二時間後

「お、美味しい……」

「子供にも想像がつく展開ですね」

「よかった……せっかくのいい肉を駄目にしちゃったかと思った」

「焼くだけなのにまさか失敗するとはね」

「見切り品だし、ちゃんと火を通すために、よく焼かなきゃって思って……」

「焼くのと燃やすのは違うんですよ。どこで覚えてきたのか知りませんけど、あんな馬鹿みたいな強火にしてたら、そりゃ引火しますよ。ただでさえ脂の多い肉だったんだから」

「だってメラゾーマ反応で肉がおいしくなるって」

「……メイラードですか? そんなので知識がどうのこうのよく言えましたね」

「詳しいね」

「常識です。知識以前の」

「ちょっと肉が多めのカレーになっちゃったけど、これはこれで美味しいなあ」

「よかったですね、私のがカレーで。少しもったいない気もしますが、食べられるだけよかったと思いましょう。脂がしみ出していい感じになりましたし」

「それにしても、なかなか手際がよかったじゃないか。もう学校で家庭科とかってやってるんだっけ?」

「まだですけど、たまにおかず作ったりしてるんで。こないだの角煮とか」

「……え? あれって大家さんが分けてくれたんじゃないの?」

「まあそれがほとんどですけど、私も時々作ってるんです。いつも分けてもらってってのも悪いし、お総菜ばっかりじゃ栄養も偏るし」

「駄目だよ。危ないよ」

「あのね、猿じゃないんですから、背継ぎ使うくらいの知恵はありますよ。それに、危ないとかどうとか、肉焼くだけでボヤ起こしかけたおじさんに言われたくありません」

「……そうですね。ごめんね。ありがとう」

「別に。好きでやってるだけです。それより、さっさと食べないとカレー冷めますよ」

「うん……あれ。ラッキョなんかあったっけ?」

「こないだ乾物屋さんのお店を手伝ったらおまけでくれました」

「……そういうことはしなくていいって言ったろ! 子供なんだから!」

「子供の手伝いですよ。ちょっとお手伝いして、それでお駄賃をもらっただけです。ほらね。子供でしょ」

「……全く、ああ言えばこう言う……これだから子供は」

「はいはい。食べ終わったらお風呂の掃除、してきてくださいね。洗いものは私がしますから」



 順番にお風呂に入ってから、ちゃぶ台を片づけた部屋に布団を並べる。私の敷布団は中央のあたりがややくたびれていたが、それでもおじさんの煎餅布団よりはるかにマシだ。



「ミカちゃん」

 隣の布団でおじさんが言う。なんだかマジっぽいトーンだ。

 だから私は、

「なんですか……早く寝ましょうよ。明日も早いんでしょう。寝坊しても起こしてあげませんよ」

 とわざと眠そうな声で、混ぜ返すように言った。

 しかしおじさんはそれを聞き流して、

「ミカちゃんはまだ子供なんだから、もっと気楽に楽しく、のんきに毎日を過ごせばいいんだよ。他のことは、全部俺がなんとかするから」

「ふふん」

 私は笑う。

「子供が気楽でのんきだなんて、いかにも子供時代を忘れた、薄汚れた大人らしい発言ですね。よかったですね。大人っぽい感じのことを言うことができて」

「そうだよ」

 とおじさんが言う。

「こんなでも、俺は大人なんだ。だからもっと頼ってくれよ。もっと面倒かけてくれていいんだよ。脛でもなんでも齧ってくれよ」

 私はおじさんの方に顔を向ける。おじさんは枕から少し頭を持ち上げて、こちらをじっと見ている。

「齧れるほど立派な脛があるんですか」

「……齧れる範囲で、齧ってくれれば助かる」

 私は笑う。

「そんな頼りない脛を齧りなんかしたら、おじさんがまともに二足歩行できなくなるでしょう」

「いいんだよ。大人は子供のためにいるんだから。……だからもう、商店街の手伝いとか、内職みたいなこととか、そんなことはしなくていいんだ」

「あれも私が好きでやってるだけです。折り紙みたいなものですよ」

「でも……」

「何度も言ってるでしょう。大人とか子供とか、おじさんはいちいち決めつけ過ぎなんですよ。子供なんだからそんなことはするなとか、大人だからそうすべきだとか。そんなの全部、大人が勝手に決めたことでしょう」

「……でも、俺が子供の時は、もっとこうなんというか……何も考えずに毎日馬鹿みたいに遊んでただけだったよ。だからミカちゃんも、そんなふうに子供らしく、気楽にのんびりしてて欲しいんだよ」

「それこそ大人も子供も関係ないですよ。ただおじさんが昔から気楽でのんきな人間だったってだけでしょ……まあ今でもそうですけど」

「……そうかもしれないけど」

「私は最初からこういう性格なんですよ。大人とか子供とかじゃなくて、もともとこういう人間なんです。それを無理して子供らしくするなんて、そっちの方が全然気楽じゃありません。疲れます」

 おじさんはまだ何か言いたそうだったが、やがて諦めたらしく、枕の上に頭を戻した。

「まあいい。いつかわからせてやるからな」

「おじさんこそ、いい加減わかってくださいよ」

「ふん。……おやすみ」

「はいはい。おやすみなさい」

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