第2話 有能なドッペル

 私は放課後の時間を、家で1人で家事などをして過ごしている。


小雪こゆき、料理もできちゃうんだ、やるじゃん!」


 その家事を、今日は彼女――小雪こゆきにやってもらった。


ゆきが教えてくれたからだよ」


 小雪、というのは、私が彼女につけた名前だ。

 私の名前が雪だから、彼女は小雪。

 我ながら、いいネーミングセンスだと思う。


「絶対できるよ! 楽しみだなー小雪のご飯」


 ジュージューと音を立てるフライパンを、小雪は慣れた手つきで操っている。

 その姿は今日生まれたばかりの、初めて料理をするロボットには見えなかった。


「雪が作ったのと同じ味だと思うよ。雪がレシピを教え間違えてなかったらね」


「おんなじでもいーの! 人に作ってもらうのって、なんか嬉しい感じするんだよ」


 キャベツと人参、玉ねぎそれから豚肉。

 色とりどりの野菜が、黒いフライパンの上を踊っている。

 その姿をじっと見つめていた小雪は、ふっと顔を上げて私を見た。


「“同じ”じゃなくて、“おんなじ”。人に作ってもらえるのは嬉しい。覚えた」


 こく、と頷いた小雪は、また手元に目を落とした。

 小雪は掃除も洗濯も、少し説明を聞いただけで卒なくこなしてしまった。

 掃除は見落としなんて全くもないし、畳んだ洗濯物をどの引き出しに戻すかも、少しやってみせるだけで完全に理解する。


 その手際の良さは流石ロボットと言うべきで……しかしその表情と口調の柔らかさは、本物の人間のようだった。

 料理に集中している小雪の首に、そっと触れてみる。

 温度のないパーツだったはずなのに、いつの間にか人肌のような温もりを手に入れていた。


「味付け、塩胡椒だよね」


「そう。ぱっぱっぱって」


 小雪は言われた通りに塩胡椒を手に取り、ぱっぱっぱっと3回振る。

 料理は流石に危ないかと思い見守っているが、そんな心配もなさそうだ。


 手際よく具材を炒める小雪の横顔を、じっと観察してみる。

 下を向いた私とそっくりな顔は、唇を笑みの形に歪めていた。


 料理をしている私は、こんな顔をしているのかもしれない。

 そう考えると、少し胸の辺りがむず痒くなった気がした。


 **


 ほどなくして出来上がった夕食を、小雪がテーブルに並べてくれる。

 豚肉の入った野菜炒めと、白米、みそ汁。

 簡単な料理だからかはわからないが、どれも私が作ったものと見分けがつかない出来だった。


「どうぞ、食べて」


「作ってくれてありがとう。いただきます!」


 手を合わせてから箸を手に取り、さっそく料理を口に運ぶ。

 味も、私がいつも作っているものと何ら変わりなかった。


「3人分作るのは、どうして?」


 無言で私の食事を見守っていた小雪が、ぽつりと疑問を口にした。

 今日わかったことは、小雪が完全受け身ではないことだ。

 指示されたことだけをするのではなく、わからないことはこうして質問し、学習していくらしい。


「今は仕事でいないけど、うち3人家族だから。パパもママも夜には帰ってくるよ」


「そうなんだ」


 いくら私にそっくりでも、小雪はドッペルロボット。食事はしない。

 だから料理は3人分なのだが、どうやら小雪は私が1人で暮らしているとでも思っていたようだ。


「帰ってくる前に私の部屋に隠れてね。内緒で買ったから、見られたくないんだ」


「わかった」


 これには特に疑問も浮かばなかったようで、すんなりと返事が返ってきた。

 ドッペルロボットを買ったのは、完全に私の勝手だ。

 父や母に言えば『そんなものに頼らずちゃんとしなさい』と言われるのは目に見えている。


「私の役目は、変わりに家事をすること?」


「それもあるけど、それより……学校に行ってほしいんだ。私の代わりに」


 もぐもぐと食べ進めながら答えると、小雪は静かに目を閉じてしまった。

 この仕草は、人間でいうと“考えている”時らしい。


 わからないことは私に聞いて覚えるが、一般常識程度の知識は既に頭に入っている。

 それを参照している時、つまり“読み込み中”の状態であるそうだ。


「学校、高校2年生だよね。……行きたくないの?」


 目を開いた小雪が、こてんと首を傾げて聞いてきた。

 質問する時に首を傾げるのは、私の癖。

 そんなところまで真似をしているのか。


「別に行きたくないわけじゃないよ? でも……毎日毎日学校行くの、退屈なの」


「学校って、退屈な場所なの? 勉強するところ……勉強嫌い?」


「嫌いではないけど、好きでもないかな」


 勉強についていけないとか、担任が嫌とか、友達と合わないとか、いじめられているとか。

 そういったもっともらしい理由は、持ち合わせていなかった。


「起きてる時間の半分くらいは、学校に取られるわけじゃん。で、帰ってきてから家事に課題……ってしてたら、一日の大半、私は毎日同じことをしてるわけ。それって、すっごくつまんないでしょ」


 ただ、日常がつまらないと思っただけ。


「学校とか家事とはしないで、伸び伸び生活してみたいんだ。だって私の人生だもん。毎日が非日常みたいな、素敵な1日にしたい!」


 もっと好きなことだけをして過ごしたり、新しいことに挑戦したり。

 毎日を、そんな心が躍るような1日にしたい。

 それが、私がドッペルロボットを買った理由だ。


「子供っぽいでしょ? でも……本気なんだ」


 こんなことを言ったら、きっと馬鹿にされる。

 そんなことを言ってないで勉強しなさい、と怒られる。

 そう思っていたから、誰にも話したことはないが――。


「……ううん。いいと思う。私が代わりに学校行くから、楽しんで」


 小雪はそう言って、柔らかく微笑んでくれた。

 私とそっくりな小雪なら、わかってくれるんじゃないか――などという淡い希望は、実体を持っていたようだ。

 こう言って貰えるだけで、ドッペルロボットを買ってよかった、なんて思ってしまった。

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