第5話:どうして文芸部に④

 「失礼しまーす」

 若干立て付けが悪いようで、扉は金切り音と共に開く。机が大きな四角形を作るように四つ並んだ奥に、一際大きな部長の机がある。背後から斜陽を受けながら、読書を嗜む人影が一つ。その側には、小説と思しき何冊もの本が積み立てられている。


 文芸部とは思えない体格の良さ、揃った短髪。ボストン型のメガネをかけ、いかにも知的、と言った雰囲気だ。

 近くにあったしおりを読みかけの本に挟むと、正面を向き両手に顎を乗せる。

「お、夏輝がここにくるなんて珍しいな。最近は図書館に入り浸ってるって聞いたが」

「どこから聞いたんですかそれ......まあ間違ってないですけど。今日は部長に用事がある人がいたので」

「後ろにいるお嬢さん......未羽冬華か? なんか顰蹙ひんしゅくを買うようなことしたかな」

「まずそこを疑い始めるの、珍しく卑屈ですね。というか、未羽のこと知ってるんですね」

「有名人だからな、校内で知らない人の方が少ないだろう」


 まあ、確かにそうだ。ラノベで有名になるのは勉強や運動が完璧で、さらに美少女、という設定が多いものの、正直芸能人級に顔がいいだけで有名になる。

 近くで見るのは初めてだな、と動物園のようなコメントを漏らし、部長は続ける。

「まさか入部希望か? そうだったら大変嬉しいんだが」

「そのまさかですですよ」


 入部希望の旨を伝えると、後方に控えていた冬華が夏輝に並ぶ。優等生然とした仕草で自己紹介を始める。


 「初めまして。一年二組、未羽冬華と申します。この度文芸部に入部したく......」

「ああ、良いんだ良いんだ堅苦しい自己紹介は」

 まるで就活のような挨拶を、部長はひらひらと手を振って遮った。


「こっちとしても入部したいって人を拒むつもりは毛頭ないし。それに未羽の話はよく聞いているよ」

「聞いている? 斉賀くんからですか?」

「斉賀もあるが、主にもう一人の部員からだ。もう少ししたらここに来ると思うし、顔合わせも兼ねて待っているといい」

「はあ」


 不思議な表情をしつつも、冬華は入部届を手渡した。一瞥いちべつしたあと、特に深掘りすることなく部長用の欄に判が押される。


 「よし、これで未羽は正真正銘うちの部員だ。そういえば、俺の自己紹介がまだだったかな」

 冬華の入部届を机の書類棚にしまうと、机に両手をついて立ち上がる。


 「改めて、部長の佐久間蓮さくまれんだ。今まで三人しかいなかったが、部員が増えて嬉しく思うよ。これからよろしく」

「よろしくお願いします」

「ちなみに、どうして文芸部に入ろうと思ったんだ? 別にこんな作品を書きたいから、とかたいそうな理由は必要ないんだが」


 「斉賀くんと多くの時間を過ごせる部屋が欲しかったのと、合宿であわよくばベタベタしたいと考えたからです」

 ......などと言えるはずもなく。


 「前々からどこかに所属したいと思っていたのと、ちょうど仲がいい斉賀くんがこの部だと聞いたので」

「え、俺たちって仲良しだったのか」

部長からは机に隠れて見えないところで、夏輝の脛に蹴りを一発。悶える夏輝をよそに、部長の蓮は続ける。


 「仲がいいと言ってくれている友達にそんことを言うもんじゃないぞ、夏輝。冬華も、うちに入る志望動機なんてそれくらい緩いものでいいんだ。適当に話をしたり夏に合宿に行って遊んでみたり、そういう部活だ、楽しくやろう」

「......」

「どうした? 変なことを言ったつもりはないんだが」

「いえ、その......学校で名前を呼ばれるのが初めてだったので、びっくりしてしまって」

「未羽は女子の友達も少なそうだしな」


 それを聞き、先ほどの蹴りと寸分違わぬところに蹴りをもう一発。

 「夏輝は名前で呼ばないのか? 副部長のことは名前で呼んでいるが」

 地面に座り込み、脛を押さえながら夏輝は答える。

「副部長は苗字を知らないから仕方なくですよ。入部してきた時に部長と二人でお笑いコンビみたいな挨拶してきたじゃないですか。その後に苗字で呼びたいから苗字を教えてください、って言うのはなんか気が引けますし」

「そういえばそうだったな。まあ、もうすぐわかることだ......っと、噂をすればだな」

「「?」」

 二人が疑問符を浮かべた瞬間、数分前のように部室の扉が開かれた。

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