第二十四話「VS煉燦姫《ブレイズリリー》」

 サラは慎重に魔力を練る。

 重要視されるは濃度と量。

 時間は限られてるのでゆっくりとはいかない。

 無意識に来る焦りと意識的に保つ冷静さの綱引き状態で神経が擦り減ってくる。

 

 戦闘中に視界を失くすのは自殺行為に等しいが、それでも目を閉じて自分の内に巡る魔力に集中するサラ。

 サラの技術では戦況に応じて臨機応変に行動しながら強い魔力を練る技術はない。

 相手は解花ブルーム状態のクレア、対してアリシアは解花ブルームではない。

 

 アリシアの心配、戦いに巻き込まれる恐怖はもちろんある。


(けど、アリシアはあたしを信じて賭けに乗ってくれた。ならあたしも信じるしかない。)

 

 アリシアならサラに降りかかる攻撃をなんとかしてくれる。

 サラならクレアにかかった魔力の洗脳を書き換えてくれる。


 そんな信頼を持った二人が、それぞれの役目を果たそうと行動する。

 

「アリシアァ!!」


 爆炎纏うクレアの攻撃をアリシアはなんとか躱す。

 致命傷を与える訳にはいかず、かと言って一方的にやられる訳にもいかない。

 実力が対等な相手、それに加えて自分を容赦なく殺そうとしている相手にその条件を維持するのは至極困難な事だ。


 一瞬の油断が自分か相手の命を奪ってしまう。

 一挙手一投足に気を配り、魔力の配分と呼吸のタイミングを考え、突いていい隙と駄目な隙を見分け、絶対に選択を間違えることは出来ない。


 授業で身に着けた理論と、実践で培った戦闘ノウハウ。

 覚えた汎用魔法、今の自分が使える魔法、身体に染み付かせた身のこなし。

 考えること、やることが多すぎてさすがのアリシアでも脳が焼き切れそうになる。


「ハァ……ハァ……」

 

 身体の数か所を火傷したアリシアは片膝をついた。

 魔力はまだ残っているが、体力がなくなっている。

 

 もはや敵の女は勝利を確信した。

 アリシアにトドメを刺そうとするクレアを敵の女は制止する。


「判断を誤りましたね煌輝姫シャイニングリリー。貴女がシースのお二人と逃げていれば、煉燦姫ブレイズリリーだけの損失で済んでいました。貴女の選択は被害を三人増やしただけですよ」


 敵の女の言葉にアリシアは気力を振り絞るように立ち上がり、そして敗北者に似つかわしくない笑みを浮かべた。


「それは少し違うね。私の判断が正解か不正解かはまだ決まっていない。私はまだ生きているし、クレアを元に戻す手段も潰えていない。それに……ようやく今のクレアとの戦い方のコツを掴んだところでね」


「今の? 言っておきますが私の特性はただの洗脳ではありません。協力を強いる、つまりは自我は煉燦姫ブレイズリリーのまま。動きの癖や戦いの感性なども当人そのままです。私の特性による戦いの変化はありません」


「そんなことはないさ。君の口ぶりから私やクレアのような少し知名度のある生徒は調べているようだね。なら私とクレアの戦績も知っているかもしれないが、私とクレアは昔から競うことが多くてね。お互い動きの癖はよく知ってるんだ。だからこそ断言できる。今のクレアには信念がない」


「信念?」


「ああ。クレアは才に溢れた人物だ。生粋の感覚派、故に感情が動きに出やすい。普段のクレアはその勇ましさと派手さを軸に冷静さを交えた思考だ。動きは攻撃に重きを置き、荒々しくも理知的なものになる。だが今のクレアには荒々しさがあまり無い。“協力を強いる”、つまりはクレアの本当の意志がそこにないからだろう。でなきゃ私は今こうして立っていられない」


「なるほど、参考になりました。ですがそれがなんだと言うのですか? 癖を見抜いたところでもはやそれを覆せる戦況ではないでしょう」


 身体はボロボロ、体力も限界、相手は友人で傷つけられない。

 アリシアの分が悪いのは何ら変わらない。

 

 なのにどうして、勝利を確信した笑みを浮かべられるのだろうか?


 敵の女は自身の経験則から感じる異様さに油断が出来ない。


「手札は揃った。条件も整った。私の選択が正解だったか誤りだったかこれから決まる。 ……実に面白くなってきた。さぁ、楽しんでいこうか」


「そうですか……では煉燦姫ブレイズリリー、思う存分やってください」


「ようやくね。アリシア、これで最後よ!」


 クレアは地面を蹴ってアリシアとの距離を詰める。

 爆発を伴い、蹴った大地にクレーターが出来上がる。


 アリシアもまた構える。

 光の剣が魔力の乱れではなく、魔法を使う為の兆しだ。


 アリシアは種器シード閃剣ブライトの柄を逆手に待つ。

 ゆらめく光の剣が、霧のように霧散する。


 何か来ると警戒しながらもクレアは渾身の一撃を叩き込む。


「燃え尽きなさいッ――――爆炎撃エクスプロージョン!!」


 熱纏う炎脚フレイムを加速の勢いに乗せて放つ。

 突き出した蹴りが放たれると、溜め込んだ熱を一気に発散するように熱気と轟音が発散した。

 

