第二十六話「アリシアのパートナー」
しばらく交流訓練の事は夢に見た。
初めてした命のやり取りは、あたしには刺激が強すぎた。
それでもほんの数日には熟睡出来るのだから、あたしは図太い精神をしているのだろう。
「よし!」
交流訓練参加者はしばらく休みだったけど今日から復学だ。
身支度を整えて、鏡の前で気合を入れる。
寮を出て乗合馬車に乗って学園に向かう。
何ら変わらない日常に帰って来て安心した。
今日あたしは環境委員会の朝当番だから早めの登校だ。
熟睡出来たと言っても気苦労が多かったのもあり、少し眠気がある。
「ふぁ~……んぁっ!?」
大口を開けた欠伸のせいで目を閉じてしまい、近くを通っていた人にぶつかってしまった。
バタンと鞄が落ちた音がした。
「あ、すいません! 不注意でした」
「いえワタシも周りをよく見てなかったので」
完全にこっちが悪いのだが、相手は優しく対応してくれた。
黄土色のストレートの短髪、鋭い目つきの中の真っすぐな瞳、あたしと同じシングルペタルの校章。
「えっと……こんな朝早くに登校だなんて、何か委員会の仕事で?」
相手が落ちた鞄を拾うまでの一瞬の気まずさに耐えかねて喋りかけてしまった。
「ワタシは長い間休学してたから、少し早めに来て学園の雰囲気に慣れておこうかと思って。あと、そんな改めなくて大丈夫。同じシングル生徒だし気軽に話して」
「じゃあそうする……ちなみに休学理由は聞いてもいい?」
世間話ついでのほんの興味本位だった。
「恥ずかしい話、体調不良よ。憧れの人とパートナーを組んでたんだけど、その人の大事な試験直前で数週間熱が収まらず、その人に迷惑をかけてしまったのでどんな顔して登校すれば分からなくてずるずると」
ミスった、精神的な方だった。
下手に言葉をかけると逆効果だし、かと言って事情を訊いておいてあからさまに話をはぐらかすことも出来ない。
「体調不良なら仕方ないよね。登校出来たということは心に踏ん切りがついたの?」
「いつまでも引きずってはいられないから。それにその人は別のパートナーを見つけて何とかしたみたいだし。あんまりうじうじしていると本当にパートナーの座を奪われるから」
「そっか。同じシングル生徒同士、頑張ろう!」
檄を飛ばす。
あたしは味方だということを示すことで、彼女の心に少しでも勇気を。
「ありがとう。なんだかやる気が出てきたわ。ワタシは必ず、サラって奴からアリシア姉様のパートナーの座を取り返して見せる!!」
…………マジっすか。
「ではそろそろ行くわ。今更だけどワタシはリーナ。アナタは?」
「…………さ、サラミ」
つい偽名を使ってしまった。
ちなみに昨日食べたドライソーセージから引用。
「じゃあサラミ、また今度」
「お、お元気で……」
リーナにはあたしがサラってことは隠しておかないと。
なるべく関わらないようにしよう。
委員会の仕事を終わらせて教室へと向かう。
すでに何人か生徒が来ており、メイリーの姿もそこにあった。
「おはようメイリー…………」
メイリーに挨拶してその存在に気付く。
メイリーの隣であるあたしの席の更に隣。
授業の準備をしているリーナの姿があった。
同クラ席隣とかマジですか。
「あ、サラミ。アナタも同じクラスだったのね」
「サラミ? リーナちゃん、彼女の名前はサラ、最近転入してきたの」
天使の笑顔でメイリーはリーナにあたしを紹介する。
リーナは困惑から動揺、そして怒りに近い苛立ちを見せた。
「あ、アンタがサラだったのね…………」
「ははは……どうも」
う~ん――――オワタ。
□◆□◆□◆□◆□◆□
放課後、あたしはリーナに屋上へと呼び出された。
果たし状を送った相手を待っているかのように仁王立ちするリーナは、小柄な身体の後ろに獅子の幻影を映し出す。
「あの……お話って?」
恐る恐る言うと、予想に反して深々と頭を下げた。
「アリシア姉様のパートナーになってくれてありがとう」
まさかの反応にあたしは困惑してしまった。
