4 アゲント
現代社会を見てみれば、他の大学も似たようなものだろう。正社員になれたとしても、その後会社をやめる者もざらにいる時代だ。
「ということは、当時を知る人間が協会の中にいるんですね」
「うん。俺はその人たちの名前を言えるけど、会長の孫だからね。大人たちにとやかく言われたくないから、これ以上はやめとくよ」
「教えてもらったところで、彼らの協力が得られるとも思えませんがね」
根岸は辟易してつぶやいた。
結局、いい情報は得られなかった。わざわざ二人きりになる必要もなかったのではないだろうか。
半分残したホイップクリームをぐるぐるとドリンクにかきまぜ、暁月は根岸を見た。
「ところで根岸さん、『サヴァント』って聞いたことある?」
急に聞き慣れない単語が飛び出し、根岸は眉間にしわを寄せた。
「いえ、今初めて聞きました」
「そっか。じゃあ、いいや」
そう言って暁月はストローへ口をつけ、フラペチーノを飲むことに集中し始めた。あいかわらずマイペースでよく分からない青年だ。
根岸は小さく息をつくと、無言でカップへ口をつけた。
「以上のことから、今後、魔法協会の協力は得られないと思われます」
魔法捜査第一課へ戻り、代表して菱田が報告をした。
椅子に座ったまま野上はうつむき、頭をがしがしとかいた。
「まったく、なんてことしてくれてんだ。協会の協力があるから、俺たち魔法捜査一課もやっていけるって踏んだのに……ああ、くそ」
頭を抱える彼を見て菱田も困惑をあらわにする。
「裏切りにも等しい行為ですよね。これで犯人が逮捕できなければ、上層部に無能扱いされかねません。そんなことになれば……」
彼らの苦労が台無しになる。胸に鈍い痛みを感じた根岸だが、野上はすぐに思考を切り替えた。
「だが、あきらめるにはまだ早い。一つ、いい知らせがあるんだ」
無意識にうつむいていた顔をふと上げて、根岸は野上を見つめた。
「一時間ほど前にサイバー犯罪対策課から報告があってな。被害者たちの共通点が分かった」
真相につながる糸はまだ残っていた。
「根岸が予想したとおり、全員がそれぞれにネットトラブルを起こしていたんだ。さらに興味深いことに」
言いかけたところで扉が開き、ノートパソコンを抱えた新浦が入ってきた。
「みなさん、お疲れさまです」
と、にこやかにやってきては、誰も使っていないデスクへ荷物を置いた。
怪訝に思う根岸たちへ野上が言う。
「新浦にも捜査に加わってもらうことになった。どうやら今回の事件にはインターネットが深く関わっているようだからな」
「サイバー犯罪対策課から来ました、新浦です。どうぞよろしくお願いします」
新浦は先日と変わらない優しい笑顔で頭を下げた。
頼もしい仲間が一人増えた。根岸は率先して「こちらこそ、よろしくお願いします」と返す。
他の三人もそれぞれに挨拶をしたところで野上が言う。
「さっきの話、あらためてしてもらえるか?」
「ええ、いいですよ。新しい情報もありますからね」
いそいそと新浦はパソコンを起動させ、立ったまま話を始めた。
「まずは先にいただいた七件に関して、全員が他のユーザーとネットトラブルを起こしていました。中には一部の界隈で、アンチとして有名だった人もいました。
で、そのトラブルの相手について調べてみたんですが、なんと、全員が特定のアカウントをフォローしていたんです。それがこちらです」
画面に表示されたのはあるユーザーのプロフィール画面だ。名前や自己紹介欄に見慣れない言語が並んでおり、新浦は続ける。
「こちらの言語はエスペラント語と言いまして、世界共通語として作られた人工言語です。名前の『agento』は『アゲント』と読み、代理人や代行者という意味だそうです」
根岸は単語の雰囲気に引っかかりを覚えた。しかし一瞬で別の思考に上書きされる。
「代行者、ですか」
「ええ。投稿内容はいたって平凡で、都内の観光名所や話題のグルメ、スイーツなどの感想を画像とともに投稿しているんですね」
新浦がマウスのホイールを回して下へスクロールする。
画面をのぞき込んでいた菱田が言う。
「一見すると外国人観光客のような雰囲気ですね」
「ええ、そうなんです。ですが、この投稿を見てください」
新浦がクリックしたのは画像がついていない文字だけの投稿だった。
「こちらの文章をですね、翻訳にかけましたら」
文章をコピーしてから新しいタブを開いて翻訳ページを表示し、枠内にペーストして見せた。瞬時に翻訳結果が現れ、根岸たちは思わず息を呑む。
書かれていたのは「あなたの代わりに復讐します」という文章だった。
「この復讐代行についての宣伝を、毎週水曜日の午後十時に投稿しているんです。ということは、おそらくこのアカウントの持ち主が犯人でしょう」
新浦が得意顔になって「ね?」と、魔法刑事たちを見やる。ここまで突き止めたことを褒めてもらいたい様子だが、根岸たちは戸惑うばかりだ。
「確かにそう考えるのが妥当だが、証拠がない。アカウントの持ち主を特定しても、証拠がなければ逮捕できないぞ」
野上が冷静に返し、菱田が指を折って数えながら続ける。
「実際に依頼がされたのかどうか、実際に依頼を遂行したのか、それと幻獣を飼っているのかどうか。これら三つのうち、どれか一つでも証拠が出てくれば、その先へ進めるんですが……」
現時点ではいずれも証拠がない。
新浦は少々残念そうにしながら言った。
「うーん、そうですね。もう少し調べてみます」
そして椅子へ座ったかと思うと、鞄から資料の束を取り出した。
「こちら、現時点でお渡しできる資料です。どうぞ」
「ありがとうございます」
近くにいた葉沢が受け取り、人数分プリントアウトされたそれを一人一人に配って回る。
大まかでも情報を頭に入れるべく、根岸は資料をめくった。被害者のアカウントとネットトラブルを起こした相手、そして「アゲント」のプロフィール画面が印刷されていた。
「それにしても、復讐代行か。嫌な仕事だな」
ふいに温井が唇をへの字に曲げてつぶやき、その隣で菱田が言う。
「被害者たちにつながりがないのは当然だったわけですね。いわばターゲットだったわけですから」
「ああ、通り魔でも無差別でもないことがこれで確かになった」
と、野上が納得した様子で首を縦に振る。被害者たちの共通点は判明したが、問題なのはこれからだ。
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