第6話 額の傷に勝るもの

 どこに行っても囲まれる。公務中だとか、移動中だとか、状況構わず囲まれる。ここ一番のモテ男ぶりだ。

 困るのは、休む暇がないということくらいだろうか。祝ってもらえるのは良いことだから否定するのも悪いし、対応が悪いと色々と問題が出てくるかもしれないし、彼らとのやり取りを丁寧にしようと心がけている。

 とは思うものの、さすがに予定に影響が出るのは困る。何とかした方が良いんだろうが、もう少し我慢すれば勝手に飽きるだろうしなあ。


 人に囲まれる生活は慣れている。もうかれこれ十年以上もそんな生活だから。だが、魔界の扉を封印する為の活動をしていた十年とは違った疲労が溜まっていくんだよ。

 積極的に絡まれるのは、あまりなかったからな。“聖女様コール”をされることは多かったが、ここまで話しかけられることはなかった。会話らしい会話をしてこなかったとも言う。


 ということで、次第に俺は関係者しか入れない区域の部屋でこっそりと休憩するようになっていった。さすがに、公務中にぐったりしているわけにもいかないんでね。

 俺が休憩していると、どこからともなく現れるのがジークヴァルト。今日は来客用の長椅子に座って、その彼が現れるのを待っていた。

 俺の筆頭騎士ではあるけど、四六時中つきっきりというわけではないからな。

 というか、一緒にいる時に休憩しにいったら何を言われるか分かったものじゃない。特に元同僚の騎士に見られたら絶対にからかってくるに決まっている。

 面倒なことになると分かっていてそれをするのは愚の骨頂ってやつだ。


 俺がジークヴァルトを待っているのには理由がある。この前もらったのお返しだ。ようやく準備できたんだよな。

 俺が用意したのはピアス。お守りだと言って渡してきた理由を聞いたついでに探ってみたら、彼も指輪は好んでつけたいタイプではないことが分かった。剣を握る時の邪魔になるもんな。

 指輪に対する考え方が同じで、ちょっと嬉しかった。耳飾りはどうかと聞けば、邪魔でないなら良いが、穴を開けていないから分からない、と言う。そこまでの会話で感づいたらしく「俺は別にお返しが欲しくて渡したわけじゃない」と言い出した。


「その傷だけで良いとか、やめてくれよな」


 俺がそう言うと、彼は黙ってしまった。あーそう。そういう男だよね。ジークヴァルトという人間は。

 俺は彼の耳朶を優しくつまみながら「ここに、お守りつけてくれる?」と聞いた。そうしたら、彼は俺から逃げないように配慮しながら頷いてくれた。


 ジークヴァルトが何年も前に俺の概念として作り、ずっとお守りとして肌身離さず持っていた指輪。それが今、俺の薬指にはまっている。

 アエトスにその話をしたら「重すぎない? 大丈夫かい? やっぱり私と婚約しなおすかい?」と心配された。まあ、でもこの指輪は恋愛感情ではなく信仰心由来だからな。だから「大丈夫だよ」って答えたけど。


「今日はここだったか」

「あ、ヴァルト」


 思考を自由にさせてのんびりと過ごしていると、ふいに声がかけられた。待ち人来る。今日は金属鎧を着ていない。ってことは、事務仕事に追いかけられていたのかな。

 ジークヴァルトは俺が「おいで」と言うまでもなく、俺の隣に座った。いつもと同じ、ゆっくりと体重を預けてくる。うーん、そういうところ人間性は同じ人間として好きだ。


「はい、どうぞ」

「む」


 体の向きを変えた俺は、ジークヴァルトにプレゼントの入った箱を握らせた。彼はおずおずとその手を開き、じいっと箱を見つめた。


「ピアスなんだよね。だから、穴開けから俺がやってあげる」


 ジークヴァルトは瞬きを繰り返し、それからゆっくりとその箱を開けた。俺が用意した片耳用のピアスを見て、顔を上げた。その目は喜びに輝いているし、口角も上がっている。

 素直に表情で喜びを表現する男に、俺の胸の中にじんわりと温かいものが広がっていく。


「これは……」

「俺が用意した、きみの新しいお守り」


 ピアスは軽さと体への一体感を重視して作らせた。動き回っても取れたり、何かに引っかかって耳たぶを割いてしまったりもしないよう、ピアス本体とキャッチャーが一体化しているものにした。フープ状のピアスをアレンジしたような形である。