「朝にも言ったけど、ワタシはアリシア姉様に迷惑をかけた。アンタがいなかったらアリシア姉様はペタル試験を不合格になったかもしれない。だから、ありがと」
素直に感謝を述べているにしては抵抗感が見える口調だけど、彼女の本心であることは確かだと思う。
いきなり屋上に呼び出されたからどんな罵詈雑言を浴びせられるのかと思ったけど、根は真面目な人なんだろう。
だったら仲良くなれそう。
「けど勘違いしないでよ! ワタシはアンタがアリシア姉様のパートナーに相応しいとか一切思ってないから!!」
さっきまでと打って変わって、今度はビシッとあたしを指さして言い放った。
「アリシア姉様の隣に相応しいのはワタシなんだから!! 一回アリシア姉様と組んだからって調子に乗らないでよね! ぽっと出のアンタなんかにワタシは負けないから!」
散々の言われよう。
ちょっとイラっと来たけどぐっとこらえる。
「因みにリーナとアリシアはどんな関係で?」
「アリシア姉様は養成施設の先輩よ。アリシア姉様に相応しいシースに慣れるよう努力して、ホワイトリリーの入校試験ではトップの成績を収めて、何度もアプローチしてようやくパートナーにしてもらったの。それからは何度もパートナーにしてもらったわ。一回じゃなくて何度もね」
勝ち誇ったような笑みにあたしも負けず言い返した。
「ま、あたしはアリシアからパートナーになってくれと頼まれたんだけどね。アリシアからね」
嘘は言ってない。
ちょっとイラっと来たから言い返したつもりだけど、リーナには思ったよりダメージが大きかったようで、後ずさりしながら悔しそうにこっちを見ていた。
ちょっとスッキリした。
「ぐっ……。ど、どうせそれはアンタ意外に頼む人がいなかったからでしょ! 妥協よ妥協! それに聞いた話じゃ
「うっ……。あ、あたしはアリシアと一緒に寝た事だってあるんだから!」
「なっ……。わ、ワタシは頑張ったご褒美に膝枕で耳かきしてもらったこともあるんだから!」
「あたしは――――」
「ワタシは――――」
あたしとリーナの白熱したアリシアエピソード合戦は暫く続いた。
互いに精神的ダメージを浴びせ合い、疲れたので一息ついた。
「はぁ……はぁ……。ていうか、クレアの時のやり取り知ってるんだったらアリシアと組んだのはあの一回だけって知ってるでしょ? なんでそんな敵視してんの?」
「ハァ……ハァ……。先日復学手続きしに来た時、アンタとアリシア姉様が楽し気に話してるところを見たのよ。それも何故かアリシア姉様はアンタにだけは一層気さくに話してたわ。あんな表情、ワタシも見た事がない。いつの間にか他の生徒の間でもアリシア姉様のパートナーとしてアンタが認知されてるし」
悔し気に下唇を噛むリーナ。
アリシアのペタル試験を見た生徒には強烈な印象を与えたらしく、あたしはアリシアのパートナーとして認知されてる。
あたしとしてはリーナの嫉妬は迷惑だけど、頑張って勝ち取った居場所をたった数日で奪われたら嫉妬もするだろう。
「ワタシは絶対にアリシア姉様の隣を取り返して見せる。アンタは精々、一歩下がって会話の相槌打ってればいいのよ!」
あ、同じグループには属していいんだ。
とはいえ、これは宣戦布告みたいなものなんだろう。
別にアリシアと正式なパートナーって訳じゃないけど、リーナに同情してアリシアと距離を置く義理もない。
こちとらエネミット王国時代、この間の交流訓練と二度殺されそうになってる身だ。
リーナがどんな手を使ってくる気か知らないけど、ちょっとやそっとの嫌がらせは耐えて見せる。
「じゃ、ワタシが言いたいのはそれだけ。明日から覚悟してなさい!!」
ビシッと言い放ち、リーナはあたしを横切って屋上の扉へと歩いていく。
あたしはすぐにリーナの後に続いた。
「なんでついて来んのよ!?」
「出口一個しかないんだから仕方なくない!?」
いまいち締まらない宣戦布告だった――――。
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