてくれたって良いじゃないの。と、思った直後にアリストフォスから「眩しくてろくに見えない」と言われていたことを思い出す。
見てくれただけありがたいと思うしかない、か。
俺は憂鬱をため息に乗せて吐き出すのだった。
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