3 事件の裏に

「そんな、まさか……」

 思いがけず動揺する根岸を菱田は振り返り、神妙に問いかける。

「根岸さんのお兄さん、ですね?」

 根岸は黙ってうなずいた。こんなところで兄の名前を聞くことになろうとは予想もしなかった。

 室内が緊張に包まれる中、温井が言う。

「野上さん、この件については根岸を外すべきではないですか? 身内が関与しているとなると、今後の捜査に少なからず支障が出ます」

 野上が返事に迷っている間に、根岸はわずかながら落ち着きを取り戻した。表向きだけでも平静を取りつくろう。

「いえ、心配にはおよびません。兄はもう戸籍から抜けているはずですし、もう二十年近く連絡を取っていません。俺にとっては他人です」

「でも、根岸さん……」

 葉沢が心配そうに声をかけ、根岸は首を左右へ振る。

「いいんだ、大丈夫。少し驚いただけだから」

「……そうですか」

 根岸は深呼吸を一つしてから野上を見た。

「続けてください」

「ああ」

 野上はうなずき、温井へ視線を向ける。

「根岸がああ言ってるんだ。何も気にすることはないだろう」

 温井は「分かりました」と、少し表情をやわらげた。先ほどの台詞は今後の捜査を心配したのではなく、根岸の心情をおもんぱかっての言葉だったらしい。

「で、その他に情報はあるのか?」

 温井は再び手帳を開き、ページをめくりながら言う。

「はい。根岸栄は池袋に輸入雑貨の店を持っているそうです。えーと、店名は『輸入雑貨プロスペーリ』」

 思わず根岸は葉沢と顔を見合わせた。葉沢も覚えがあったらしく、興奮した様子で言う。

「Wi-Fiの! この前見に行ったテナントビルの! ですよね!?」

「落ち着け、葉沢」

 と、根岸は冷静に彼の肩へ手を置きつつ、状況を飲み込めていない三人へ説明をする。

「先日、『アゲント』がインターネットに接続していた場所を確認しに行った時のことです。三階建てのテナントビルで、IPアドレスは一階にあるカフェに設置されたフリーWi-Fiのものだったんですが、二階にあったのが『輸入雑貨プロスペーリ』でした」

 野上と温井が目をみはり、菱田はどこか呆然としてつぶやく。

「つながった……」

 幻獣の密輸と幻獣連続殺人事件がつながった瞬間だった。

「どうやら『アゲント』はその店にいるってことになりそうだな?」

 野上が片眉を上げ、にやりと笑う。

「密輸と連続殺人がつながったわけだが、その中心にいたのは暁月善じゃなくて根岸栄だった。つまり、『グロロの会』の中心人物もまた、彼である可能性がある。異論はないな?」

 四人の部下たちはうなずいた。とうとう事件の黒幕が明らかとなり、自然に気が引き締まる。

 一方で根岸には安堵の思いもあった。

「暁月善は、やはりこちら側だったわけですね」

 彼は信用できる人間だったのだ。一時は疑いもしたが、味方だからこそヒントを与えてくれた。

「それだけじゃないですよ、根岸さん。善くんはきっと、あなたのお兄さんが関わっているのを知っていたから、根岸さんに接触してきたんだと思います」

 菱田の言葉にはっとした。

 暁月善は気づかせようとしていたのだ。根岸に、この事件の裏には兄がいるのだと。

「でも、それならもっと、直接的な方法でもよかったような」

 と、葉沢が首をかしげ、温井が半ば呆れたように返す。

「彼は『グロロの会』において『救世主』と呼ばれ、祭り上げられているんだ。困っているというのは事実だろうし、きっと助け出してほしいんじゃないか?」

 根岸も温井と同じ考えだった。

「密輸に関して知っていたことから、根岸栄とは親しい関係にあるはずです。裏切るには、まどろっこしい手段を取るしかなかったんでしょう」

 今の今まで気づいてやれなかったことが悔やまれるが、おかげで捜査は進んだ。追い詰めるべき相手が明確になり、これまで点でしかなかった情報が一つの形を表してくる。

「あの夜、送り犬を回収しに来たのは、『グロロの会』の一員としてだったんだな。それで杉田は生贄として差し出され、黒幕がいることをかたくなに隠している、と。まったく健気なもんだ」

 野上が苦笑いを漏らし、気を取り直して立ち上がった。

「よし、さっそく根岸栄について調べよう。それと、倉庫の方も確認したいな。密輸された幻獣が保管されているかもしれない」

 根岸は菱田と目を見合わせ、うなずきあった。

「根岸栄についてはオレと温井さんで調べます」

「倉庫の方には俺と葉沢が行きます。万が一危険な幻獣がいたとしても、葉沢がいれば大丈夫でしょう」

「決まりだな。さっそく動いてくれ」

 野上に「はい」と返事をし、魔法刑事たちは行動を開始した。


 経堂の貸倉庫は住宅地の中にあった。広々とした敷地の中に、いくつものコンテナが並んでいる。そのうちの一つを根岸栄が借りているという話だったが、調べるまでもなかった。

 車を近くの路肩に停め、二人は歩いて倉庫へと向かう。途中で気づいた葉沢が苦々しく言った。

「キラキラがこぼれてますね」

 端にあるコンテナの前に、遠目からでも分かるほど濃い残留魔力が確認できた。

 根岸は呆れと戸惑いからため息をつく。

「こうも分かりやすいとはな」

 二人はそれ以上近づくのをやめて立ち止まった。

「見る人が見れば一発で分かっちゃいますね。隠すつもりがないのでしょうか?」

「分からない。だが、他の二件も似たような状態だとするなら、魔法協会が密猟者の情報を得ていたのも当然だな。誰かが見つけて協会に連絡したんだろう」

 根岸の推測に葉沢はうなずき、コンテナをじっと見つめる。

「あの中に幻獣がいるんですよね。何だか、可哀想です」

 残留魔力は明らかに真新しいものだった。今現在、中に幻獣が保管されていると見て間違いない。

 根岸は暗い顔をする葉沢を見て、そっと彼の頭に片手を置いた。不器用にくしゃくしゃと撫でながら言う。

「気持ちは分かるが、中にどんな幻獣がいるかは分からない。もし人に危害をおよぼす種類だったら、その場で殺処分しなくちゃならないんだ」

「……世界魔法協会の定めたルール、でしたね」

「ああ、そうだ。俺たちだけで対処できるような幻獣とも限らない。今は捜査が優先だ。確認はできた。密輸された幻獣が倉庫に保管されている。この事実だけで十分だろう」

 葉沢はうなずいたが、すぐに顔を上げて根岸の手を振り払った。

「っていうか、頭撫でないでください!」

 突然の拒否反応に根岸は少々目を丸くした。

「嫌だったか?」

「ええ、子ども扱いされてるみたいで嫌です」

 葉沢はむすっとしており、童顔がさらに幼く見える。根岸は小さく笑みをこぼしながら返した。

「そうか。以後気をつける」

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