 確実に捉えたと思ったクレアだが、攻撃に感触が無いことに警戒を強める。


(これはアリシアの光幻ミラージュ……でもあれは解花ブルームの魔法のはず……)


 光の粒子で幻影を見せる光幻ミラージュは、解花ブルーム状態で使用出来る魔法だとクレアは認識している。

 だが実際は使用自体は可能だ。

 ただ相手一人の視界分しか粒子を展開出来ず、幻覚も荒く発動時間も短い為実用的とは言い難い。


 それでも一瞬意識を逸らすだけなら有効だ。


 クレアの死角にアリシアは瞬時に移動する。

 もちろんクレアの察知能力がアリシアを捉えられないわけがない。

 すぐさま身体を捻り、アリシアを一蹴する。


 炎を纏う一撃をアリシアは光の剣でなんとか受け止める。

 爆発出来るほどの熱を溜め込んでいなかったので受け止める事が出来たが、その重さに片膝をついてなんとか耐え凌ぐ。


「どうしたのアリシア? このまま競り合ってたらアタシの爆発に巻き込まれるわよ」


「だが……時間稼ぎにはなる――――サラ、今だ!!」


 競り合うアリシアとクレアに魔力を練り終えたサラが飛び込む。

 すぐさま応戦しようとするクレアだが、アリシアの光の剣が変形してクレアの足を絡めとる。

 今のクレアなら力付くで振り解くことは可能だが、それより先にサラが仕掛ける。


「クレアさん!!」


「このっ――――んんっ!?」


 サラはクレアの唇に飛びつき、練り上げた魔力を流し込む。

 抵抗しようとするクレアをアリシアが抑え込み、サラは必死に授吻する。


「「んっ、はぁっ、ぁむ……」」


 徐々にクレアの抵抗する力が弱まっていく。

 それでも必死にサラはクレアを抱きしめて逃がさないようにする。

 

 隙間から漏れる二人の吐息、互いに絡ませる舌、合わさる熱、抱きしめて全身で感じる相手の身体。

 目を開ければすぐ近くで視線が交差し、玉のような肌が擦り合い、顔を傾けるたび鼻先が触れる。


 全て恥ずかしかったはずなのに、今のサラはクレアを助けることに必死で気にならない。


(クレアさん! お願い戻ってきて!!)


 これで上書き出来なければ終わりだ。

 敵の女はそれはもう余裕の笑みを浮かべていた。


 授吻による特性の上書きは重々承知だ。

 だからこそ、女は濃度を高く魔力を練る修練を積み上げてきた。

 

 計画を進行する上で生徒の情報は収集済み。

 もちろんサラの特性も把握している。


(確か彼女の特性は魔力の回復速度が速い特化型特性のはず。であれば未熟な彼女に魔力の上書きは出来ない。それこそ魔力濃度に特化していなければ上書きは不可能です)


 そう、上書きなぞ不可能。

 不可能なはずなのだ。

 それなのに、徐々に強くなる悪寒、ひしひしと感じる緊張感が敵の女を襲う。


 クレアの絶妙な表情の変化に、指揮権が徐々に奪われていくことを察する。


「そんなはずがっ……こんな学生に魔力練度で負けるというの!?」


 余裕の笑みを浮かべていた敵の女が動揺するも、そんなことを気にしていられるほどサラ達にも余裕がなかった。

 もう少しで勝負が決まる。

 授吻を終え、唇を離したその時、クレアがまだ敵の術中なら負けは確実。

 

 最悪――――死ぬ。



「「んはぁ…………」」


 授吻を終えて唇を離したサラは数歩下がった。

 口元を拭いながらクレアの表情を伺う。

 

 生死をかけた大勝負。

 やるべきことは全力でやった。

 あとは祈るのみ。


「クレア……さん?」


 恐る恐る呼びかける。

 肩で息をするクレアは数秒後には落ち着いて、炎脚フレイムが再び燃え滾る。


「失敗……した……」


 サラは己が未熟さに絶望する。

 折角アリシアが身体を張ってくれたのにそれを無下にしたとなっては無理もない。


 だが、アリシアは勝利の笑みを浮かべた。


「大丈夫だサラ。あの彼女特有の荒々しいくも芯の通った炎の揺らぎが、サラの土壇場の強さの証明だ。クレアもそう思うだろう?」


 クレアは種器シードを纏った足を地面に擦り炎を巻き上げる。


「ほんと……サラ、アンタ最高ね」


 正気に戻ったと確信したサラは思わずクレアに飛びつく。


「クレアさん!!」


「あっ、ちょっと、ほんとにアンタは……。まだ油断出来ない状況よ」


 そう言いつつもクレアはサラを受け止めて、胸に顔を埋めて泣くサラを抱きしめながら頭を撫でる。


「敵がまだいる可能性は捨てがたいが、この場においては私達の勝ちだな」


「そうね。さっさとアイツを捕まえて…………あれ?」


 これが実戦経験の差というのだろうか。

 ほっと一安心したクレアとアリシアの眼を掻い潜って、敵は姿を消していた――――。

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