 なるべくシンプルにして、せっかくだから指輪の彫刻と同じ意匠にしてみた。もちろん、このピアスを作ったのは指輪を作った工房と同じところだ。

 対になるデザインにしたいという要望をしたら、すぐに作り上げてくれた。変わった依頼だったから、当時の記憶が残っていたらしい。彫金師は俺の指輪を目にするなり「ようやくですか!」と笑っていた。

 ああ、ここにも勘違い組が。なんて思ったのは良い思い出だ。


「つけても良い?」

「もちろんだ。頼む」


 差し出してきた右耳をつまむ。まずは穴開けだ。神聖魔法って便利だな。鼓舞で苦痛を和らげ、浄化で消毒ができる。俺は神聖魔法の無駄使いをして針を刺した。

 ぷつり、と皮膚を貫く感触が指に伝わってくる。何かを傷つけている感触って、どんなやつでもあんまり好きじゃないな。そんなことを思いながら、耳朶から針を抜く。

 新しいお守りをセットしたらキャッチャーを止める前に神聖魔法で傷を治し、滲んでいた血を浄化で洗浄する。最後にポストをキャッチで止めれば完璧だ。


「できた」

「何となく耳がじんじんする」

「傷は塞いだけど、その名残かな?」


 ジークヴァルトは慣れない重さが気になるのか、右耳をいじろうとする。その腕を片手で押さえ、空いている手で鏡を見せた。


「どう? ちゃんとピアス、ついているよ」


 掴んだ腕の力が弱まる。彼の目は鏡に釘づけだった。左側には俺を守る時についた傷、右側には俺が渡したピアス。両方に俺の証がある。

 ジークヴァルトはぎゅっと口を結んだ。いつもの通り、真っ直ぐになるまで込められている力は、感激という意味だろうか。少しずつ血色も良くなってきている。


「ラウル……ありがとう」

「どういたしまして」


 ジークヴァルトが用意してくれた石がルチルクオーツだったから、俺もルチルクオーツにした。指輪の宝石に負けないグレードを、と頼んだら結構なすごい金額になったけど、後悔はしていない。

 だって、この顔を見てほしい。こんなに嬉しそうな顔、見たことがない。


「額の傷より良いでしょ?」

「……否定はしないが、治しもしないぞ」

「綺麗にその傷を治すとしたら、大けがしてもらわないといけないから嫌だよ。頼まれたって、やらないからな」

「はは、それはそうだろうな」


 既存の傷がなくなるくらいの怪我をすれば、その怪我ごとにするのは可能だ。でも、傷を治す為だけに大怪我をさせる気はない。

 俺がそう言うと分かっていたらしいジークヴァルトは、俺の返事を聞いて小さく笑う。相棒だから、傅かれるよりも対等な扱いをされる方が嬉しい。

 俺が笑い返したら、俺の手を取って指輪に口づけを落としてきた。そ、そういうことする!?

 不意打ちに目を見開く俺に、にやりと笑みを送ってくる。そして小さく一言。


「ラウル、周囲が見てる」

「……あ、そーいうこと」


 何だ。おじさん、てっきり本気で口説かれちゃうのかと思ってドキドキしちゃった。……周囲の視線があるから、のポーズですか。そーですか。

 照れくさいやら何やらでやけっぱちになった俺は、ジークヴァルトの額にリップ音つきの口づけを送ってやるのだった。

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