2 密輸の拠点
翌日、魔法捜査第一課では全員が難しい顔をして、野上のデスク前に集まっていた。
「確かに幻獣の密輸は、魔法協会にとって早急に解決したい問題だ」
野上が腕を組んだまま言い、息をつく。
「だが、それと今回の事件に関わりがあるかどうかは分からない」
「もし捜査を撹乱させるのが目的だとしたら、無駄骨になるってこともありますよね」
温井もまた慎重な態度を見せ、菱田がうなずく。
「オレもその可能性があると思います。でも、それならどうしてそんなことをする必要があるのか、という疑問もわくんですよ」
「暁月善の目的および動機について、今一度考えてみるべきです」
と、根岸も菱田の疑問に同意を示す。
野上はさらに眉間にしわを寄せ、首をひねった。
「そう言われてもな……杉田を差し出してきたのはあっちだろう? で、杉田は『グロロの会』とは無関係だと主張してる」
「しかも『グロロの会』について調べてみても、一向に実態がつかめないんですよね」
葉沢が困った顔をして仲間たちを見る。
暁月善の目的はまるで不明だ。こちらに杉田を渡し、根岸に接触してきた。捜査の攪乱が目的だったかどうかは分からないとしても「グロロの会」について教えてきたのは彼だ。
そしてしばらく姿を見せなかったかと思えば、昨夜の再会である。根岸は判断材料を提示した。
「彼は昨夜、ヒントをあげると言っていました」
誰かが小声で「ヒントか」と、つぶやいた。
根岸は伏し目がちにしていた目を上げて、現段階での考えを口にする。
「味方だとまでは言いませんが、おそらく彼はこちら側だと思います。『救世主』と呼ばれて困っていることは事実で、昨夜も言葉通りにヒントを与えに来たのではないでしょうか」
どちらとも言えない空気が男たちの間を漂う。野上は喉の奥で小さくうなり、温井は視線を下げ、葉沢は息をついた。唯一、菱田だけが口を開く。
「そう考えた方が筋が通ると思います。でも、そうではなかった場合のことも頭に入れておくべきです。妥協点としては半信半疑になるしかないかと」
目を閉じて野上はうなずいた。
「そうだな、暁月への警戒をゆるめるわけにはいかない。だが、もし密輸の件を調べて『グロロの会』につながるとしたら、信用してもいいのかもしれない」
根岸はもう一つ、捜査をする上で手がかりとなり得る情報を口にした。
「他にも彼との会話で気になったことがあります。魔法協会は杉田が『グロロの会』に所属していることを把握していたから、送り犬の盗難事件を隠蔽しました。それにもかかわらず、我々は『グロロの会』についての情報を得られていません。それを彼は当然だと言っていました」
「まさか、まだ何か隠してるのか?」
温井が首をひねり、菱田は視線をそらす。
「少なくとも、両者の間に何らかの事情があると見ていいでしょうね」
「こうなったら調べるしかないな」
野上は椅子に座り直すようにして、机の上で両手の指を組んだ。
「協会が密輸の件をどうにかしたいと考えているのは確かだ。だから、あくまでも密輸について調べを始めた、という体で聞き込みをしてくれ」
「分かりました」
根岸はうなずいたが、葉沢が不安そうにたずねる。
「それって、騙すってことですか?」
純粋なのは結構だが、まだ若い彼にはそうした
野上は言葉を変えて説明した。
「騙すんじゃない、伏せておくんだ。嘘をつくのとも違う。あちらにそう思い込ませて、協力を得るだけのことだ」
葉沢は腑に落ちない顔をしていたが、かまわずに野上は指示を出した。
「魔法協会には菱田と温井で行ってくれ。根岸と葉沢は過去の幻獣密輸について調べろ。ついでに使えそうな法律がないか頭に入れておけ」
「分かりました」
それぞれに返事をして素早く行動を開始する。
根岸は葉沢の様子が気がかりだったが、今は黙って様子を見るだけだった。
幻獣はもう一つの世界に暮らす生き物だ。世界の境界は曖昧で、狭間に魔法使いたちが立つことで二つの世界のバランスを取ってきた。
こちらの世界に迷い込んだ幻獣があれば保護し、あちらの世界へ返す。それが魔法使いの本来の仕事だ。
「幻獣の密猟が問題になったのは、近代に入ってからだそうだ。それ以前にもやっていた者はいただろうが、はっきりと文献に記されたのは千八百八十三年のドイツが最初だ」
デスクで古い書籍を開きながら根岸は言った。
「わりと最近なんですね」
と、隣で同じように資料にあたっていた葉沢が返す。
「そうだな。日本では戦後のことだとされているし、高度成長期やバブルとともに、幻獣ビジネスが発展してきたらしい」
「だから法律がないんでしょうか。世界魔法協会では密猟および密輸問題を何度となく取り上げて、各国に厳しく取り締まるよう求めているのに、日本にはまだ取り締まる法律がなくて、罰則もないなんて……」
根岸はため息まじりに返した。
「動物の密輸に関しても、まだまだ日本はゆるいからな。残念だが、幻獣に関する法律ができるのはずっと先のことだろう」
午後一時を過ぎた頃、菱田と温井が慌てた様子でばたばたと帰ってきた。
「分かりました! 分かりましたよ、野上さん!」
めずらしく菱田が大きな声を上げ、野上のデスクへ一直線に駆け寄る。
「魔法協会はすでに何件か、密輸の拠点となっている倉庫を見つけていました!」
「本当か?」
野上が目を丸くし、菱田の隣に立った温井が手帳を取り出す。
「ええ、間違いありません。倉庫の持ち主および契約者の名前も判明しています」
根岸と葉沢は作業の手を止めて、温井の報告に耳を澄ませた。
「まずは大阪府西成区千本南二丁目の貸倉庫で、オーナーは小泉清一郎。現在は水谷光という人物が使っています」
魔法協会がすでに情報をつかんでいたことは驚きだが、いずれも東京からは距離がある。グロロの会とのつながりはまだ見えない。
「二件目は宮城県仙台市若林区若林七丁目、オーナーは久野由美子。契約者は林和伸です」
そこまで判明していながら、密猟者を野放しにしているとは情けない。だが強く出ることができないのは、有効な法律がなく、魔法協会の権力がおよばないからなのだろう。
魔法捜査第一課に寄せられる期待と責任が、今になって重たく感じられた。
「それと三件目、こちらが都内になります。世田谷区経堂一丁目、オーナーは瀬川亮二で契約者の名前なんですが……」
温井は何故か一度言葉を切ってから、緊張した口調で告げた。
「根岸栄です」
根岸の心臓が激しく動悸した。
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