3 根岸と暁月善

 すると暁月は言った。

「あっ、もしかして協会から追い出されたの?」

 当たらずといえども遠からずだった。根岸と葉沢が思わず戸惑うと、暁月はまた言った。

「あれ、違う? みんなして暗い顔してるから、協会の人たちと何かあったのかなって思ったんだけど」

 そこまで見抜かれてしまっては仕方がない。外から菱田が苦笑まじりに言った。

「欲しい情報を聞き出すのに手間取ってるだけだよ」

「分かった。送り犬が盗まれた話でしょ?」

 根岸たちは一斉に目を丸くした。

 菱田が助手席のドアを勢いよく閉め、すぐさま後部座席へ乗り込んでくる。

「温井さん、車出して! どこでもいいから!」

 慌てて温井がアクセルを踏み、暁月は助手席へきちんと座るとシートベルトを装着した。

 菱田に押されるようにして根岸と葉沢は横へずれ、座り直しながらシートベルトを着ける。

 暁月は後部座席を見ることなく、どこか子どもっぽい口調で言った。

「あーあ、ついに分かっちゃったんだ。智己兄ちゃん、誰から聞いたの?」

「それは言えない。でも、他に情報源がいなくて困ってた」

 菱田の言葉に暁月はふんふんとうなずく。

「四年前だっけ? 俺はその頃、まだ高校一年だったけど、送り犬の子犬が生まれたことは知ってたよ」

 大学から少し離れたところに暁月大学付属の中高一貫校がある。当時、暁月はそこの生徒だったらしい。

「それで幻獣飼育部っていう部活があってさ、先輩たちが子犬を一匹もらいに行ったんだよね。今もまだ学校で飼育されてるよ」

「高校の生徒が入ってもいいんですか?」

 根岸の問いに暁月は返す。

「普段は関係者以外立入禁止なんだけどね、飼育部員は顧問の同伴があれば入れるんだよ。で、飼育部だった人の多くがそのまま魔法生物学科に入るってわけ」

 暁月大学および附属高校の卒業生である菱田が説明を挟んだ。

「魔法使いの主な仕事は、幻獣の保護と管理ですからね。飼育部は幻気術学科ではメジャーな部活なんです」

「うん、メジャーだし大人気。だから俺も飼育部だったし、当然のように魔法生物学科に在籍してるよ」

 根岸は内心で腑に落ちた。暁月が幻獣を好きだというのは本当らしい。

「で、話を戻すけど、確か送り犬が盗まれたのは、子犬が生まれてから三ヶ月になる少し前じゃなかったかな。その一週間前に飼育部の先輩たちが子犬をもらいに行ってた。生まれた子犬は全部で六匹。高校で一匹引き取ったから、その時は五匹になってたはずだね」

 暁月は大学生という自由な身分のためか、何の躊躇もなく話し始めた。

「で、盗まれたのが四匹。出勤した研究員が発見して知らせ、その日は協会全体がパニックになった。けど、数時間後に三匹が見つかったんだったね」

「残りの一匹は?」

 根岸がたずねると暁月は答えた。

「見つからなかった。今もまだ見つかってないってことになってるはずだけど、最近、幻獣による殺人事件が起こってるよね? それ、たぶん盗まれた送り犬だよね。協会も薄々そう気づいているから、事実を隠してるんじゃないのかな?」

 菱田が真剣な表情で結論を口にする。

「そうか。当時事件化しなかったことに加えて、犯罪者の手に渡っているとなれば、協会は無関係を貫くしかない。警察を敵に回してでも、盗難事件と今回の事件とを結びつかせるわけにはいかなかったんだ」

 隠蔽しようとする理由は分かった。だが、根岸はどうも腑に落ちない。

「ですが、元々は盗まれたんですよね? 今からでも盗難届を出せばいいのでは?」

「それができないんだよ。他にも事情があるからね」

 暁月はそれを知っているのかいないのか、とても微妙な口ぶりだった。

 菱田が逡巡の後で問う。

「善くん、他に話せることはないかい?」

「うーん、ないこともないけど……」

 暁月はちらりと後ろを振り返って根岸を見た。

「根岸さんと二人きりにさせて。そしたら教えてあげる」

 菱田と葉沢の左右から視線を送られ、根岸は微妙な気持ちになった。暁月が自分に会いたがっていたことが思い出された。


 駅前の喫茶店に入り、奥の二人席に着いた。

「まずは俺を指名した理由を教えてくれますか?」

 ホットコーヒーを前に根岸がたずねると、暁月はにっこりと笑った。

「だって根岸さん、絶対強いから」

「何がですか?」

「まだ秘密」

 暁月は新作のフラペチーノへスプーンを差して、満足気にホイップクリームを口へと運ぶ。

 ため息をつき、根岸はコーヒーを少し飲んでからたずねた。

「それでは、他に暁月さんの知っていることを教えてください」

「善でいいよ」

「さすがに呼び捨てにはできません」

 根岸がそう返すと、暁月は気にすることなく話し始めた。

「当時、幻獣保護研究センターの警備はゆるゆるだったんだ。夜間は警備員が見回りをしてるけど、認識してない人が間違えて幻獣のいる部屋に入ったら危ないから、中を見ることはなかったんだって。だから外にいる警備員の目さえ盗めれば、簡単に中へ入れたんだよ」

 手帳は取り出さずに話を聞いていた。

「それで?」

「当時、子犬が生まれたことを知っていたのは、協会の職員と研究室の人たち、魔法生物学科の学生と講師。そして高等部の飼育部員と顧問に限られる」

 協会職員は現在で五十人程度、研究員の数は知らないがそう多くはないだろう。魔法生物学科の学生も全学年合わせて八十人程度だったはずだ。講師や教員、飼育部員を含めても合計で二百人ほどか。実際はそれより少ないかもしれない。

「魔法生物学科の学生の一人か二人が毎年、協会職員になってるね。うちに大学院はないけど、希望すれば研究室に残れる。といっても、数人残ればいい方だよ。他の人たちはみんな普通に就職してる。フリーターも少なくないんだってね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る