第二十三話「一難去って」

「クレアさん! 大丈夫ですか!!」


 ハンカチで口と鼻を抑えながら叫ぶ。

 焦げた香りが目に染みるけど、我慢しながらクレアさんを探す。

 焼き焦げた地面から黒い煙を立ち登らせている影響で視界が悪い。


「……ここよー」


 小さく声が聞こえた。

 その声の方向に足を進めると、地面に大の字になって寝転んでいるクレアさんがいた。


「クレアさん!!」


「あーサラ。巻き込まれなかった?」


「アリシアが抱えて離れてくれたから全然問題ないです。それよりクレアさんの方が……」


「まーそうね。流石に疲れた……っと」


 重苦しく、クレアさんは身体を起こす。

 あたしはクレアさんに肩を貸した。


「まずは敵の状況を確認しないと。魔力鎧アーマーで防げる威力じゃないとはいえ、まだ動ける可能性もある」


「ならまずアリシア達と合流しましょう」


 あたしはアリシア達を呼んで合流する。

 敵の気配はないってクレアさんもアリシアも言うけど、やっぱりちゃんと確認しないと安心できない。


「でもこれだけ派手にやったら流石に先生達も様子を見に来るんじゃ?」


「それだと良いけどね」


「ま、期待しない方がいいわ」


 アリシアもクレアさんも先生が来ることはあまり期待していないみたいだった。

 

「……っか……ぁ…………」


 微かな呼吸音を感じたブレイドの二人に従って移動する。

 そこには敵がまだ生きてそこにいた。

 全身は焼き焦げて、肺が呼吸しようとしてるみたいだけど熱された空気を受け付けていない。

 生々しく瀕死の状態に、あたしは思わず目を逸らした。


「クレア、どうする?」


「もはや尋問出来る状態じゃない。捕縛して撤退しましょ。この場で楽にしてあげるのが騎士の情けかもしれないけど、今アタシ達に判断出来る事じゃないわ」


 クレアさんは訓練で使用する手錠で敵を拘束する。

 取り敢えずこれで一安心。


 ――――と、思った瞬間。


「――――ごきげんよう」


 視界を悪くしている黒煙を掻き分けて、その女は突然現れた。

 コートを羽織った淑女のような雰囲気の藤色短髪の女性。

 何かを察したクレアさんは肩を貸していたあたしを突き飛ばしてその女性から距離を取らせた。

 ただその一瞬が、逆にクレアさんが敵に対処する時間を失ってしまう。


「――むっ!?」


「クレアさん!?」


 クレアさんの唇を奪う短髪の女性。

 すでに体力を使い果たしたクレアさんに抵抗する力はなく、強引に口づけするその女性にクレアさんはされるがまま。

 あたしの背後から光の剣が伸びて、短髪の女性を貫こうとした時、


「残念。間に合いませんでしたね」


 その光の剣を炎を纏った足で一蹴する。

 

「クレア……さん?」


 赤と金で装飾されたソルレット、チリチリと火の粉を飛ばして紅に輝く髪、ひらりと熱く燃える片マント。

 解花ブルーム状態のクレアさんが、短髪の女性を庇う様に構えている。


「サラ、クレアから離れるんだ」


 アリシアがあたしの前に立って構える。

 状況が飲み込めず、あたしは尻餅をついたまま動けない。


「彼女はおそらくさっきの敵のパートナーだ。クレアと授吻することで、クレアは彼女を守るように行動している。つまり、彼女の特性は洗脳に近い何か」


「ってことはさっきの人も操られてたってことですか?」


 それにしては自我が結構強めだったような……。


「私の特性は“授吻した相手に協力を強いる”というもの。記憶を消すかどうかは私の意志次第。今回は自我や記憶を強く残すように協力してもらってますので気を付けてくださいね」


