4 俺たちを信じろ

 根岸は来た道を戻り始め、葉沢は少し遅れてついてきた。

「それで、どうやって逮捕するんですか?」

「現在の法律では、幻獣の密輸は罪にならない。『グロロの会』の実態を暴き、杉田の共犯として逮捕するしかないな」

「やっぱりそうなっちゃうんですね」

 葉沢がめずらしくため息をつき、根岸はふと振り返る。

「どうかしたか?」

「あ、いえ。その……魔法使いの存在が、当たり前のように受け入れられるようにならないと、やっぱり幻獣の密輸に関する法律はできないのかなって」

「……そうだな。だから、そのために俺たちがいるんだ」

 葉沢がぱっと目を輝かせた。

 根岸は無意識に本音を漏らしてしまったことに気づき、にわかに足を早めたが、葉沢はかまわずに明るい声をかけてきた。

「根岸さん! 一緒に魔法刑事、頑張りましょうね!」

 小さく「うるさい」と返しながらも、根岸は自然と微笑んでいた。自分でも自分の変化が喜ばしかった。


 菱田と温井の聞き込みにより、いくつかのことが分かった。

「輸入雑貨店ですが、六年前に今のテナントで始めたようです。ネット通販もやっており、SNSに店の公式アカウントも持っています」

「投稿された内容からして、アジアン雑貨を主に取り扱っているようです。ネットの口コミによると店の評判は悪くなく、それなりに常連客もいる様子です。店員は二名のみ、いずれも男性とのことです」

「こちらですね」

 菱田がポケットから取り出したのは、店員の顔が写った写真だった。

「どこで手に入れたんだ?」

 野上が驚いてたずねると、菱田は少し困ったように笑う。

「それが、帰り際に善くんとばったり会いまして。話を聞くと、ここしばらく店の事務所に寝泊まりしてるらしいんです。それを家族に言わないことを条件に、画像を提供してもらいました」

 一枚は根岸栄と思われる三十代半ばの男性が写っていた。整った顔立ちに短い顎髭を生やしており、店の制服だろう緑のエプロンを着けている。背景は淡いグレーで店内ではなく事務所のようだ。

「男前じゃねぇか」

「いかにも根岸さんのお兄さんって感じがしますね」

 野上と葉沢が勝手な感想を漏らし、菱田はもう一枚の写真を手で示す。

「こっちは店員の篠原雄介。年は二十五、六で三年ほど前から働いているそうです」

 やや童顔な顔立ちの男だった。細身で髪は短く、あまり特徴らしいものがない。外にいる時に撮られたものらしく、服装は紺色のパーカーに水色のジーンズだ。

 根岸は一目で直感した。篠原雄介こそ、三件目の事件の時の怪しい目撃者だ。

「この彼も魔法使いか?」

「そのようです。ただし、暁月大学の卒業生ではなく、根岸栄がどこかでたまたま出会って拾ってきたらしいです」

 暁月善のくれる情報はあいかわらず曖昧だ。

「雇用主とアルバイトという関係に留まらず、今や相棒のような存在で、彼もまた事務所で寝泊まりしているとか」

「根岸栄はどうなんだ?」

「ええ、江古田の方にマンションを借りているようです。ですが、あまり帰らないようで、だいたいは店の事務所にいるという話です」

 野上は顎に手をやって考え込む。

「とりあえず杉田に二人の写真を見せるか。今度こそ『グロロの会』について口を割るかもしれない」

 すると菱田がどこか弱々しくたずねた。

「もし、口を割らなかったらどうするんですか?」

「その時は、任意同行を求めるしかないな」

 根岸は無性に不安になった。二十年近く顔を合わせていないとは言え、あの兄が素直に事情聴取を受けるとは思えない。

 ためらいの後で勇気を出して、根岸は野上を見た。

「あの、念のために伝えておきます」

 野上が視線を向け、根岸は深呼吸をしてから言う。

「根岸栄は中学三年生の時に、恐喝と暴行の現行犯で逮捕されました。面識のない男性から金品を巻き上げ、魔法により傷つけて……凶器は見つかりませんでしたが、現行犯ですから言い逃れできなかったようです。それで、少年院に送られました」

 根岸の両親が離婚するきっかけを作ったのは、紛れもなく兄だった。

「何を言いたい?」

「……彼は、平気で人を傷つけます。なので、任意同行を求めたところで、魔法を使って抵抗するおそれがあります」

「公務執行妨害だな」

 温井が声を低くして言い、根岸は唇を噛みたくなる。それで済んだらどんなにいいだろうか。

「それに、考えてみてください。彼は俺と同じ、純血を継いでいます。どんな幻獣を手懐けているか分かりませんし、最悪の場合、殺される可能性もあります」

 菱田はため息をつき、おどけるように肩をすくめて見せた。

「オレがいるのを忘れたんですか?」

「そうですよ、根岸さん。自分だっているんです」

 葉沢が励ますように言い、根岸はあらためて上司へ視線をやった。

「俺は誰にも傷ついてほしくないんです。どうか、よく考えてから指示をください」

 野上はふっと表情をゆるめて笑った。

「大丈夫だ、心配すんな。もっと自分自身を、俺たちを信じろ」

「……はい」

 それでも胸には不安が残る。根岸は泣き出しそうな顔になり、首を左右へ振ってごまかした。


 翌日、取調室で杉田は平然と言った。

「黙秘します」

 野上は思わず舌打ちを打つ。机の上に置いた二枚の写真を彼の前へ突き出し、あらためてたずねる。

「根岸栄と篠原雄介、二人と知り合いなんだろう?」

「はい」

「二人が『グロロの会』の関係者だってことは分かってるんだ。中心人物は根岸栄だ、そうだろう?」

「黙秘します」

「彼に指示されたんじゃないのか?」

 野上の剣幕にも杉田は涼しい顔をして返す。

「違います」

「嘘をつくな。本当のことを言え」

 すると杉田は呆れたように息をついた。

「だから、ずっと言ってるじゃないですか。すべて私一人でやったことです。四年前に送り犬を盗んだのも私で、復讐代行は送り犬のストレス発散です」

「だったら、どうして金を取らなかった?」

「送り犬のストレスさえ発散させられれば、私はそれで満足でした。それに他人から恨まれ、憎まれるような人間に存在価値などないんです。殺せば社会が少しだけ綺麗になります。まさに一石二鳥じゃないですか」

 杉田はわずかに口角を上げていた。

 野上はこらえきれずに拳をぐっと握る。杉田の淡々とした話し方には慣れたつもりだったが、つい苛立ってしまう。

 葉沢が不安げに野上と杉田の様子を見ており、野上は質問を変えた。

「それなら、根岸栄とは何年前に知り合った?」

「ええ、三年前だったと思います」

 野上は片眉をつり上げてたずねる。

「奇遇だな? 篠原雄介も三年前から、根岸栄の店で働き始めている。つまり、『グロロの会』の成立がその頃だったと見ていいな?」

「黙秘します」

 杉田は再び黙ってしまった。かすかな動揺さえ見せず、態度が変化することもない。

 これではらちが明かないと思い、野上は決断した。

「分かった。もういい」

 やはり直接彼らに会って、任意同行を求めるしかない。

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