ドッペルロボット

天井 萌花

第1話 無害なドッペル

 毎朝7時に起きて、バタバタと身支度をして、学校に行く。

 3時過ぎまで退屈な授業を聞き流し、友達と話しながら帰宅。

 家についたら一通りの家事をして、あとは課題をしたり遊んだり。


 そんな1日が何度も、何度も繰り返される。

 毎日同じ生活をして、気がつかないうちに年をとっていく。

 そんな生活――


「――めっちゃつまんないよね!!」


 そう考えた私は、とあるモノを購入した。

 貯金していたお年玉で注文した、秘密兵器だ。


 今日もいつもと同じように学校を消化し、帰宅。

 手を洗って部屋着に着替えようとしていた時に、それは届いた。


 大きな段ボール3箱を部屋に運ぶのは、帰宅部の女子高生には中々骨の折れる作業だった。

 しかし好奇心と、このまま放置して親にバレてはいけないという思いは、私の限界を超えさせてくれた。

 少し緊張した手でカッターを滑らせ、さっそく開封する。


「えーっと、“ドッペルロボット”の組み立て方……」


 脱、日常を目論む私が用意した秘密兵器は“ドッペルロボット”。

 簡単に言うと、ドッペルゲンガーのロボットだ。


 ドッペルゲンガーと言っても、見たら死ぬわけではない。

 単純に、第2の自分。自分の分身。

 購入者の身代わりとして生活してくれるロボット。


『もし私が2人いたら、もっと早く宿題を終わらせられるのになー』


 なんて願いを現実にする、夢のような道具なのだ。

 ……と、商品説明に書いてあった。


 胡散臭い。怪しい。

 結構高かった。簡単に試せるモノじゃない。


 けれど私は――おそらく、何でもいいから刺激がほしかった。

 成功しようがしまいが、コレは何らかの非日常をもたらしてくれる。と。

 そう信じて、迷わずに購入してしまったのだ。


 箱に入っていたのは、説明書とロボットのパーツ。

 簡単なプラモデルのような、お菓子のおまけの人形のような感覚で、説明書を頼りに組み立てていく。


 腕と手をくっつけて、肩、胴体……。

 人間のものにそっくりで、それでいて温度のないそれを順に合わせていく。


 1時間以上かけて、ようやくドッペルロボットが完成した。

 全長150cmあるらしい。床に座らせると、同じように座った私とちょうど目が合うくらいの高さ。


 期待に胸を高鳴らせながら、そっと電源ボタンを押してみる。

 ウィーンと音を立てて、顔の部分が鏡のように私を映した。

 それからぐにゃぐにゃと粘土のように変形し、待つこと3分ほど。


 のっぺらぼうだったはずのそれが、私と同じ顔になった。

 睫毛の長さ、目の茶色さ、細い眉や、少し荒れた唇。

 その全てが鏡で見る私と完全に一致していて――まるで、本当に鏡を見ているかのようだった。


「……声をトレースします。サンプルボイスを提供してください」


 もう1人の私――ドッペルロボットは、小さく口を開いてそう言った。

 機械的で抑揚のない声が自分の顔から出ている。

 その違和感は、気持ち悪く私の肌を撫でた。


「サンプルボイス……? 声を出せばいいの?」


「はい」


 よくわからないが、話せばいいようだ。

 あー、あー、あーいーうーえーおー。と、意味のない音を並べてみる。

 瞬きひとつせずに聞いていたドッペルロボットが、静かに目を閉じた。

 すぐに目を開いて、こう言う。


「――トレースが完了しました。ありがとうございます」


「え、すご……!」


 その声は、その声まで、私とそっくりになっていた。

 友達が撮った動画の中で話していた私は、確かこんな声をしていたはずだ。

 初めて聞いた時、「私ってこんな声なの!?」と驚いた、けれどどこか私に似ている声。


「えっと……。見た目も声も、私と同じになったってこと?」


「はい。完全に同じではありませんが、95%一致しているはずです」


 私の問いかけに、ドッペルロボットは淡々と答えてくれる。

 あまり勉強のできない私の間抜け面から畏まった台詞が出ていて、なんだかくすぐったい。

 確かに見た目はそっくりだが、私の身代わりなどできるのだろうか。


「本当に、私の代わりをしてくれるの?」


 ちょっと怪しくなって聞いてみる。

 ドッペルロボットはまた「はい」と短く肯定した。


「仕事、勉強等を代行することで貴女の望みを叶える。私は、そういった製品です」


「製品説明はわかってるよ、本当にできるのって聞いてるの」


 すぐに可能です、と返事が来るが、本当だろうか。

 彼女(?)は目と口の開閉以外動いておらず、瞬きもしない様は人間らしいとは言えない。

 口調も私とは似つかず、このまま学校へ行っても気づかれてしまいそうだ。


「本当にバレないの?」


「ご心配には及びません」


 私が疑いの目を向けても、彼女は変わらず、説明書を読み上げるように言葉を羅列する。

 そういう機械的なところがよくないと思うのだが。


「これまでのレビューを参照すると、職場の者に出かけている所を見られた、等気づかれたケースはいずれもお客様の不手際です。私の機能不足で気づかれることはほぼございません」


「本当にー? そんなに私に似せられる?」


 話し方だけじゃない。動きとか、学校で誰と何を話すか、朝大きな声で挨拶をできるか、とか。

 上辺を真似ることができても、ふとした仕草でボロが出るんじゃないかと疑ってしまう。


「はい。貴女の言動を学習し、口調や抑揚も似せられるようになってきたから。もっとたくさん会話を続けたら、精度が上がっていくよ」


 固かった口調がどんどん砕けていって、抑揚もちょっと大きくなる。


「え……すごい、私っぽい……!」


 その話し方が、一気に私に近づいた。


「そう言ってもらえて嬉しいな」


 彼女は右手を持ち上げて、開いた手を口元に近づける。

 それから目を細めて、唇の端を釣り上げた。

 その仕草と表情の柔らかさは、人間みがある。


 確かに、これなら私のフリをできるかもしれない。

 誰にも気づかれずに、成り代われるかもしれない。


「私の代わりに、色々やってくれるんだよね?」


「うん。教えてもらわないといけないこともあるけど……。学習したら、だいたいのことはできるよ」


 ようやく夢の自由な生活が現実味を帯びてきて、とくとくと鼓動が速くなる。

 じーっと見つめてくる彼女は、私の指示を待っているのだろうか。

 早速、仕事ドッペルを任せてもいいのだろうか。


「じゃ、じゃあ……家事とか、できる?」


 一抹の不安は、好奇心と憧れにかき消され――気づけば私は、彼女へ溢れそうなほどの期待を向けていた。

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