第12話 モテてそうな男へのコンプレックス

 高校三年間、俺は中村さんが好きだった。

 それは紛うことなき事実であり、三年間同じ人を好きでいたという自分を誇りに思っていた節もある。

 好きだと自覚をしたのは高校一年生の二学期の頭。

 最初に告白をしたのは高校二年生の一学期の終わり。

 さすがに正確な日付までは覚えていないものの、忘れられないぐらいには捨てられない記憶になっていた。

 無惨に振られても未練がましく好きでいて、時間をおいてもう一度告白したいと機を伺っていたところ、中村さんは俺のよく知らないバスケ部の男子と付き合ってしまう。

 それがとてもショックで。陸上部の友達からそれを聞かされた時には泣きはしないもののこの世の終わりのような顔をしていたに違いない。部活の帰りに慰めのアイスを奢って貰ったのを覚えている。季節はもうすっかり冬を感じさせ罰ゲームかよと笑い合っていた。

 高校二年の三学期。中村さんはいつの間にかそのバスケ部の男子と別れていた。何人かの友達がわざわざ俺に報告に来てくれたはずだ。

 おい、中村さんがフリーになったぞ、と。

 今思えば、なんてお節介な友人達なんだろう。高校生らしい純粋さと他人の恋愛がゴシップになる閉じたコミュニティ。

 こうして時間が経てば、微笑ましく大切な思い出だ。


「お前、中村さんに告白しないの?」


 二年生になった時にクラスが変わっていた山本とは、その後もお互いの部活が休みの日にマクドナルドなどで駄弁ったり、ちょっと面白いことがあれば休み時間に絡みに行くような関わり方をしていたと思う。

 校内で話をしたのは覚えているが、どんな流れだったか……。

 思い返すと俺は男友達とのやり取りがうろ覚えなことが多いな。アホみたいに毎日が楽しかったということだけは覚えているのだが。


「今日これで三人目かな。『中村さんが別れたぞ』ってご丁寧に報告して『もう告白しないのか?』って言ってくれたのは。ほっといても多分告白するよ」


「佐藤には中村さんと付き合ってほしいからよ。応援してるから頑張れよ」


「彼女が出来た人は余裕があるねぇ。今度佐々木さんと遊びに行くらしいじゃん。その話も聞かせろよ」


 山本は俺の所属する陸上部の佐々木さんと付き合っていた。高校二年の修学旅行があった十一月頃だったか。思えば中村さんがバスケ部と付き合ったのも修学旅行あたりがきっかけだったのかもしれないな。どいつもこいつも甘酸っぱい高校生らしい青春を送ってたんだなぁ。

 俺はクラスの男子で下らない話で大笑いしかしていない。まぁ、それはそれで良い青春なんだが。


 そして俺は中村さんに二回目の告白をする。

 それはバレンタインデーの前だったはずだ。

 なぜなら、再び振られた俺に対して振った本人である中村さんが


「佐藤くんにチョコあげようか迷ったんだけど結局父親にあげちゃった。チロルチョコだったし」


「いや、ちょうだいよ! チロルチョコでも何でも欲しかったのに!」


「うーん……。だって受け取って貰えるかわからないし。チロルチョコだよ? 貰って嬉しい?」


「告白するほど好きな人からチョコ貰って嬉しくないわけないじゃん」


 高校三年の五月に付き合うことになり、それから振られるまでの短い二ヶ月間のどこかでそんなカミングアウトをされた。

 今思えば当時から少し小悪魔的というか読めない子だったというか……。

 振られた理由はわからない。特に明言はされなかった。

 話の流れは覚えていない。覚えているのは夜中に電話をしている時に脈絡なく言われたことだけ。


「別れよっか」


 それまで楽しく話していたはず。

 いや、俺だけが楽しかったのかもしれない。

 相手が楽しんでいたかどうかなんて証明することは誰にだって出来ない。

 振られたという結果から中村さんの気持ちを紡ぐことだけだ。

 彼氏と電話をするのが楽しければ別れを切り出す筈がない。

 その答えには昔の俺も今の俺も容易に辿り着けた。


「え……、ちょ……突然すぎない? 俺なんかしたかな」


「ううん、佐藤くんは何も悪くないよ。でも別れよう」


 はぐらかすというか要領を得ないというか。

 とにかくそんな押し問答を繰り返し、最終的に俺は中村さんに振られた。


「まぁ、でもこの二ヶ月間楽しかったよ。まじで。本当に色んな人達にお祝いしてもらったし振られた報告するの気まずいなぁ」


 散々引き留め、泣いた後に自嘲気味にそんな話をした。

 蛙化現象なんて言葉が当時あったのなら俺は随分と立派な蛙でゲコゲコ鳴いていたことだろう。


「報告しなきゃいけないのかなぁ。言いたくないなぁ……」


「いや、言わないわけにいかないでしょ。別れたのに付き合ってるままだと思われてもいいことないよ」


「……本当に言うの?」


「……秘密にしててほしいの?」


「そうじゃないけど……」


 いまだに腑に落ちない中村さんとのこのやり取りは随分と当時の俺をヤキモキさせた。

 そこだけを切り取れば、中村さんは本当は俺を嫌いにはなっておらず何か事情があって別れを切り出した、と前向きに捉えることも出来るかもしれない。実際に俺はそんな風に虚構を信じようとしていた。

 しかし、その数ヶ月後に中村さんは一つ下のサッカー部の男子と付き合っていた。

 同じくサッカー部の山口から受験勉強の息抜きと称してファミレスで駄弁ってる時に聞かされる。

 そうして俺はサッカー部とバスケ部の男を理不尽に、惨めに嫌うように捻くれた。

 なんて格好悪い男だろう。

 中村さんはこんな男と別れて正解だったと心から思う。

 しかし、どこかの一部の男には共感してもらえると信じている。

 高校三年間思いを寄せた女の子に振られ、自分は受験勉強に向き合っている中、年下のサッカー部に横から掠め取られる悔しさは、人によって容易に性癖を歪める衝撃があるはずだ。

 さらに言えば中村さんは推薦で大学に進学した為に受験戦争には参加していなかった。


 かくして思い描いていた中村さんとの青春の一ページは隣に立っていたはずの俺の顔の部分だけ紙やすりで乱暴に削られ、あまり記憶にないが色黒でパーマをかけていたような男の顔に挿げ替えられる。

 なまじ俺が思い描いてしまったがばっかりに隣の男を見る中村さんは楽しそうに笑っていた。

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