第3話 何だか雲行きがあやしくなってきた

 これ、大丈夫なのか? 収集がつかなくなるぞ。

 俺は斜め上に噂が広がっていくのを感じながら他人事のようなことを考える。アレクトールのお願いを断り続けて一週間。どういうことか、あの噂はパワーアップしていた。

 聖女の祝福が聖女ラウルの祝福に昇格していたのだ。俺に関する悪い噂が流れたりするのかな、と思ってジークヴァルトやアエトスと打ち合わせをしていたのに。

 打ち合わせしていた中身は完全に白紙ってわけだ。警戒しただけ損したわ。


 最近は「どうすれば、時間外に聖女ラウルから祝福を受けることができるか」や「どのタイミングで挑戦しようか」と意気込む視線がやたらと多い。

 無駄に絡まれなくなった気もするが、相変わらずアレクトールは挑んでくるから、結局のところあまり変わっていないような気もする。視線を感じるのには慣れていたが、その中に変な期待感があるからか、どうにも気になって仕方がない。

 気にしないようにはしていても、気になるものは気になるのだ。


 それに、ジークヴァルトがすごくピリピリしてる。彼のその態度が無用な戦いを弾いてくれているような、逆に彼らの挑戦心を刺激しているような。その効果は一長一短といったところか。

 あんまり刺激してほしくないから、とりあえずジークヴァルトには落ち着いてもらいたいんだけどな。まあ、難しいか。

 あ、良いこと思いついた。いや、でもこれはちょっと人の心がないか? ジークヴァルトが落ち着いて、かつ噂に夢中の皆さんが俺たちに近寄りにくくなる方法が一つだけある。

 二人きりになったら、提案だけしてみよう。

 俺は自分の中にある色々なものと戦い、ジークヴァルトは己の理性と戦う。そんな提案を。




 完璧で安全な自室にジークヴァルトを押し込んだ俺は、早速口を開く。


「ヴァルト、俺はこれからきみを本気で恋人のように扱う」

「は……?」


 目を見開いたジークヴァルトが、化け物でもいるかのような表情で俺のことを見つめてくる。しまった。やることだけ宣言しちゃった。

 しかも、婚約者じゃなくて恋人って言ってしまった。彼の大混乱を落ち着かせるべく、言葉を重ねていかないと。

 まずは彼の肩と腰に手を添え、椅子に座らせることから。彼を落ち着かせたら、移動させた椅子に座って彼と向かい合う。


「ごめん、端的に言いすぎた。時間外労働をさせようとする人たちがいるだろ? それ対策で、妙案が浮かんだんだ。

 きみが警戒したり威嚇したりしてくれているのはとても助かるんだけど、一部の人には火に油って感じにも見えたから……別の対策をするべきかなって」

「……それが、俺の扱い方を変えるということか」


 話の途中でジークヴァルトが口を挟んできた。おお……話が早い。っていうか、俺からの恋愛感情がないと分かった瞬間に、思考が元に戻った感じか。

 相棒モードになった彼に、申し訳ない気持ちを抱きながら話を続ける。


「婚約してるけど、俺たちの距離感ってあんまり変わっていないだろ? だから、俺たちの組み合わせの時にあんな風になるわけだ。その距離感を、少しずつ近づけて甘い空気を出してだな……」

「バカップルを装って、話しかけにくくしようということか?」

「うん。そう」

「はっ……そんなの、効果あるのか?」


 お、珍しく否定的。懐疑的な意見を滅多に言わないジークヴァルトだから、きっとこの作戦が嫌なのだろう。

 俺からそういう扱いをされるのは嬉しいけど演技だと分かっているから嫌だ、とかかな。そうだよな、複雑な気分になるよな……。

 この前、アエトスにあぐらをかいていたら――などと言われたことを思い出す。


「ごめん。嫌だよな。ふりだと分かっててそういう扱いされるの」

「いや……そこは別に構わない」

「へ?」


 どういうこと? 俺は瞬きを繰り返す。


「俺はお前のような聖人君子ではないからな。たとえ演技だとしても、ラウルが俺に愛を囁いてくれるのならば天にも登る気分になれるだろう」

「……すごいな、きみ」


 本当にすごい。あれ? でもそれなら、ジークヴァルトは何に引っかかりを覚えているんだ?

