神社の神様
堕なの。
神様
揺れる黒髪の先が陽の光で輝いた。好きな相手というものは、いつ何時も神々しく見える。君も、僕にとっては神様のような存在だった。というより例えるまでもなく、神そのものであった。
出会いは、神社の境内だった。僕は暇な時間はいつもそこに来ていて、時々参拝に来る君とは顔見知り程度の関係だった。その日、君は暑さに具合を悪くしていた僕に、優しく話しかけてくれた。
「大丈夫ですか。さっき自動販売機で買った水で、まだ蓋を開けていないので飲めたら飲んでください」
君にされるがままにその水を受け取って喉に流し込んだ。保冷剤を首に当てられたり身体を横に寝かされたりしているうちに、熱い身体は段々と冷えていき、ぼうっとした頭に思考が戻ってきた。
「ありがとうございます」
その言葉に、気にしなくていいですよと上品に笑った。いつもは倒れなかったのにと考えたが、最近は異常な暑さで神社に参拝する人が少なくなっていた。そのため、僕の面倒を見てくれる人も必然的に減っていたのだと気付いた。そして、君が助けてくれなければ、僕は消えていたかもしれないという危機感が漸く襲ってきて身を震わせた。
君は僕が自分で歩けるようになったことを確認して、すぐに涼しいところに行くことを忠告して家に帰った。だけど僕はベンチから動かずにいた。君の優しさと思いやりを思い出しては笑いを零した。冷えた首や横たえられた身体、顔の真横においてある水のペットボトルが君の優しさそのものだった。
姿勢が良くて、言葉の端々から優しさが滲み出ていて、誰かの為に心を砕ける君をあれからずっと見ていた。
「おはよう」
「今日も可愛いね」
「どうしたの。不安そうな表情で」
「すごく疲れてるよね。何があったの?」
「今度は僕が助けるよ。だから話して」
話しかける度に、君は困った笑顔で言葉を返してくれた。時折、神社の境内で会うだけの関係。それでも、確かに僕らの間には少しずつ関係が築かれていった。
しかしある時から、君はやつれていった。その姿が、記憶の奥底にしまわれた一片と重なっては消えていた。微かな違和感だった。それでも積み重なれば無視できない存在となる。僕は君に声を掛けることを辞めて見守るだけになった。
それから一週間ほど経ったある日、君の顔を久しぶりに真正面から見た。君はまた元気になっていた。それが嬉しいはずなのに、どうしてか胸がつきりと痛んだ。
告白は唐突だった。前触れも、特別な何かがあったわけでもなかった。ただ、見知らぬ人に手を差し伸べた君が、心配させぬように気丈に微笑む君が、優しげな手で背を撫でる君が、どうしようもなく美しかった。そして、どうしようもなく切なかった。
数分か、それよりも長く時が空き、するりと口から零れ落ちた。当然のように、この世の心理であるように、当たり前に僕の中にあった感情が溢れ出た。
「……好き」
その瞬間、君の雰囲気が濁った。
「なにそれ。またですか。気持ち悪いです。ていうか、私は貴方なんて知らない。見えもしない人間をどうやって好きになれって言うんですか。貴方の気持ちを押し付けないでください」
そう言って迷惑そうにする君の暗い表情が、記憶の一片と繋がった。僕は確かに一ヶ月前、同じ文言で君にフラレていた。あのときも同じ、気持ち悪いという一言で大事な記憶を落としてしまっていた。
簡単な話だ。神は、僕だった。
あの日、君の視界に映れた事自体が奇跡だったのだ。天候の気まぐれ、世界の悪戯。僕の姿は君に見えて、一時ばかり交わってしまった。それが間違いだったのだ。
「ごめんなさい。もう会いませんから」
もうしばらく眠ろう。百年か、それよりもっとか。
君が消えてなくなるまで。
そうして起きたら、君のお墓に行こう。そこでもう一度謝ろう。
だから、ごめんなさい。おやすみなさい。
*
貴方は人ならざるものでした。ただそれだけです。それでも、それを振り払う選択をしたのは私です。ですからいつか貴方が来ることを願って、お墓に手紙を入れてもらいました。いつか、きっといつか貴方が読んでくれる日を待っています。
神社の神様 堕なの。 @danano
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