第4話 珍しい男だねぇ

 僕を殴るのがそんなに楽しいことだとは思えないけれど。イジメることも楽しいことだとは思わない。せっかくの青春時代なのだから、もっと別のことに時間を使えばいいのに。


 勉強とか部活とか、恋とか。


 30分ほど、僕は殴られ続けていた。途中で蹴りも入るけど、どっちも痛いことに変わりはない。


 よくもまぁ飽きないものだ。ここまで行くと逆に感心する。


「なぁんだ……」金髪女子は僕を殴りつけてから、「こうやって出てくるくらいだから……強いのかと思ってた。全然弱いじゃん」


 そりゃ弱いですよ。別にケンカがしたくて飛び出してきたわけじゃない。


 返答したかったが、殴られすぎて声も出ない。少しずつ意識も薄れてきた。


「ほら」金髪女子はさっきまでイジメていた小柄な女子に、「アンタも殴りなよ」

「え……?」小柄な女子は首を振って、「で、でも……」

「早くやりなって。やらなかったら、またアンタが標的になるよ?」


 小柄な女子は怯えた様子で僕の前に立った。


 それでもなお僕を殴りたくないと思っている様子だったので、


「どうぞ」僕は言った。声はかすれていたけれど、届いただろう。「今さらキミに殴られても一緒だよ」

「……」小柄な女子は覚悟を決めた様子で、「ごめんなさい……!」


 バチンと左の頬に衝撃が走った。そのビンタは今までの攻撃の中で一番痛かった、というのは内緒だ。


「やればできるじゃん」金髪女子は拍手をして、「もっとやっちゃいなよ。どうせ私が揉み消すからさ。この学校に私に逆らえるやつはいないから」


 それは事実なのだろう。だから彼女はこうやって増長している。


 その後も僕は殴られ続けた。なにがそんなに楽しいのか、金髪女子は笑っていた。


 気がつけば僕は倒れていた。曇天を見上げて、その場から動けなくなっていた。


「ちょ、ちょっと……」取り巻きの1人が少し怯えた様子で、「や、ヤバくない……? やりすぎだって……」


 あなたも殴ってましたけどね。今さらビビられても……


「……」金髪女子が舌打ちをしてから、「ほら、早く起きなよ。死んでない……よね?」


 疑問形になるなら殴らないでほしい。


 ともあれ彼女たちを安心させるために立ち上がる……予定だったのだが。


 ……


 あれ……? 体が動かない? 立ち上がったり声を出したりする予定だったのが、体に力が入らない。足にも手にも顔にも力というものが伝わっていかない。


「ヤバいってそれは……!」取り巻きたちが慌て始めて、「アンタが殴りすぎるから……」

「私……?」金髪女子まで慌て始めた。さすがに殺人はやりたくないらしい。「コイツが弱いせいで……」


 弱くてごめんなさい。


「と、とにかく……」金髪女子が平静を装って、「放っとけばいいんだよ。目撃証言とかあっても……ごまかせばいい話だから」

「で、でも……コイツの幼馴染とかウザイし……」

「いいから……ほら、行くよ!」


 そう言って彼女たちは立ち去っていった。


 ……


 さっきまでイジメられていた小柄な女子も逃げたようだった。それならばいい。これでしばらくはイジメっ子たちも大人しくなるだろう。たぶん。


 ……


 それにしても……ここにおいていかれるとマズイ。どんどん意識が遠ざかっていくし、ザーザーと変なノイズが聞こえる。耳鳴りがすごい。


 救急車でも呼びたいところだが、まったく体が動かない。声も出せない。


 痛みはなかった。ただ冷たかった。土ってこんなにも冷たいんだなぁと変な感想を抱いた。


 ……


 雨が振り始めた。その雨は一気に土砂降りになって、僕の体温を奪っていった。


 こんな雨の中、校舎裏に来る人間なんていないよな……ということは僕はこのまま放置されるのだろう。


 ……


 これはもしや本当に死んだのでは? そう思った瞬間だった。


「キミは今時珍しい男だねぇ」


 そんな声が聞こえてきた。

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