さえずる鳥たち

 次に僕たちが降り立ったのは、大きな街だった。


 建物や店が並んでいて、人もたくさん行きかっている。


 みんな笑顔で、楽しそうだ。


 ただひとつ、不思議に思ったのは、街を歩く人々は、みんながみんな、肩にそれぞれ、一羽いちわの鳥を乗せているということだ。


 その鳥は、見た目はインコみたいなんだけれど、虹のような極彩色ごくさいしきをしていて、みんなはそれぞれの肩にとまった鳥に、ぶつぶつと何かを話しかけているようなんだ。


「フィロン、あの鳥はいったい、なんなんだい?」


「ああ、あれは『幸せの鳥』なんだ。あの鳥が肩にとまっていると、みんなは『幸せ』になれるんだよ」


「幸せ、って?」


「みんなはそれぞれ、自分の肩にとまっている鳥と、楽しくおしゃべりをしているんだ。何を話しているかは、それぞれの人しか知らない。だからみんな、気がねすることなく、自分のことをべらべらと、あの鳥に話しちゃうんだよ」


「それが、『幸せ』なのかい?」


「そうだよ。ハルくんだって、話相手がいると『幸せ』でしょ? 同じことさ。みんなあの鳥と話していると『幸せ』なんだ。だからずっと、あの鳥と話しつづけているのさ。働いているときも、ごはんを食べているときも、寝ているときだってね」


「なんだか、鳥を飼っているというよりも、鳥に飼われているみたいだね」


「そうさ、そのとおりだよ。あの鳥たちはね、人間たちの『ご主人さま』なんだよ。鳥をつないでいるのは人間のはずなのに、くさりをにぎっているのは鳥のほうなんだ。僕の言っていること、わかるかな?」


「あ、ああ……なんだか、頭が、ぐるぐるする……」


「それでいいんだよ、ハルくん。それがつまり、あの人たちと同じ気持ちなんだ。要するに、『幸せな状態』ということだよ」


「それって、つまり……」


 フィロンは笑っている。


 喜んでいる顔だ。


 僕の心に鎖をつないで、喜んでいるんだ。


「ああ、僕は、ええと……」


「あの鳥たちはね、それぞれの頭の中を共有しているんだ。何が言いたいか、わかるかい、ハルくん? つまりね、人間のほうはそれぞれでしか、会話の内容はわからないんだけれど、鳥たちのほうは違うんだ。人間がわざわざ教えてくれる情報を、ぜんぶシェアしている。ふふっ、ぜんぶわかっているんだよ」


「あの鳥たちはね、『幸せを食べる鳥』なんだ。人間たちをめいっぱい『幸せ』にして、もうこれ以上幸せにできないとわかったタイミングで、ふふっ、幸せを食べるんだよ」


「そんな……じゃあ、『幸せ』を食べられた人たちは、どうなるの……?」


「からっぽになるんだよ。何も考えられないくらい、からっぽにね。そう、いまのハルくんみたいに……」


「からっぽ……そんな……」


「別にいいんじゃない? あの人たちは望んでいるんだから。からっぽになることをね。鳥が何か、悪いことをしているとでも思うかい? そうは見えないよね? さえずっているのは鳥じゃない、人間のほうなんだから」


「ああ、うう……幸せ、幸せっていったい、なんなんだろう……」


「いまのハル君なら、よくわかるでしょ? からっぽになるってことなのさ。何も考えないってことなのさ」


「ああ、からっぽ……幸せ……」


「その調子だよ、ハルくん。それこそが幸せなんだ。さあ、次の世界へ行こうか」


「ああ、うん、フィロン……」


「僕も、ハルくんといっしょにいると、とっても幸せなんだからね?」


 それはつまり、僕は彼の鎖につながれている……


 そういうことを言いたいんだと思ったけれど、そんなどうでもいいことを考える頭は、もう僕にはなかった。


 僕の頭はスポンジのようになっていて、フィロンの言っていることを、どんどん吸い込んでくる。


 ああ、気持ちがいい……


 こんなに気持ちのいいものなのか、何も考えないということは……


「さあ、ハルくん。永遠の夜まで、もう少しだよ。ふふふ……」


 ふやけた豚肉みたいになった僕の手を引いて、彼は次の世界へと降り立った。

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