第5話 仕事とドッペル

 リリリリ……とスマホのアラームが鳴ったのは、今日は朝7時。

 クローゼットを開けて小雪を解放してから、普段通りを装って両親と朝食を食べる。


 2人を見送って部屋に戻ると、制服に着替えた小雪はやっぱり日記を見ていた。

 小雪とゲームができて嬉しかったことだけでなく、帰ってくるまで過剰に心配していたことすら知られてしまった。


 何だか軽やかな声で日記を暗唱する小雪を追い出すように見送ると、一人っきりの自由が始まる。


 今日はもう、あまり心配していない。

 心置きなく使える時間を手に入れた私が取った行動は――。


 当初の予定通り、漫画の一気読みだった。

 最近流行っている長編漫画を、アプリで1話から全部。

 流行るだけあって面白く、最新話まで一気に読んでしまった。


 かなり長く続いている漫画で、最新話付近は1話ごとに広告を視聴して解放しながら……と読み進めていると、読み終わってすぐに小雪が帰ってくる時間になった。

 昨日と同じように、ガチャッと鍵を回す音とともにドアが開く。


「小雪ーお帰り!」


「ただいまー」


 急いで玄関まで駆けて行き、小雪を様子を見るとほっとした。

 今日も変わりなく、学校生活を送れたようだ。


 報告されたのは、昨日と同じように変わらぬ日常。

 誰も私達には気づいておらず、小雪は完璧に私になりきったようだ。


「雪はゆっくりできた?」


 部屋着に着替えた小雪が、薄く微笑んでそんなことを聞いてくる。


「うん! 気になってた漫画全部読んだんだ」


「よかったね」


 スマホ画面を見せると、小雪は笑顔を更に濃くした。

 友人と話している時の私は、こんな顔をしているのだろうか。


「小雪も読む?」


「ううん。私は雪の代わりをしなきゃ。家事だよね?」


 すぐに首を横に振った小雪が、そのままリビングを出ていこうとする。

 今日はまだ何も言っていないのに、1日目に頼んだことを覚えているようだ。

 ドッペルロボットとは、本当によくできている。


「あ、ありがとう」


 慌てて背中に投げた礼は、ちゃんと届いているだろうか。

 小雪は振り返ることも返事をすることもなく、そのままいなくなってしまった。


 **


 翌日は、一日中ゲームをしていた。

 2週目の途中で放置していたRPGを久しぶりに起動すると、次のクエストが思い出せず、手当たり次第にNPCに話しかけるところから始まった。


 夢中でプレイしていると小雪が帰ってきたため、すぐに中断して玄関へ向かう。

 ただいまの挨拶をした小雪はすぐに部屋着に着替えて、学校での出来事を報告してくれる。

 小雪の口から出る話は、今日も私の日常と変わりなかった。


「ありがとう。今日も何もないみたいでよかった」


「うん」


 報告が終わると、小雪はすぐに立ち上がる。


「待って、どこいくの?」


「洗濯ー」


 私っぽく間延びした声で答えると、リビングから出て行った。

 止める暇も連れ戻す程の用もなく、テーブルに置いたコントローラーを再び手に取る。


 1時間も続けないうちに全てクリアしてしまって、エンドロールが流れだした。


「……あれ、こんなに短かったっけ」


「どうしたの?」


 ぽつりと呟くと、戻ってきた小雪が不思議そうに私を見た。

 もう終わったんだ、と感心しつつコントローラーを投げ出す。


「全クリしちゃったの」


 1週目はあそこから何日もかかったはずなのに、たった1日で終わってしまった。

 案外あっけなかったな、なんて思ってしまうのは2週目だからだろうか。


「すごいね、おめでとう」


「ありがとう。小雪もやる?」


 私が聞いても、小雪は昨日と同じように首を横に振る。

 いくら真似が上手くても、内面まで私を模倣するわけではないのだろうか。

 私なら「やりたいやりたい!」と即答する自信がある。


「それよりこれ」


 小雪はスクバスクールバッグを持ってくると、中から学習用のタブレット端末を取り出した。


「課題が出てるけど、これも私が代わりにやっちゃうよ?」


 英語の教材画面を私に見せながら、小雪がこてんと首を傾げた。


「あー、私がやろうかな。小雪に何でもやらせるの、何だか申し訳ないし」


「申し訳なくなんてないよ」


 小雪は何故か食い気味に言って、少し距離を詰めてきた。

 学校、掃除洗濯料理、と多くの仕事を引き受けてもらっているわけだから、課題くらいは自分でやろうかと思ったのだが。


「私は雪の代わりをするために生まれてきたの。いっぱい頼まれた方が嬉しいし、逆に気を遣われると、困る。存在意義がなくなるから」


 確かに小雪は――ドッペルロボットは、持ち主と成り代わるための製品だ。

 ロボットなのだから気を遣う必要はなく、むしろ仕事を任せないと意義を失ってしまう。


「あ、そっか。ごめん」


 なのに私はつい、小雪もゆっくり休みたいかな。なんて思ってしまった。

 私と同じ顔だから、もし私なら……と考えてしまったのだろうか。

 何の考えもなしに小雪を買ってしまったが。

 ロボットと接することは、思いのほか難しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る