 最近はジークヴァルトのことがうまく読めなくなってきたな。相棒としての自信がなくなりそうだ。


「俺が危惧しているのは、ラウルが俺ではない誰かに恋愛感情を抱いた時の障害になるのではないか、ということだ」

「……俺?」


 意外なところに話題が飛んでったぞ。本当に俺、ジークヴァルトのことを理解できてない。俺が気分をへこませている傍らで、彼は照れくさそうに頬をかいている。

 ほんと、何なのこの可愛い生き物は。


「俺は良いんだが、お前の今後に支障が出るのは困る。ラウルの幸せが俺の幸せだからな。効果とデメリットが釣り合わないのは嫌だと思っただけだ」

「ほんと、きみってば健気」

「そうか?」


 あ、一瞬の内に相棒の顔に戻っちゃった。でもそうか、あの顔を皆に見られてしまうってことか。それは何かもったいない気がするな。


「俺は大丈夫。きみの方に問題がないなら、早速これから少しずつやっていこうか。俺が接し方を少しずつ変えていくだけだから、きみは自然体で良いよ」

「分かった」


 あとは俺が照れくささを捨て去れば良いだけだ。大丈夫。大昔の経験を思い出して、自然にやれば大丈夫。それに前にアエトスから、俺のジークヴァルトへの世話焼き度は普通じゃないってお墨付きももらってるしな。

 あ、これは別に自慢できる話じゃないか。

 とにかく、きっとうまくいくし簡単だ。俺は本気でそう思っていた。




 俺が考えた距離の詰め方は簡単だ。体の一部分をジークヴァルトにくっつけるところからスタートする。まあ、つまりスキンシップをすこーしずつ増やしていくわけだ。

 で、それと並行して彼に向ける表情も変えていく。これは特に大昔の経験がとても役に立った。俺ってば演技派。

 ちなみに、唐突に急接近するとジークヴァルトが硬直してしまう。俺がそういうことをするよ、と事前に伝えていて、覚悟も決めてもらっているはずなんだが、あの可愛らしい男は距離の詰め方を少しでも間違えると駄目になってしまうんだ。

 そうなると、おっさんが若い男をたぶらかそうとしているような構図に思えて仕方がない。

 意外と難しいな、これ!?


「俺の婚約者が可愛すぎてつらい」

「え? ラウル……頭、大丈夫かい?」


 ジークヴァルトが騎士の仕事へ行っている間に室内業務をすることになっている俺は、行儀の悪さも気にせず来客用のソファにごろりと転がった。

 純朴な子を弄んでいるような気分になって、自分の良心が痛むのだ。昔はこういう感じの駆け引きをして楽しんだこともあった。だが、それはここまで仲良くなってから、の話ではない。

 俺とジークヴァルトは、近すぎるんだ。それに、相棒として過ごす時間が長すぎた。


「なーんか、色々雲行きがあやしいんだよ……駄目かも」

「珍しいね、本当に」


 雲行きがあやしいのは俺の頭の中だ。ジークヴァルトへの接し方を甘くすればするほど、感情が曇っていく。

 彼の嬉しそうな表情や、俺の行動に合わせてスキンシップを返してくる姿に、何とも言えない気持ちが浮かんでくる。

 アエトスは本気で俺を心配しているらしく、そっと俺の額に手のひらを添えてきた。


「つらいなら、少し距離を置いても良いと思うけれど……」

「いや、俺が言い出したことだから。やりきるよ」


 俺は口元に笑みを作ってアエトスの提案を跳ね除ける。俺の良心が痛むだけだから、な。

 うーん、この状況を楽しめる人間だと思ったんだけどなあ。俺ってば、思ったより真面目だったみたい。

 誤算だったな、と思いながらアエトスの手のひらに手を添えるのだった。

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【BL】おっさん聖女の婚約 魚野れん @elfhame_Wallen

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