第3話 殴られるほうかな

 その声は少し遠くから聞こえてきていた。助けを求めるような、そんな弱々しい声だった。


 はて、どこから声が聞こえてくるのだろう。声の位置的に校舎裏だろうか。


 僕の他に廊下を歩いている人にも聞こえたようで、ボソボソと会話しながら人々が歩いていく。


「……あの人たち……またやってる……」

「誰か先生に言ったほうがいいんじゃない……?」

「やだよ……私もイジメられちゃうし……そもそも先生だって見て見ぬふりじゃん」

「それはそうだけど……可哀想……」


 そんな会話が聞こえてきた。


 ……


 ふむ……どうやら校舎裏でイジメが行われている様子だった。


 噂は聞いていた。この学校の女子グループが集団になってイジメを行っているのだと。それを止めようとしたら自分がイジメられるから誰も手を出せないのだと。

 そして……その人の親が偉い人らしく、教員も手を出せないのだと。


 ……


 このまま帰ったら、楽しくゲームができないな……やはり趣味というものは清々しい気分でやるに限る。そうじゃないとゲームに失礼だ。


 そう思って僕は校舎裏に移動した。


 校舎裏という場所に来るのは初めてだった。そりゃこんな場所で英語の授業はやらないのであたり前のことだった。


 校舎裏にはいくつかの木々と、大した手入れもされていない草花があった。虫も多そうだし、わざわざこんな場所でイジメなくてもいいのに。もしもやるなら、警察署でやればいい。自分の行いが正義だと思っているのならどこでもやれるだろう。


 その校舎裏には数人の女子がいた。片方はグループで、片方は1人。

 

 1人の女子は校舎に追い詰められて倒れていた。頬が腫れているところを見ると殴られていたらしい。


 ……


 今どき、こんな肉体的なイジメがあるんだなぁ……もっとチャットとかで陰湿にやるんだと思ってた。


 ともあれ僕は彼女たちに話しかける。


「こんにちは」

「……!」イジメっ子グループが僕の声に驚いてから、「……なんだ……ただの生徒か……」


 教師じゃなかったことに安堵したのだろう。おそらく生徒程度なら黙らせることができる、そう思っているのだろう。


 イジメっ子グループは3人いた。そのうちリーダー格っぽい金髪の派手な女子が、


「なんか用?」

「……」はて……なんの用だったのだろう。「とくに用事はないけれど」

「そう……じゃあ消えてくれない?」金髪女子は倒れている女子を蹴って、「今はコイツと遊んでるからさ。邪魔しないで」

「最近は僕の知らない遊びが流行してるんだね」一方的に殴る蹴る、という遊び。「僕も混ぜてほしいな」


 知らない遊びは面白い。


「はぁ……?」金髪女子はイライラした様子で、「なんだお前……イジメられてる女の子を助けに来たって感じ? ヒーロー気取りでムカつく」

「イジメてるって自覚はあるんだね。安心した」本気で遊んでるつもりならどうしようかと思っていた。「別に助けになんて来てないよ。ただ……見逃して家に帰ったらモヤモヤするってだけの話」


 そう、それだけ。あくまでも自分のためだ。イジメられている彼女がどうなろうが知ったことではない。感謝される筋合いもない。


「なにこいつ……」ドン引きさせて申し訳ない。「ああ……アンタ、クラスで孤立してるやつじゃん。地味過ぎて気がつかなかったよ」


 クラスの地味な男子の顔も把握している。そのあたりの記憶力は、さすがトップカーストである。


 金髪女子はさらに倒れてる女の子の腹部を蹴りつける。倒れている女の子は苦しそうにせきをして、僕に助けを求める目線を向けてきた。


 彼女は恐怖で震えていた。涙も流しているし、よほど肉体的精神的苦痛を与えられたのだろう。


 金髪女子はニヤニヤ笑いながら、


「いいよ。遊びに入れてあげる」金髪女子は僕に近づいてきて、「殴るのと殴られるの、どっちが好き?」

「どちらかというと殴られるほうかな」


 無抵抗の相手を殴るなんて、そんなダサいことはできない。


「じゃあ、アンタがあの子の代わりに殴られな。そうすればあの子は見逃してあげる」


 というわけで彼女たちの遊びに混ぜてもらうことになった。


 トップカーストの美少女たちと一緒に遊べるなんて、楽しみだなぁ……


 なんて嘘である。


 殴られるのなんて嫌いだ。


 でも殴るのはもっと嫌いだ。

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