第2話 王子聖女の追究
私は王子であり男性聖女だ。王族として、あらぬ火種とならないように王位継承権を放棄している。とはいえ、国益を考えて行動するというのは放棄してからも変えてはいない。
私情を交えずに行動できるのが売りだったはずの私は、怒りに燃える聖女ラウルの姿を目にして動揺していた。
彼は、柔らかな物腰におどけた態度をかけ合わせた賢馬のような男である。
王族ではない癖に、どう振る舞うのが正しいのかを常に計算し、聖女ラウルという存在を演じている。
魔界の扉を封じる為の長い戦いは、なかなか終わりが見えず精神的に辛いものだった。ともすれば挫けてしまいそうになる騎士の気持ちを鼓舞し続けていたのが、
もちろんこの“鼓舞”は魔法の方ではない。精神的な方である。
ある種の同族嫌悪だろうか。
そういうことは王族に任せ、自由に振舞ってほしいと思っていた。何の為に
――ラウルが似たようなことを考えているのだと知るまでは。
私は聖女の保護を目的とした政略結婚を、ラウルに持ちかけていた。当時の私の立ち位置はかなり絶妙で、扱いにくい状態だったというのもある。
聖女ラウルと婚約すると、王位継承権の復活を求める声が上がりそうだった。しかし、私は王族聖女の配偶者という肩書きを欲する者や、聖女の能力を欲する者にとって都合の良い存在だ。私の隣が空席だと、別の意味で困ったことになる。
だが、それ以上に困るのは、今代の聖女ラウルの隣が空席であることだ。魔界の扉を封印することに成功した今、彼の価値は測りきれないものになっている。
少なくとも、私が悪い人間であれば、あの手この手でラウルを手に入れようとするだろう。戦争に使うのも手だが、死にさえしなければ全快できる治癒魔法は、命を狙われやすい立場の人間からすれば、命の安全を保障されているも同然だ。
喉から手が出るほど欲しい魔法だと言えるだろう。
そしてそういう聖女を求める人物の大半は、悪いことを考えて過ごしている人間だ。
彼をそんな人間に渡すわけにはいかない。これは私だけの問題ではなく、この国の問題だ。しかし、私は彼を自分自身のように“物”として扱う気はない。
だからこそ、多少強引ではあったがジークヴァルトと婚約するように仕組んだのだ。最初からそれを提案すれば、きっとうまくいかなかっただろう。
この時、確かに私は二人の婚約を、しいてはその先の彼らの幸福を純粋に願っていたのだ。
それが、である。つい先日、彼の考えを知る機会に恵まれると同時に叱られた。
その時に、どうしてここまで自分のことを考えてくれている人を手放す決断をしてしまったのだろうか。私は、とてももったいないことをしてしまったのではないか。そう思ってしまったのだ。
年齢差があるからこそ、居心地の良い関係であると錯覚しているだけなのかもしれない。彼の洞察力に、彼の優しさに、甘やかされたいと思ってしまっただけなのかもしれない。
甘やかそうとしてくれた人は、ラウルが初めてだった。私が王子たる行動を、王子聖女たる言動を、と心がけていることを評価する人はいれども、もっと自分を大切にしなさいと言ってくれる人はいなかった。
きっと、私は絆されてしまったのだ。多分。
そして今、私は初めて見る彼の激情に動揺していた。彼が珍しく必死で叫び声を上げた時に居合わせたことはある。あれは魔界の扉が封印された時、ジークヴァルトが額から血を流して倒れていた時だった。
悲痛な表情も見ていられないと思ったが、あの時はまだ「ああ、こういう表情もできるんだ」としか思わなかった。
それが、今はどうだ。ここまで大切にしてもらえるジークヴァルトのことが羨ましくてたまらない。あの決断を後悔してしまいそうになる。しかしそんなことを考えている場合ではない。
ラウルの最愛となったジークヴァルトの命がかかっているのだから。
「ラウル」
「ん?」
預言者アリストフォスから手紙が届くまで部屋で待機するように言われ、彼女の言う通りに部屋で過ごしている彼に声をかける。私へ視線を向ける時に目元をゆるませたものの、険のある顔のままだった。
それだけ、表情を取り繕う余裕がないのだろう。
「あなたは、ちゃんとジークのことを愛してるのだね」
「え?」
きょとんとした顔で私を見る彼は、心の底から不思議そうな顔をしている。不意打ちをくらったかのように険が取れたその表情に、ラウルが己の感情に対してまだ名前をつけていないのだと察した。
いや、察しの良い彼のことだ。もしかしたら認めないようにしているだけかもしれない。
周囲が落ち着かない状態で己の感情について掘り下げていくのは、あまり良いこととは言えない。特に、国を左右しかねない人間である自覚を持っているラウルならばなおさら。
ラウルと似た思考をしている自覚があるからこそ、彼の今の状況が手に取れるようだ。ジークヴァルトへの感情を気づかせたくないが、気づかせるのならば今だ。ラウルが私のことを叱るタイミングを見計らってくれていたのと同じく、今しか彼の心に響かない気がした。
私は覚悟を決めて口を開く。
「ラウル。往生際が悪いよ。いい加減、あなたは自分の気持ちを認めるべきだ。」
「まさか。俺は相棒としてヴァルトを大切にしているだけだ」
心の底から思い込もうとしているだけだ。私はそっと彼の顎に触れ、そのまま輪郭をなぞる。ラウルの視線が揺れた。ふぅん、私の所作に動揺するのか。何だか面白くない。
体を接近させ、触れるか触れないかといったところまで顔を寄せる。
「ならば、さっきの表情について説明してほしいね。どうして王妃を愛人に奪われたかの有名な残虐王のような顔をしていたのか。説明してくれるかい?」
残虐王は有名な演目だ。それを口にすれば、誰でもそれがどのような表情なのかが分かるほどに。王妃は残虐王のことを愛していたが、残虐王は王妃が裏切ったと思い込んでいた。愛人の元へ向かおうとしているのだと考えた彼は、自らの手で彼女を殺めるのだ。
その直前の一幕で見せる残虐王の表情が有名なのだ。愛する者を失いそうな焦りと失望――そして愛する者を奪われたことに対する強烈な怒り。
「選択を間違えさえしなければ解決すると預言者アリストフォスに保証されたのに、どうしてまだそんなに焦ったり怒ったりしているのか。私が知っている普段の聖女ラウルであるならば、今頃は冷静さを取り戻してジークを助ける算段について練っているはず。
――なのに、今のあなたはそれをせずにただ怒りをくゆらせている」
ラウルの目の奥にちらつく怒りが見える。この怒りは、心の奥の柔らかい部分を無理矢理暴かれようとしているからだろう。
「今のあなたは、聖女ラウルなどではない。ただのラウル・フォスターだ。あなたの強固な聖女の殻を破るほどの感情は、恋情以外に存在しない」
半分は言いがかりだ。私はどんな手を使ってでも、彼にその感情を認めさせたい。顔を引き、じっと見つめ合う。
「あなたは、ジークヴァルトという人間を、ただの相棒として見れなくなっている。それを認めた上で今後の人生を共に歩む相手として彼を迎えに行かなければ、きっと後悔するよ」
二人を大切に思うからこそ、不幸になってほしくない。自分の気持ちなど、数日前に得た淡い思いなど、今ならば簡単になかったことにできる。
反抗的な表情を浮かべる男に向けて、私はいつもの胡散臭いと言われがちな笑みを浮かべて発言についての解説を始めるのだった。
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