2 ヴィーヴ・ラ・サヴァント

 取り調べ中の野上を呼び出し、手短に情報を伝えた。野上は苦い顔をして、昼には戻ると返した。

 十一時半を過ぎた頃、野上は葉沢とともに戻ってきた。

「取り調べの方はどうでしたか?」

 と、菱田がたずねると野上はため息をついた。

「認めたよ、全部な」

 根岸たちは目を丸くした。いくら何でも自白が早すぎる。

「十八件、すべて自分がやったと言い張っている」

 野上が言いながらデスクへ向かい、どさりと座り込んだ。

「『アゲント』も自分だって言ってたが、スマホは所持していなかった。それなのに『アゲント』が投稿をしたんだったな、新浦」

「はい。投稿は今朝の一度だけですが、内容は実に不穏なものでした。翻訳したものを読み上げますね」

 新浦がパソコンの画面を見ながら静かに言う。

「とても楽しい夜だった、犬はもう眠っているから安心して」

 根岸は目を伏せて小さくため息をついた。

「犬、というのは回収していった送り犬のことですよね。おそらく殺処分したとでも言いたいのでしょう」

 菱田が後半部分を分かりやすく言い換え、野上は腕を組んだ。

「共犯者がいるのは確実だな。その最有力候補が暁月善だ」

 あらためて信じられない思いがわき起こる。しかし、根岸には他に気になることがあった。些細なことだが、確かめてみたら現状の推理をくつがえせるかもしれない。

 しかし、根岸が口を開く前に温井が言った。

「そういえば、送り犬はやっぱり盗まれた子犬だったんですか?」

「ああ、それも認めたよ。杉田は当時、暁月大学の魔法生物学科に在籍中だったから、保護研究センターに忍び込むのは簡単だったそうだ。四匹盗んで三匹返したのは、協会が事件を大事にしないよう、わざとやったらしい。元々盗むのは一匹だけのつもりだった」

 三人はそれぞれに相槌を返した。

「盗んだ送り犬は自分の手で育てたが、以前からストレス発散が必要だと感じていたらしい。ずっと室内で育てていたため、外に出して自由に暴れさせてやりたかったという。

 だが、送り犬は体がでかい。外に出したら最悪の場合、誰かを殺してしまうかもしれない。だったら、初めから死んでもかまわない相手を用意するべきだと考え、『復讐代行』を思いついたんだそうだ」

 辟易したように野上がため息をつく。杉田の残虐なアイデアに、根岸たちも複雑な思いを抱いていた。

「そういった理由から、復讐代行による報酬は受け取ってないらしいが、これは依頼者に聞いてみないと分からないな。

 それとジャッカロープに関しては、昔から飼っていたそうだ。まあ、野生の個体が時々迷い込んでくるからな。それを保護してペットにしていても不思議はない」

 ふと根岸は隣の席へ視線をやり、浮かない顔の葉沢へたずねた。

「何かあったのか?」

「あ、いえ……」

 葉沢がちらりと根岸を見てから、野上と目を合わせた。野上が小さくうなずき、葉沢は口を開く。

「取り調べの合間に杉田が何度か言っていたんです。ヴィーヴ・ラ・サヴァント、と」

 真っ先に気づいたのは新浦だった。

「それ、『アゲント』のプロフィールに載ってた言葉ですよ。ほら、これです」

 素早くプロフィール画面を表示させ、新浦は自己紹介欄の終わりの辺りを示す。最後の一文に「Vivu la savanto.」とあった。

「意味は『救世主万歳』」

 誰もが背筋に嫌なものを覚えた。

 新浦は落ち着いた調子で話を続ける。

「エスペラント語が使われてると判明してから、少し勉強したんです。この『la』っていうのは英語の『the』にあたります。つまり、その救世主という意味ですね。分かりやすく言うと、救世主と呼ばれる何者かがいる、ということです」

 その時、根岸は暁月善との会話を思い出した。

「この『救世主サヴァント』という言葉ですが、以前、暁月氏から聞かされたことがあります。俺と二人きりになった時に、サヴァントを聞いたことがあるかとたずねられたんです」

 仲間たちの視線がこちらに向くのを感じ、根岸は振り返りながら結論する。

「聞き馴染みのない言葉でしたので、その時は正直に、聞いたことがないと答えました。あの時、彼は俺たちがどこまで情報をつかんでいるのか、確かめようとしたのかもしれません」

 野上がわずかに片眉を上げた。

「やっぱり調べるしかなさそうだな。暁月家を敵に回すのは避けたいから、まずは杉田と暁月善の関係から調べよう。それと杉田のアリバイの裏付けだ。協会に行って勤怠表をもらって来て照合すれば、本当にあいつ一人で全部やったのかどうかが分かるだろう」

 はっとして根岸は今こそ言い出すべきだと思った。

「共犯者がいることを確認する方法ですが、もう一つあります」

「何だ?」

 野上が視線を寄越し、根岸はわずかに緊張しながら言う。

「三件目の事件で、犯人と思われる怪しい目撃者がいましたよね。調布署の鶴田刑事に杉田の顔を見せて、あの時の目撃者が彼だったかどうか、確かめるんです」

「つまり根岸は、怪しい目撃者が杉田ではないと考えているんだな? 根拠は?」

「声です。杉田は張りがあってよく通る声をしていますが、鶴田刑事は声について何も言いませんでした。見た目が平凡でも声に特徴があれば、そう言うはずです」

「なるほど。分かった、面通しさせよう」

「ありがとうございます」

 根岸は肩から少しだけ力を抜いた。

「それじゃあ、さっそくオレたちは協会へ行ってきます」

 話が一段落したのを見て取り、菱田が立ち上がった。しかし、野上はすぐに片手を出して制止した。

「いや、待て。菱田には他にやってほしいことがある。暁月家および純血周辺の人間について、知っている限りのことを資料にまとめてくれ。時間があまったら親戚縁者にあたって、最近の情報を集めろ。噂話でもかまわない、どんな小さな情報も逃すな」

「分かりました」

 少々がっかりしたように菱田が椅子へ腰を下ろし、野上は次に温井へ視線を向けた。

「杉田の取り調べは温井と葉沢でやってくれ。暁月善との関係を何としてでも聞き出せ。もし黙り込んだら……分かるよな? 温井」

「ええ、使えるものは何でも使いますよ」

 にっこりと温井が笑い、野上は根岸へと視線を戻す。

「協会に行くのは俺たちだ。いいな?」

「はい、分かりました」

 野上と二人で行動するのは初めてだ。根岸は先ほどの緊張が戻ってくるのを感じた。

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