第5話

久しぶりに外の空気を1人で吸った。


近くの駅に入って鞄の中、スマホのデータを確認した。

…ほっとした。以前と一緒。消されたもの、捨てられたものは無い。


僕はある人へ連絡を入れた。


―――――――――。


『…久しぶり。珍しい。どうした?』

『すぐそっち行かせて。』

『わかった。一応さぁ、この電話切ったら電源切りなよ。』

『うん。わかった。ありがと。』




――――――――――――――――高層階マンションの一室。


「携帯、電源切った?」

「うん。切った。」

「あとで解約しに行くよ。」

「うん。」


「……。」


その人は少しだけ僕の目を見て僕を包み込んだ。


「よく逃げてきたね。」

「もう限界だった…。お腹減った。」

「いいよ。何食べたい?」

「わかんない。なんでもいい。ごめん。」

「一番直近でいつ食べた?」

「昨日の朝かな。」

「…お粥作るわ。食べてよ。」

「卵入れて。」

「ダメ入れない。あんたそれでたまに吐くから。」

「…わかった。」


この人は僕の元彼女。

姉みたいな人。ここだけの話、僕と別れたあと飛鳥とのあの形のない関係になってからもずっと僕を気にかけて男も作らず居場所をくれている人。



彼女はコンロに火をかけながらソファで寝る僕の頭元に少し座って、僕の額にキスした。


「帰っといで。もう行かなくていいから。」

「…じゃあ俺を籠に入れて。」

「そんな事しない。あんたは人間。いいの。このままで。私はずっと目離さないから。」

「…頭、おかしくなりそう。」

「…。」


彼女はコンロの火を弱火にして僕の元へ来た。


「ねぇ」

「…」

「ねぇって」

「うん」

「何が怖い?」

「俺以外を見る事。」

「他には?」

「どっか行っちゃうこと」


「あの子のどこがよかった?」

「優しかった。」

「他には?」

「…もうわかんないや。」


彼女がコンロの火を見に行った隙に部屋を出て屋上へ向かった。


夜景が綺麗で、キラキラしてた。

そのままふわっと飛んでいけそうだった。



――――――「そら。」

振り返ると彼女がいた


「ごはん、できたよ。」


彼女はそれだけ言って後ろから僕を包み込んだ。


音羽おとは…。」

「ん?」

「目離すなよ。」

「そうだね。」

「ベランダから落ちたら?ここから落ちたら?」

「その時は私も行くから。」

「なんでそうなる?」

「奏がそれを望むから。それに私も苦しみの中にいる。…あたしだってこんな体になりたくなかった。」

「…俺は音羽のこの体好きだよ。」

「腕も足もボロボロ…」

「…全部興奮する。」

「…変態。」


最後は2人で囁き合いながら少し笑ってキスした。


「音羽の傷全部舐めたい」

「耐えられるかな…」

「ん?俺?」

「どっちも。」

「苦しくなる?」

「おかしくなっちゃうかも。」

「既に俺が、、、」

「本当だ、飲んであげよっか。」

「その前にくたばらせてやる。」


「…じゃあその前にご飯にしよ?食べさせてあげるから」


その優しい言葉で体の力が抜けてその場に座り込んだ。

…そんな僕に彼女は一切動じない。


「奏、がんばったね。」


僕は音羽に優しく口付けた。


夜空は今にも崩れ落ちてしまいそうな僕らを優しくつつみこんでくれていた。

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