第10話 誰かを覗く時、誰かに覗かれる
「佐藤さん、今週末の飲み会来られそうですか?」
会社近くの喫煙所で田中が声をかけてくれた。先日誘ってくれた時に参加の是非をハッキリと返事をしなかった為に律儀に確認をしてくれる。
「飲み会っていうか合コンだろ。独身のやつ誘った方がいいんじゃないか?」
「合コンなんかじゃないですよ。高橋さんの友達の女の子と飲もうってだけです」
俺の中でそれは合コンなのだが、五つか六つも年下の世代だと合コンの定義が違うのかもしれない。
知らない女の子と話したい、という欲求はたまにフッと湧いてくるが、ガールズバーだのキャバクラだのに行っても支払いの時に馬鹿らしくなってしまうので、本気で行きたいとは思えなかった。ギャンブルに使った方が種銭が増える可能性がある分、まだマシな金の使い方だと思えてしまう。
「でも、佐藤さんの奥さんに悪いですかね」
「いや、俺の家はそういうの厳しくないから」
女の子と飲んでくるのを許してくれるなんて相当信用されていますね、と田中が煙を吐き出しながら俺を持ち上げてくれた。
会社の後輩にお世辞を言われても居心地が悪くなるが、喫煙所で煙を吐きながら言われるとヨイショされている感じがあまりせず素直に受け止められる。
しかし、本当に鈴木さんは信用という意味で許してくれている訳ではない。
「合コン? いいなぁ、若い女の子と話せるなんて羨ましい」
その日の夜、一緒に風呂に入りながら鈴木さんに週末の飲み会の話をしてみた。
嫉妬をはじめとした不信感などの色も無く、ただの世間話として相槌を打たれる。
「会社の後輩に驚かれるよ。『奥さん怒らないんですか?』って」
「怒られるようなことしないでしょ。佐藤くんは」
確かに浮気だの不倫だの女遊びだの風俗だのに興味はない。
鈴木さんとしかそういうことをした事がないからなのだろうか。世の中の女性を性的な目で見れないというか、自分の人生を不意にするリスクを考えてしまうというか。
鈴木さんの言う通り、女性関係で怒られるようなことをすることはないだろうな。
性欲は普通にあるのだが、どうにも人前で裸になることに抵抗があるというか、知らない女性に身体を触られることに居心地の悪さを感じる。実際に触られたことがある訳ではないので想像の範疇を出ないけれど。
「佐藤くんに告白をされた時は『あ、女の子に興味あるんだ』って思ったよ」
「それはゲイっぽく見えてたってこと?」
肯定されても否定されてもどちらでもいいのだが、自分がどう見られているのかには関心がある。
他人から自分がどんな印象を持たれているのか。自分の装うキャラクターが自認しているものと近いのかどうかを知るのが面白く、ムッツリだと言われても、ナルシストだと思われててもそこまで嫌な気はしない。
結局俺は自分の話をされたり、自分に興味関心を持ってもらえることが嬉しいのだ。
性欲は人並みにあるはずなのに自慰で済ますか鈴木さんとのセックスで十分に満足し、あちらやこちらの女性に気が移らないのは他人と関係を築くことの煩わしさを人一倍感じるからなのだと思う。
「そういうわけでもないんだけど……。言葉の通りで女の子に興味がなさそうというか、理想が高くて眼中になさそうというか……」
「前にも怖かったって言ってたし俺の印象って相当悪かったんだね。ちゃんと反省するわ」
自分に意識が向けられることが嬉しいとはいえ感じが悪いのは褒められることではない。
あくまで感じ良く、優しく、人として魅力的であると思われたい。
「うーん、なんて言うのかな。色んな人とよく話しているし、他人に興味がないって風でもないんだけど……」
下らないことなのに一生懸命に言葉を手繰り寄せてくれる。
鈴木さんは学がある方ではない。
しかし、よく考えて適切な言葉を使おうと頭を捻ってくれた。
俺は鈴木さんのそういった丁寧さを感じるとこの人と結婚して良かったなと感じる。
「あ、わかった! 人間が好きというより人間が何を言うのかに興味があるんだ。宇宙人が地球の生き物を観察してる感じ? だからちょっと冷たく見えるんだよ!」
スッキリしたと言って浴室を上がり満足そうに脱衣所に出ると、足拭きマットの上で待っていたミッシェルにどいてもらうようにお願いしていた。
鈴木さんには俺が宇宙人に見えているのかと苦笑し、テラリウムの中にいる鈴木さんがミッシェルと生活しているのを覗く自分が頭に浮かぶ。
日毎に顔が変わる生き物は、さぞ観察のしがいがあるだろう。
俺はずっと自分が好きで、自分に興味を持ってくれる人が好きだった。
だからこそ、面妖としかいいようのない鈴木さんに対して、観察対象として他人に興味を持ったのか。
浴室の磨りガラス越しにミッシェルの影がヌッと現れた。
長毛でただでさえシルエットがぼんやりとしているその大きな猫は、磨りガラスのせいで地球の生き物ではないかのように見える。
まるで宇宙人に入浴を観察されているようだった。
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