2 秘密の捜査会議
緊張を覚えながら、根岸は慎重に言葉を紡ぐ。
「私たちが得た情報によりますと、一匹だけ見つかっていないとのことでしたが」
「ええ、後から見つかったんですよ」
「それでは、盗んだ犯人も見つかったのですね?」
袖森が言葉に窮した。しかしそれはほんの一瞬で、すぐにまた笑みを浮かべる。
「ええ、そうです。職員の一人でしてね、責任をとってやめていきましたよ」
嘘だろうなと根岸は思う。袖森は事実を隠そうとしている。正直に口外できない事情が背後にある。
「報告書を見せていただけますか?」
根岸が再度求めると、袖森は仕方がないというように返した。
「もう四年も前ですからね。まだあるか分かりませんが、総務課へ行ってみてください。過去の情報はすべてそちらで管理していますので」
いきなり話が展開したことに、根岸は戸惑いと疑いを抱く。このまま素直に従ってもいいのだろうか。
黙り込んでいると葉沢の視線を感じた。純粋な彼は袖森を疑っている様子が見えず、言われたとおりに従う気でいるようだ。
根岸は仕方なく笑みを返した。
「分かりました、総務課ですね」
「ええ」
「では、お時間をいただきありがとうございました」
根岸は腰を低くして言い、葉沢に先へ行くようにうながしてから立ち上がる。
袖森も腰を上げ、出ていく二人を無言の笑みで見送った。
根岸と葉沢が総務課へ行くまでに一分もかからなかった。しかし、室内へ足を踏み入れた時には、すでに業務用シュレッダーが作動していた。
根岸たちの姿を見て、四十代と思われる女性が立ち上がる。
「送り犬の報告書でしたね。残念ながら、前年度の書類整理の際に廃棄してしまいました」
とっさに根岸が視線をやったのはシュレッダーだ。その前に立っているのは、先ほど茶を運んでいた若い女性職員だった。心なしか顔が青白く、強く引き結んだ唇から異常な緊張が見て取れた。
「前年度というと最近ですね」
根岸はあくまでも冷静にたずね、こちらへやってきた職員が何も悟らせない笑みを向ける。
「ええ、もう少し早ければお渡しできたんですが。もっとも、あれはもう解決したことですので、見たところで何も変わりはしないかと」
書類の裁断を終えたシュレッダーが動きを止め、根岸は葉沢を振り返る。彼は小首をかしげ、がっかりしたような顔をしていた。
どうしたものかと考えて、この場はひとまず引くことにした。
「分かりました。ありがとうございました」
軽く頭を下げて総務課を出る。
根岸は廊下を階段の方へ向かって歩きながら、葉沢にだけ聞こえるように言った。
「菱田たちと合流しよう」
葉沢は小さく「はい」とうなずいた。
本来は味方であるはずの魔法協会が、何故こうまでして事実を隠蔽しようとするのか、根岸には不可解でならなかった。
「菱田は気になることがあると言っていたな。おそらく、丸山教授に関するものだ。となると、協会の隠蔽と関係している可能性が高い」
事務センターを出るなり、根岸は葉沢へ説明した。
「お前も報告書をシュレッダーにかけていたのを見ただろう?」
「あっ、あれってそういうことだったんですね」
「盗難事件はどうしても隠したいことらしい。すると、教授の身が危ぶまれる。すぐに菱田へ連絡したいところだが、聞き出せる情報はすべて聞き出してほしいとも思う」
「それじゃあ、連絡はしないんですか?」
「ああ、待とう」
根岸は幻獣保護研究センターの前で二人を待つことにした。いずれにしても長時間にはならないだろう。
読みどおり、十分ほど経つと建物から二人が出てきた。
菱田の表情は微笑んでいるが、明らかに引きつっている。あちらも嫌な情報を得た様子だ。
こちらへ来るなり菱田は言った。
「車へ戻りましょう」
四人は一度大学の敷地内を出て、近くに停めていた車へと戻る。口火を切ったのは根岸だ。
「盗難事件について知ることはできませんでした。協会は何故か事実を隠しています。報告書をシュレッダーにかけるほどの徹底ぶりです」
運転席に座った温井がため息をつく。
「やっぱりな。教授も言ってたんだけど、盗難事件のことはタブーになっているらしい。昨日、教授の様子がおかしかったのは、送り犬の盗難事件について話そうかどうか、迷ったからだそうだ」
口外する決心をした教授へ、根岸は心の中で感謝した。話してくれていなければ、自分たちは何も知らないままだっただろう。
「話したことがバレたら大学を追われかねないと、教授は言っていました。なので、残念ながらこれ以上の協力はできないと」
菱田がやや沈んだ表情で言い、根岸はたずねる。
「送り犬がまだ一匹見つかっていないというのは本当なのか?」
「ええ、それは事実のようです。でもその送り犬が誰の手に渡ったかが分からない。いや……もしかすると、協会は知っているのかもしれません」
「どういうことですか?」
葉沢が口を出し、菱田は推理を披露する。
「事実を隠蔽したということは、送り犬の行方が分かっているからではないでしょうか。でもそれを隠さなければいけない何らかの事情がある。だから報告書を見せるわけにはいかなかったし、この事件について警察に突かれたくなかったんです」
「それで職員たちには口外を禁止した、か。十分にありえるな」
根岸は先ほどの出来事を思い出しながらつぶやいた。
袖森は警察である根岸たちを嫌がっている様子だった。それが急に態度を変えたのは、報告書を処分したことにすればいいとひらめいたからだろう。その後、実際に処分を命じたために、根岸たちは報告書を見せてもらえなかった。
「困ったことになりましたね」
葉沢が眉尻を下げて息をつくと、外から車の窓をこんこんとたたく者があった。
はっと振り返った根岸は目を見開き、気づいた菱田が助手席のドアを開けて声をかける。
「善くん、どうしたんだい?」
ミルクティーブラウンの髪をした青年はにっこりと微笑んだ。
「そっちこそ、こんなところで何してるの? 秘密の捜査会議?」
「ああ、いや……えーと」
めずらしく菱田がたじろぎ、暁月は勝手に車内へ入ってくると根岸を見た。
「また会ったね、根岸さん。葉沢さんも」
「どうも」
どう返すのが正解か分からなかったため、二人とも微妙な会釈をするばかりだ。
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