第4話:どうして文芸部に③
入部届を胸に抱き、冬華は職員室を出た。あとは空欄の記入を行い、部長に提出するだけになってしまった。
『ああ、さよなら俺の安息の地......』
夏輝はもうすぐ奪われてしまうであろう、静かな部室に想いを馳せた。校内で一人勝手に利用できたあの自由な空間は、恐らくもう返ってこない。
『文芸部に入部すれば、斉賀くんともっと二人きりになる機会が増える......図書室では怒られちゃったけど、二人きりの部室となれば邪魔するものは誰もいない......ふっ、ふふふふふ』
落胆する斉賀とは対照的に、冬華は進展にホクホクな様子だ。脳内ではブラジルもかくやというカーニバルが開催されている。もちろん顔には少しも出していない。
華の高校生活がどうこう言っていたのは、ただの建前だったらしい。入部届にペンを走らせながら、これから起こるかもしれないイベントの妄想を止められない。マルチタスクをしながらだと、無意識に鼻息が荒くなり、口元が緩んでしまう。
「なあ未羽、なんかふんふん聞こえないか? こう、牛の息遣いみたいな」
「そうかしら? 書類を書くのに集中していたせいか、気づかなかったわ」
筆記音に混じるその牛の息遣いが、自分から漏れたものとは考えもしない。流麗な手つきで最後の空欄を埋める。
上体を起こし胸ポケットにペンをしまうと、夏輝の方に向き直った。
「それじゃ、部長さんの承認をもらいに行きましょうか」
「ぶ、部長いるかな〜。三年生は受験生だし、もう帰ってるかも」
「まだ引退してない時期だし、居ないなら居ないで明日にするわ。さ、部室まで案内して」
「......承知しました」
入部届を書いてしまった以上、もう抵抗するには遅すぎると悟る。抵抗を諦め、おとなしく楽になったほうが賢明だろう。
文化部の部室は、職員室の場所から階段で二階降りたところに並んでいる。
「文芸部の部室は、階段から降りて一番奥......って言ってる間に着いてしまった」
「しまった、て何よ。人を疫病神みたいに」
「なんでもないです。誰かいるかな」
部室の扉にノックを三回。小気味いい音と共に、男性の声が返ってくる。
「部長さん?」
「そうだ、部室にいるのは何かと珍しいんだが」
そう言うと、夏輝は部室のノブに手をかけた。
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