第9話

 おれ頬杖ほおづえをついていた。まどそと今日きょうあつそうだった。とはいえ、冷房れいぼうきがわるくて、この部屋へや結構けっこうあつい。

 就職しゅうしょくして5ヶ月かげつったが、仕事しごとにはれない。というか、苦痛くつうだ。なにかをしておこられ、なにかをしなくておこられた。しかられるのももっともだとおもうときもあれば、理不尽りふじんだとおもうときもあった。いずれにせよ、おれはこの仕事しごといていない。毎日まいにち毎日まいにちつかてている。この5ヶ月かげつどこにもっていない。会社かいしゃ部屋へや往復おうふくだ。休日きゅうじつはひたすらねむっている。きたときにはしずんでいるのかえし。無気力むきりょくきて、コンビニで食事しょくじい、シャワーをびてまたる。きて仕事しごとく。そのかえし。あと5けばやすみ。あと4けば、あと3けば。やすみまでをかぞつづける日々ひび。こんなはたらかたをずっとつづけていくのは無理むりだ。持続的じぞくてきじゃない。思考しこう何度なんどおなじところをなぞっていって、くのはいつも、もうこの仕事しごとめようということだ。

真野まのさん?」

 ほか仕事しごとのアテがあるわけではない。そんな状態じょうたい仕事しごとめるのはリスキーだ。だが、この仕事しごとつづけていけるはずもない。かりに、いますぐこの仕事しごとめたとして、なにをしたいだろうか。この仕事しごといますぐやめてまでやりたいことはあるだろうか。大学だいがく時代じだい友人ゆうじんたちは今年ことしなつあつまってうみくと言っていた。おれ都合つごうがつかなかった。そういや、たかった映画えいがひとつもけてない。みたいほん何冊なんさつんだままだ。仕事しごとめてしばらくは、ひたすら映画えいがほんむのもいいな。あぁ、もう、夏休なつやすみのある小学校しょうがっこう時代じだいかえりたい。どものころってたのしかったよな。なにをしていたかよくおぼえてない。なんにもかんがえてなかったなあ。どものころってなにしてたっけ。大人おとなになったらこれがしたいというものはあっただろうか。なにかはあったがする。おもそうとするとなにかがこれ以上いじょう記憶きおくげることをはばんでいるかのように、なにおもせなかった。でもひとつくらいはあったがする。

真野まのさん、いてます?」

 そうそう、小学生しょうがくせいの頃、熱中ねっちゅうしていたことがひとつあった。友達ともだちつくれずいつも一人ひとりあそんでいたときのことだった。あれはなんだったんだろう。そらていたようながするけど、そらかかわることでやりたいことがいまあるかというとなかった。あのころのことがにかかるが、うまくおもせない。におい。しおにおい。うみにおい……。そう、こんなふうにあつかった……。

真野まのさん、いてますか?」上司じょうしおれまえをゆらゆらとかざした。

もうわけありません」おれ上司じょうしがついてびた。いけない、仕事しごとめたすぎて、現実げんじつ逃避とうひしていた。どれくらいボーっとしていただろう。

「ですからね、事務所じむしょかぎ真野まのさんにもおわたしした以上いじょう責任せきにんっていただかないと。何度なんどかぎめるのをわすれてもらってはこまるんですよ」上司じょうしきびしいこえった。もっともだ。

もうわけありません」おれった。

をつけます」

 そのとき、なつうみ情景じょうけいあたまかんだ。

「気をつけてください、本当ほんとうに」上司じょうしった。

本当ほんとうもうわけありません」

 作業さぎょうもどると、おれはそれから一日いちにち、そのうみ記憶きおくのことをかんがえた。

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