第3話 馴れ初め

 会社の飲み会はいつの間にか終電ギリギリまで盛り上がり、別れの挨拶も中途半端に各々が利用する各線へと散らばっていった。

 有楽町駅の近くにオフィスがある為、十人程度の飲み会であっても帰りの方向はバラバラになる。

 俺は自宅のある新丸子駅に向かうべく、少し歩いて日比谷線日比谷駅へと足を進めた。

 時刻は零時を回り、気付けば二連休は始まっている。

 寝過ごさないようにあまり興味のない無料で読める漫画をアプリで流し見て、どうにか眠気を堪えていたが、思いの外その漫画の絵が好みであっという間に無料で読める話数を消化してしまった。

 年を取るごとに高校生のラブコメが好きになっていく。結婚して恋愛をすることが無くなってしまった為に他人の惚れた腫れたでしか供給されない栄養があるのだろう。

 ちょうど次が新丸子駅というところまで時間を潰せたのは運が良かったが、続きが気になり課金をしてしまったのは果たして結果的に運が良いのか悪いのか。

 まぁ明日は休みだし少し夜更かししてもいいかと自分を納得させていると、ふと新婚時代を思い出す。


「明日休みだし何か面白そうなアニメでも探そうよ」


 妻とアニメを観る時間が好きだ。

 実家ではほとんどテレビを見なかったという彼女は俳優やお笑い芸人の顔が全く一致していない。

 ただ、漫画やアニメが好きでそれがきっかけで交際し結婚まで至ったのだろうと常々思う。

 学生時代はお互い実家に住んでいたこともあり、一緒にアニメを観るという機会も作りづらく、結婚と共に一緒に暮らし始めたその頃は夜更かしをして眠い目を擦りながら面白いアニメを探すのが楽しかったことを思い出す。

 今でも一緒にアニメは観るものの、時と共に彼女の健康志向が高まるにつれて夜更かしは減り、自宅でのレイトショーは自然に行われなくなっていく。

 人気のない夜道でこっそりと電子タバコを吸いながら帰路に着く。

 あのアニメは面白かったな、そういえばあれは最終回を観ていないなとぼんやりと歩いていると、コンビニから学生であろうカップルが缶のお酒とツマミを買って出てきたところに出会した。

 彼氏の腕に身体を絡めた若い女の子を見て、この後の二人を想像してじんわりと性欲が湧いてくる。

 俺にもあんな頃があったな、と結婚する前の鈴木さんがあの子のように腕に絡みついていたずらっぽく胸を当ててきた思い出を懐かしむ。

 ふと、我に帰る。

 その時の鈴木さんの顔が思い出せない。

 一期一会になってしまう鈴木さんの顔はどの場面でどの顔だったかがわからない。

 おまけにオシャレをするのが鈴木さんはヘアアレンジをよくするので髪型で時期を推測するのにも一苦労だ。

 特に高校時代は制服だった為に服装で判断することも難しく、あろうことか俺達の通っていた曙高校は制服がありつつも私服登校を許されるという自由度の高さで売りだったのでオシャレに気を遣う女子生徒になるとリボンやネクタイ、スカートの柄まで改造してしまって他校の生徒が混ざってもわからないなんてことが稀にあった。

 気がつけば十数年が経つ高校時代に思いを馳せる。

 毎日顔が変わってしまうクラスメイト、なんて不思議な現象に自分の頭がおかしくなったのかと本気で心配をしていたあの頃の自分に、そのクラスメイトと付き合って結婚しているぞと伝えたらさぞ驚くだろう。なぜそんな苦労する人生をわざわざ選ぶのかと。

 寝静まった家に入り、玄関でお出迎えしてくれるミッシェルを可愛がり、足早に風呂に入り歯を磨き、鈴木さんを起こさないように寝室に忍び入る。

 今朝は家を出る時間がズレてしまった為に今日の鈴木さんの顔は見ずに終わってしまった。

 顔の知らない女性の横でそっと添い寝をし、改めて自分の奇妙な生活におかしくなってしまう。

 帰りがけにラブコメの漫画なんか読んでいたから自分の高校生活を思い出してしまう。自分がもしあの子と付き合っていたらなどという妄想をしてしまう。

 しかし、どんな場面を思い出してもそれが鈴木さんがそこにいたのか、いなかったのかが曖昧になる。

 高校二年と三年はクラス替えがなかった為に同じクラスだった。その二年間の場面を思い出すと鈴木さんがいたのかいなかったのかが朧げになる。

 元々酒に弱いのに今日のような月の締めで開く酒の席となれば自然と飲みすぎてしまい、吐き気は無いものの頭が上手く回らない。

 俺が鈴木さんと仲良くなったきっかけはいつだったか。

 高校二年に上がってからクラスが一緒になってから本格的に話すようになったはずだが、その前から認識はしていた。

 なにせ顔が毎日変わる女子だ。当時の俺は本当に頭がおかしくなったのかと思い、病院にかかろうと悩んだが精神科の病院に連れて行かれようものなら学校の交友関係が壊れてしまうのではないかと私生活への影響を心配してしまい、この現象について人には話せず今日まで来てしまった。

 さすがに細かい思考までは覚えていないし、大人になった今だからこそ笑い飛ばせることもあったはずだが、果たして俺はどうして鈴木さんと親しくなって付き合ったのか。

 ましてや結婚して夫婦にまでなったのか。

 高校時代を振り返っていると、自然と瞼は重くなっていった。

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