第7話 隠れたドッペル
何に起こされたわけでもなく、落ちていた意識がゆっくりと上がってくる。
起きなきゃ、と眠い頭で考えながら寝返りを打った。
ぐっと身体を伸ばして、ゆっくりと目を開く。
「……え? あれ?」
起床と同時に開けるはずのカーテンは既に開いていて、明るい陽光が差し込んでいる。
スマホの画面を点けると、ホーム画面は現在時刻を9時半と表示していた。
「ヤバいっ!」
最近はばっちり目覚めていたのに、アラームの音など全く聞こえた記憶がない。
小雪との生活ももう10日目になったからか、完全に油断していた。
「――小雪!? ごめん寝坊した!」
慌ててクローゼットのドアを開けるが――下側には人1人分の空間が開いていて、小雪はどこにもいない。
まるで小雪の代わりのように、2つに折られた手紙のようなものが置いてあった。
パニックになっている頭を落ち着かせられないまま、拾って読んでみる。
「……『雪全然起きないから、パパとママの見送りも私がしたよ』?」
7時15分頃の母親の声掛けでリビングに行き、朝食は食欲と時間がないことにして回避。
私のフリをして両親を順に見送ったので、学校に行ってくる。
という内容の書き置きで、私の気が済むまで寝ていてほしかったということも書かれていた。
その字体や改行の癖すらも、私とそっくりだった。
毎日のように私の日記を読んでいたから、そこから学んだのかもしれない。
小雪がしっかりしているお陰で問題なかったどころか、寝かせられていたようだ。
学校に行かなくてよければ、早起きする必要もないのだった。
手紙を机の上に置いて、平日なのに私服に着替える。
今日は勇気を出して外に出てみることにしたのだ。
シュシュで髪を纏め、日焼け止めを塗った肌に軽く色を乗せる。
お気に入りのイヤリングをつけて……念のため、大きめの帽子を目深に被った。
それでもやっぱり不安で、里香とお揃いで買ったサングラスをかけてみる。
「……これならバレないでしょ」
鏡を見ても、ぱっと見では私だとわからない。
もし知り合いとすれ違っても、顔を逸らせばバレはしないだろう。
鞄に財布とスマホを入れて、玄関のドアを開ける。
私の鍵は小雪に貸してしまったため、代わりに予備の鍵を持ってきた。
鍵を回しても揺れたキーホルダーが手に当たらない。
小ぶりな桃色の鈴がチリンと音を立てることもなく、ただガチャリと施錠される。
なんとなく寂しくなってしまって、飾り気のない鍵を鞄の奥に突っ込んだ。
出かける時は大抵自転車を使うが、今日は徒歩。てくてくと歩いて駅へ向かう。
近所をうろついていたら見つかる可能性が高まるため、遠出をすることにしたのだ。
といっても3時頃には帰ってないといけないので、そこまで遠くへは行けないのだが。
当然ではあるが、クラスメイトには会わなかった。
近所の人も仕事や買い物に行っているのか家で寛いでいるのか、家の近くでばったり、なんてことにはならなかった。
順調に駅に到着し、カードを改札にかざしてホームに入る。
行先は決めていないが――次に来る電車に乗って、東の方へ行ってみようか。
そう決めてぼーっと電車を待っていると、向かい側で待っている人が目についた。
スマホを触って暇を潰している女の子は、私と同じくらいに見える。
服装等からも推測するに中~高校生で間違いない思うのだが、学校はないのだろうか。
「……あの子も、ドッペルロボット使ってたりして」
等と言う考えが頭をよぎって、1人なのに笑ってしまった。
そんな偶然あるわけがない、と思う反面、もしかしたら……と思ってしまう。
クラスメイトも教師も、誰も私と小雪の入れ替わりに気が付かないのだ。
私が気が付いていないだけで、案外他の人も入れ替わっていたりするのかもしれない。
もしクラスメイトがドッペルロボットになってたら、私は気が付けるだろうか。
と考えて――はっとした。
「――パパもママも、気がつかなかったんだ……」
実の親さえ、娘の入れ替わりに気がつかなかったのだ。
それくらい小雪のなりすましは、ドッペルロボットの機能は優れている。
今頃小雪は私の制服を着て、私の持ち物を持って、私の名前を被って、私の生活を送っているのだ。
私と小雪の間だけに共有されている違和感を、誰にも漏らしもせずに。
鞄に手を入れると、指先に冷たい金属が当たった。
形に沿って指を動かしても、お気に入りのキーホルダーは見当たらない。
「……帰ろ」
小さく開いた口から呟きが漏れて、足が改札の方へ向いた。
“雪”の活動圏から出てしまえば――私は、雪でなくなってしまう気がした。
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