第3話 面前の狐か背後の熊か
とりあえずこの反応から考えるに、ジークヴァルトは俺との婚約には乗り気らしい。そこは良いんだ……?
「ヴァルト、俺と婚約したいの?」
「ラウルを守ることに繋がるのなら、俺は手段を選ぶつもりはない」
「――つまり、結婚したいんだね」
俺の発言に対して直球を投げてきたジークヴァルトに向け、アエトスがふ、と笑う。その顔には「ああ、そうだよね。知ってたよ」と書いてある。
俺の相棒は、どうやら俺を大切にしすぎるあまり、恋愛感情なるものを抱いてしまったらしい。どうりで、変な行動をするようになったと思った! 思い出してみれば、そういうエピソードが山ほど出てくる。
どこから
昔から他の人よりも、俺に対する態度がおかしかったからあまり気にならなかったってのもある。
俺が「やりすぎだ」と思ったのは、他の騎士と違って、俺を守り続ける為に戦闘不能にならないように立ち回っていたくせに、最後の最後で額に傷が残るような大怪我した時くらいか。
あれは心臓が止まるかと思ったぞ。
意外すぎたのは、ついさっき扉を蹴破ったことか。あんな凶暴な一面もあったんだなあ。
そう考えてみると、少し離れたところから第三者として俺たちを見ていたアエトスからすれば、今更何を、といったところだろうか。
納得はいくが、どうしたものか。
特に嫌悪感はない。かと言って、その気持ちに応えられるかどうかは分からない。変に気を持たせたままにするのは相手に失礼だし。
面前の狐を取るか、背後の熊を取るか。どちらも嫌いではないし、結婚するとこまでいってしまっても相手を不幸にはさせない……と、思う。
あー……いや、まあ……俺の方が遥かに年上だから、先に逝っちゃうことくらいは許してほしいところだけども。
年齢差……そうだ、年齢差…………。今、俺が四十五だろ。で、ジークヴァルトが三十三。アエトスは……二十九――三十になってないんだっけ!? うわ、わっかい!!
駄目だ、年齢差が俺的にアエトスはアウト。こんな年齢だし、まあ十五歳くらいなら……とは、思わなくもなかった。三十になれば、もう年の差が云々とかお説教するような年齢でもないしな。
年下に対してのそれは絶対に止めるが。
とりあえず、アエトスは駄目だ。政略的なアレソレでのデメリットも大きいし、その上でってなると、ちょっと俺の感情的に厳しいな。
人柄的には悪くないんだけど、俺がその年齢差に耐えられそうにないわ。うん。
俺の中でゆらゆらとしていた天秤が一気に傾いた。
「……ヴァルト」
「何だ」
「同じ気持ちを返せなくても良いなら、きみと婚約しても良いよ。アエトスと婚約すると、それはそれで面倒そうだからさあ」
「……ラウルが良いなら」
「あーあ、振られてしまった」
俺の出した結論にジークヴァルトは淡々としている風を精一杯つくって――顔が赤いから男前が台無しだな――返事をし、アエトスは軽い言い方で諾した。
年齢差以外の理由を上げて、俺はアエトスの誘いを断った。まあ、こっちの要因の方が年齢差に対する俺の感情よりも重要だし。
アエトスとの婚約は、あからさまな権力集中だ。それならば、アエトスのはとこであるジークヴァルトの方がましだ。
俺の筆頭騎士にはなっているが、所属的にはいち騎士でしかない。そもそも俺の騎士だから権力集中も何もない。
それに、自分で言うのもなんだがジークヴァルトの行動は聖女ラウル至上主義だ。
周りがそう揶揄するくらいに有名なほど。
だから、俺がわざわざ婚約者として振る舞わなくとも、周囲が勝手に盛り上げながら応援してくれるだろう。
俺が何をしても気にくわない層の人間は別として。
「ラウルって、ジークには優しいよね」
「そうか? まあ、ヴァルトは俺の騎士だしなあ」
元婚約者候補になったアエトスが楽しそうに笑っている。相変わらず優雅な手つきでカップを傾けるさまは、つい先ほど俺に振られたとは思えないほど普段通りだ。
彼の中では、俺が誰かと婚約すると約束してくれさえすれば何でも良いのだろう。
本当に自分のことを大切に考えてほしい。そうは思うが、それを指摘するのは難しい。疑問もなく突き進んでいる時に声をかけてもあまり効果はない。
むしろ、自分の道に疑問を覚えた時の方が良い。
だから、俺はその機会を待っていたりする。その隙が……なかなかやってこないんだけどな。
「私も見習って、自分の騎士を甘やかしてあげないと」
「甘やかしてる、か?」
「じゅうぶんに甘やかしてるよ。全然心当たりないのかい?」
「どうだろなあ」
俺にはジークヴァルトを甘やかしている自覚はない。現に、この場に乱入してきたジークヴァルトに対して席に座るように声をかけてないし。それに、俺の人権無視問題が落ち着いたせいか、俺が彼に言葉を求めている時以外は大人しくなったから、特に言うこともないしな。
甘やかすってのは、隣に座らせてみたりとか、そういう感じなのではなかろうか。
ああ、でもそうなると、魔界の扉を封印する戦いの最中は、休憩時間に食べ物を分けたり、色々していたか。いや、でもそれって甘やかすって話なのか? 分からないな。
「心当たり未満ならあるんだが」
「そうなの? 仕方ないなから教えてあげようか」
悪だくみをしているような顔で笑むアエトスが、指を使いながら今までの“甘やかし”を挙げていく。
「専属騎士内定の話をする為だけにわざわざ持ち場を離れて遠乗りに出かけてみたり、ことあるごとにご飯を半分こしていたり、さり気なくジークの加護はラウルしかしない方向になっていたり……ああ、個人的にやりすぎだろって思ったのは、寒いからって添い寝してたやつ。あれ、意味が分からなかったよ」
「そうか……? 俺、普通にヴァルトを可愛がってるつもりだったんだけど。あと、俺が構い倒してたのは、ジークヴァルトという存在をより深く知って、一心同体で魔獣と闘えるようにする為だったんだぞ」
そう、俺がジークヴァルトにべったりだったのには理由があった。彼がどう考え、動くのか。そういったことを理解しておくだけで、互いの行動を読み、読まれ、一つの個体であるように戦えるようになる。
魔獣と闘っている間の俺とジークヴァルトは、まさしく一人の生き物だった。
「俺とヴァルト、息がぴったりだったろ? 俺はヴァルトの視線の動きで彼が何を考えているのか理解したし、ヴァルトだって同じようなことをして動いてくれた。
ヴァルトが剣を振る方向はどこか、俺が狙っている魔獣はどれか、ヴァルトがどの個体の気を逸らせば俺が安全に詠唱できるか、そういうのを打合せなしで読み合えたのも全部、交流のおかげだぞ」
だから、甘やかしとはちょっと違うと思うんだよな。そう言っていると、部屋の空気が変な感じになっていた。
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