 短髪の女は自ら特性を教えて来た。


「自分の特性を教えるって、そうとう自信あるってこと?」


「いや、私の行動を制限するためだろう。特性を知ってしまったことでやり辛いことは確定した。自我がある以上、ダメージの記憶も残ると思っておいた方が良い」


「……つまりどういうこと?」


「四肢を切り落としたらトラウマになるかもしれないってことさ」


「危惧の内容過激すぎない!?」


 とはいえ記憶が残るということはそのリスクももちろんある。

 学園には部位の欠損すら治す魔法が使える人がいるみたいだけど、いくら傷が治っても心の傷が治るとは限らない。

 いくら治ると言っても一度失った恐怖というのは簡単に拭えない。


「アリシアさん、どうしましょう? ここは撤退しますか?」


 メイリーが提案するも、アリシアは渋る。


「クレアが敵の手に落ちる前ならそうしたんだけどね。今撤退すればクレアを見捨てることになる」


「なんとかしてクレアさんを正気に戻さないと」


「クレアを操っているのは敵の特性。つまりクレアが敵の魔力を使い果たせば正気に戻る。だから敵を無力化して授吻による魔力の補充を阻止。加えてクレアが魔力を使い果たすまで耐える。ただこの作戦には一つ問題がある」


「問題ですか?」


「クレアは失血している。あまり長引かせるとクレアの身体が持たない。この感じだと先生方が応援に来るのも期待出来ない。おそらくその辺を対処しているからこそ、シース単身で姿を現しただろうからね。一番はクレアと真正面から戦い魔力を消費させる。クレアがあまり動かないように配慮し、傷を増やさないように配慮しながらクレアの猛攻に耐え抜く」


「そんなこと出来るの?」


「うん、出来る訳ないね。クレアは全力で倒しに行っても一筋縄じゃいかないのは私が一番よく分かっている」


 自信満々に言うから出来るのかと思ったけど、さすがのアリシアも作戦の無謀さに自嘲気に笑った。

 

「……そうだ! 確か複数のシースが同じブレイドに授吻したら魔力が強い方に上書きされるって言ってたよね? ならあたしかメイリーがクレアさんに授吻すれば敵の特性は消えるんじゃ?」


「……それが出来たら最善手なんだけどね。ちなみに強い魔力というのは魔力量と魔力濃度が大きく関わる。敵はシースの中でもそれなりに実力があると前提して、二人は上書きできる自信があるかい?」


 アリシアはあたしとメイリーに聞いてきた。

 メイリーの表情は曇り自信の無さを伺わせる。

 あたしももちろん自信はない。


「もし両方自信が無いならどちらかは避難した方が良い。戦いに巻き込まれるからね。敵はこの二人組だけとは限らないけど、クレアの攻撃は規模が大きいから危険度で言ったらこの場を離れた方が良いだろう」


 多分アリシアにもシース二人を庇う余裕はないんだろう。

 シースが一人余る現状では、片方は戦い辛くする枷でしかない。

 知識や経験、実力を考慮すればアリシアとメイリーが組んであたしは逃げた方が良い。

 

 逃げた方が良いけど…………。


「――――やる」


「サラ?」


「あたしが敵の魔力を上書きする」


 あたしが言うとメイリーが不安そうにこっちを見た。


「ダメだよサラちゃん。その役割はクレアさんに近づく必要があるんだよ? 下手すれば大怪我じゃ済まないんだよ?」


「分かってる! でも……ここで逃げる訳にはいかない! ここでクレアさんを見捨てたら一生後悔する。まだまだクレアさんと一緒にいたいから、あたしはここで身体を張る必要がある! 危険上等、どんとこいだよ!」


 あたしは声を張り上げてアドレナリンを無理やり出す。

 勢いに押されてか、メイリーはそれ以上引き止める事をしなかった。


「フフ、それでこそサラだね。よし! その賭け乗ろうじゃないか。もう怖気づいても後戻りさせないよ」


「やってやんよー!!」


「はぁ……もう、どうなっても知らないからね」


 アリシアは楽しそうに、あたしはヤケクソ気味に答えて、メイリーは諦観の溜息。

 

「作戦会議は終わったかしら? じゃあ三人まとめて灰にしてあげる」


 クレアさんの脚が熱く燃え滾る。

 味方に向けるものじゃない敵意と殺意がクレアさんから向けられた――――。

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