最終話


 勤務きんむえて、事務所じむしょまりを確認かくにんする。かぎめ、従業員じゅうぎょういんよう裏口うらぐちからる。

 駐車場ちゅうしゃじょう駐輪場ちゅうりんじょう電灯でんとうえていてくらい。真上まうえにある満月まんげつがくっきりとえた。

 いつだったか、浜辺はまべ満月まんげつたことがあった。おもしたうみ情景じょうけい昼間ひるま記憶きおくだったが、おれたしかにうみつき見上みあげたことがある。

 駐輪場ちゅうりんじょうで、電動でんどう自転車じてんしゃって、帰路きろについた。よるになってもあつさはのこっていて、自転車じてんしゃばすとかぜ心地ここちよい。はなおくがツンとする。しおにおいがしたがして、もう一度いちど記憶きおくおもす。どものおれ浜辺はまべうみうえつき見上みあげている。でも、何かがりない。なにかをっていたはずだった。

 いえにつくと押入おしいれのなかまれた収納しゅうのうケースをすべして、ひとひと調しらべていった。最後さいごのケースをおくまでしたところで見覚みおぼえのあるかんはこつけた。フタにはうみ浜辺はまべ水面みなもらすつきえがかれたかみられている。どものころおれいただった。フタはかないようにしっかりとふうがされている。フタのふち沿ってられた養生ようじょうテープはさわるとポロポロとくずれるようにがれていった。

 フタをけると目当めあてのものがあった。

 チャックきのちいさなポリぶくろれられたネックレスとノート。

 ネックレスは先端せんたん四角しかく水晶すいしょうのレンズがとおしてある。チェーンは光沢こうたくのあるつやつやとした金色きんいろをしている。

 ノートにはどものころおれいた教科書きょうかしょうつし、ネックレスとレンズの当時とうじ日記にっきしるされていた。

 日記にっきには当時とうじ11さいころおれがこのネックレスを祖母そぼからゆずけたむねいてある。ネックレスをって、家族かぞくうみったときのこともいてある。太陽たいようまぶしかったと。つきではなかった。

これだ。おれおもした記憶きおくはこのときの記憶きおくだったのだ。

 押入おしいれの空気くうきおもみをっていてしばらくのあいだおれつつんでいた。おれ皮膚ひふからは緊張きんちょうが解けると同時どうじなにかがにじみていった。おれなにかが分離ぶんりしていくような感覚かんかくふるえがあり、おれだけがのこった。

 仕事しごとめてしまおう。そして、うみこう。

 めなくたってうみへはけるが、いまおれにはめることが必要ひつようだ。

 やってみたいことがあった。いまからでもおそくはない。

 ネックレスをし、洗面台せんめんだいかがみまえでレンズをのぞいた。おれはここにいた。レンズのこうにもいた。レンズしのおれはさかさまだった。

 そら満月まんげつているのをおもし、サンダルをつっかけて、そとた。時刻じこく夜中よなかの12ぎていた。すっかりおなかった。なつあつさはこの時間じかんにもしつこくへばりついていて、湿気しっけねつでまたたくあせる。

 ネックレスの四角しかくいレンズを満月まんげつにかざす。まぶしくはないが、なみだがにじんだ。つきひかりやさしく、これはこれでなんかいい。またはなおくしおにおいがした。既視感きしかんがあった。いつかどこかでおなじことをしたがする。ここではないどこかのうみで、レンズをってつき見上みあげているおれたしかにいたのだ。

 おれいまきてきてはじめて自分じぶん自分じぶん自身じしんもとにあるとかんじていた。

 

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座礁圏(ざしょうけん) 拾井セキ @sekihiroi

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