第6話 夜の公園
1 捜査の作戦
翌日、魔法捜査第一課では朝からおとり捜査の作戦を練っていた。
「幻獣が現れるのは夕方から深夜にかけてです。人のいない時間および場所を狙って、犯行におよんでいるものと考えられます」
根岸は冷静に事件を分析して言う。机の上にはこれまでの捜査資料がずらりと並んでいた。
「犯人は依頼者からもたらされた情報を元に、ターゲットを特定していると思われます。そのために次の犯行までの期間が短かったり、長かったりとバラバラになるんです」
「つまり、最初から本名と顔が分かっていれば、すぐに犯行が行われるということですね」
菱田の言葉にうなずき、根岸は続ける。
「ただし、これまでの依頼者はいずれもネットトラブルの相手を指定しています。いきなりリアルの人物をターゲットにすると怪しまれるでしょうから、ネットトラブルがあったように見せかける工作が必要だと考えます」
新浦が頼もしくうなずいた。
「そういうことなら任せてください。工作用アカウントはいくつも用意してありますから、いつでも動き出せますよ」
「ありがとう、新浦。工作についてはそっちに一任する」
と、野上が返し、気合十分に新浦は「はい」と返す。
根岸は話を進めた。
「野上さんを復讐のターゲットに指定するとして、犯人が特定するには早くても三日かかります」
「ということは、依頼をした三日後からオレたちの作戦が始まるわけです」
ここからは菱田の出番だ。
「これまでの被害者の状態からして、やはり最初はじゃれついてきたと考えるべきでしょう。その際、被害者の多くは幻獣の姿が見えないために恐怖し、抵抗したと思われます」
「それが引っかき傷などの防御創として表れています」
温井が説明を補足し、菱田は続ける。
「その後、飼い主の命令により幻獣は被害者の体へ深く噛みつき、肉を食い破ります。それが一分後か五分後かは分かりません。なのでオレたちは、幻獣の姿が見えた時点で野上さんを守る態勢を取るべきです」
「となると、防御壁を張れる葉沢には近くにいてもらわなくちゃな」
野上がそう言って葉沢へ視線をやる。葉沢はやや緊張した面持ちで返した。
「幻獣が野上さんの元へ行く前に、守ればいいんですね?」
「それがいいね。でも周囲は暗い場所のはず。万が一に備えて、回復ができるオレも近くにいた方がいいと思います」
菱田の提案に根岸たちはうなずいた。
「野上さんを守る役を葉沢と菱田がやるなら、幻獣の相手は僕と根岸になるな」
温井が少し心配そうに根岸を見た。根岸は一つ息をついてから言う。
「俺は幻獣特効タイプです。おそらく戦闘になるでしょうから、俺を中心として温井さんにはサポートをしてもらうのがいいと思います」
仲間たちの視線が根岸に刺さる。野上が優しい声で確かめた。
「やれそうか?」
「……はい」
心はまだ決まっていなかったが、やるしかないとも思っていた。魔法捜査一課にいる以上、避けては通れない道だ。いずれ迫られる覚悟なら、さっさと済ませてしまう方がいい。
「よし。それじゃあ、具体的な配置を決めよう」
野上がそう言って紙の地図を広げた。吉祥寺駅を中心としたもので、野上の家までの道のりが赤い線で書かれている。
「俺の家なんだが、『ウミガメの紅茶』の近くにある通りを行くのが最短距離だ。だが万が一、紗千香ちゃんや店を巻き込んでしまったら嫌だから、少し遠回りをするようにしたい」
温井が熱心な顔でうなずく。彼にとっても「ウミガメの紅茶」は守るべきものだった。
野上がボールペンを手にし、青いインクで駅から自宅までの別ルートを記す。
「このルートだと、途中に小さな公園がある。周りも住宅街で夜は静かだ。特に暗いのが大通りを越えた辺りからここまでだから、襲撃されるとしたらこの区間だろうな」
駅から離れた住宅街の細い路地だった。ちょうど真ん中辺りに、小さな公園が位置している。
「葉沢と菱田はどちらかが公園で待機、もう一方は路地を挟んだ隣の道を起点に俺を尾行してくれ。離れすぎず、近づきすぎないようにな」
しっかりとした声で葉沢が返す。
「分かりました」
「ただし、怪しいやつが俺の後をつけていた場合は、二人とも公園で待機だ。作戦がバレたらまずい」
菱田は「ええ、そうですね」とうなずいた。
野上は次に根岸と温井へ視線をやった。
「君たちは……そうだな、走るのが速いのはどっちだ?」
根岸は温井と目を見合わせた。警察官たるもの、体力には自信がある。しかし、脚力となると話は別だ。
「俺は学生時代、バレーボール部でした」
「僕、前にいた署で剣道の代表選手だったよ」
びっくりして根岸は聞き返す。
「もしかして特練員だったんですか?」
「刑事になる前の話さ。個人的にトレーニングは続けてるけどね」
野上がすぐに判断を下す。
「じゃあ、温井は区間の後方で待機だ。いつでも駆けつけられるように準備しておけよ」
「分かりました」
温井がうなずき、野上は続ける。
「根岸は前方、大通りの横断歩道を渡ったところで待機していろ。もし俺をつけているやつがいたら、そいつを尾行するんだ」
「分かりました」
返事をしながら、根岸は不安と緊張を感じていた。尾行などしたことがないが、いよいよ刑事らしい任務を与えられたと思い、わくわくする気持ちもあった。
すると、それまで黙っていた新浦がおそるおそると口を出してきた。
「あの、ネットトラブルを工作するのに、野上さんの情報をいくつか投稿しておきたいんですが。家の近所の写真とか、ありませんか?」
野上はきょとんとしつつもポケットからスマートフォンを取り出した。
「どういう写真がいいんだ?」
「風景が写っているやつですね。電柱やマンホール、店の看板やビルなんかが写ってるといいです」
「うーん……あんまり、そういうのは撮ってないな」
苦々しく野上が返し、新浦は言う。
「あ、家族の写真でもいいですよ。お子さん、いらっしゃいますか?」
根岸たちはふと野上に注目してしまった。彼の家族の話はまだ聞いたことがなかった。
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