3 サイバー犯罪対策課

 話を聞くことができたのは直属の上司である課長と同期の男性からだった。しかし被害者の様子におかしなところはなく、何か悩んでいる風でもなかったと言う。

 どうやら表向きは普通に振る舞えるタイプの人間だったらしい。他の社員からの評判も悪くなく、勤務態度にも問題はなかった。

 そのため、インターネット上で複数の人に誹謗中傷をしていたと話すと驚かれた。ありえないとこぼしたのは同期の男だ。

「そりゃあ、去年奥さんと離婚してからは落ち込んでましたし、多少荒れてはいましたよ。けど、今年に入ってからは落ち着いてたんです。元々気の弱いところがあるのに、誹謗中傷なんてするようなやつじゃありません」

 彼が見ていたのは表面だけではないかと、根岸は感じた。きっと裏側まで見せられるような、親しい仲ではなかったのだろう。もし友人と呼べるような間柄だったのなら、被害者の生活はもう少しマシだったはずだ。

 その後もいくつか話を聞いてから、根岸と葉沢は会社を出た。結果的に被害者の孤独がよりいっそう表面化しただけだった。


 魔法捜査第一課へ戻ると、野上が一枚の書類を根岸に差し出した。

「SNSのアカウントが判明している被害者が七人ほどいたから、まとめておいたぞ」

「ありがとうございます」

 根岸は受け取るなり紙面に目を落とす。リストに載っているのは若い被害者ばかりだ。SNSをいくつもかけもちしている者や、複数のアカウントを使い分けている者もおり、ネット上での活動が活発だったことがうかがえた。

「サイバー犯罪対策課にはもう連絡してある。すぐに行ってくれ」

「はい」

 野上に背中を押されるようにして、根岸と葉沢はコートを脱ぐ間もなく廊下へ戻った。


 野上の作成してくれたリストを渡すと、担当のサイバー犯罪捜査官は快く受け取ってくれた。

 新浦にいうらという名の男性で見た目は三十歳前後、ぽっちゃりとした体型に加えて、優しげな笑顔が特徴的だった。

「インターネット上でトラブルがあったかどうか、調べればいいんですね」

 確認するように問いかけた彼へうなずきながら、根岸は手帳を取り出して開いて見せる。

「それと今朝の事件の被害者のアカウントがこちらです。下のアカウントの人物とトラブルを起こしていました」

 新浦は情報を見ながら、興味深そうに「ふんふん、なるほどね。このメモ、いただきますね」と言い、にこりと笑った。

 すぐに根岸はメモを破り取って新浦へ渡した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 資料とメモに目を落としながら、新浦は言う。

「えっと、幻獣連続殺人事件でしたっけ? 例の連続変死事件なんでしょう? 被害者、もっといたはずでは?」

「いえ、SNSのアカウントが分かっているのがこれだけでして」

 根岸が慎重に言葉を選びながら返すと、新浦が驚いたようにたずねた。

「被害者のスマートフォン、押収してないんですか?」

 証拠品の中に一つもなかったのを思い出しながら根岸は苦笑した。

「ええ、ないですね」

 所轄の刑事たちは誰一人として、スマートフォンに注意を払わなかったようだ。SNSのアカウントが判明していたのも、情報の一つとして入手したに過ぎなかった。

「分かりました。それじゃあ、あとはこちらで引き受けます。スマートフォンさえあれば、被害者全員のアカウントを突き止めるのは簡単ですから」

「すみません、お手数おかけします」

 と、根岸が申し訳なくなって頭を下げると、新浦は明るく笑った。

「いいんですよ。今回の事件が大変なのは分かってますから。お役に立てるなら何だってやらせていただきます」

 見た目どおりの優しい人だ。前向きな口調も心地よく、根岸は信じて任せられる人物だと思った。


 その後、向島署の吉田刑事から知らせがあった。情報共有のために急遽、魔法捜査第一課にて捜査会議が行われることになった。

 その頃には菱田と温井も戻ってきており、人が集まったところで会議が始まった。

 初めに向島署の刑事が聞き込みの結果を報告したが、「目撃者はいませんでした」と言う。

「防犯カメラの映像も確認しましたが、怪しい人間は映っていませんでした。意図的に防犯カメラを避けたものと思われます」

「これまでの事件と同じだな。他には?」

 野上の問いに刑事は「以上です」と、やや緊張気味に返した。

 すかさず吉田刑事が体を乗り出すようにして口を開く。

「今後の捜査についてですが――」

「ああ、あとはこちらに任せてくれ。協力、感謝する」

 吉田刑事が唖然とした顔をするが、野上は毅然と言った。

「ご苦労だった」

 今朝、現場で邪険にされたことを根に持っているようだ。しかし、この場において野上は陣頭指揮をとる管理官の役も担う。上なのはこちらだった。

「……分かりました」

 吉田刑事たちはいかにも不満げな顔をし、ざわつきながら出ていった。

 室内が静かになったところで野上は菱田へ顔を向ける。

「それで、幻獣の特定は進んだか?」

「はい。今回の検死結果からして、送り犬である可能性が高くなりました」

 根拠となる資料を差し出しながら、菱田はわずかに表情を暗くした。

「ただ、丸山教授の様子が少しおかしくて」

「おかしい? 教授がか?」

 怪訝に返す野上へ温井が答える。

「送り犬で何か思い出したようなんです。詳しく聞こうとしたんですが、教授は何も教えてくれませんでした」

「それでオレたち、追い返されるようにして出てきたんです。これまで協力的だったのに、変だと思いませんか?」

 野上は不思議そうに首をひねる。

「確かに妙だな。でも、特に思い当たることもないし……」

「オレもです。いったい送り犬がどうしたと言うんでしょう?」

 菱田の問いに答えられる者はいない。ただ疑問だけが宙に浮かんでいた。

「まあいい。明日また会いに行けば、何か話が聞けるかもしれない」

「そうですね、分かりました」

 菱田と温井がうなずき、野上は根岸へと視線を向ける。

「そっちはどうだ?」

「はい、サイバー犯罪対策課に調査を依頼してきました。今回の被害者はSNS上でネットトラブルを起こしており、それが他の被害者にも共通するかもしれないと考えたからです」

 温井と菱田が根岸を見る。

「サイバー犯罪対策課の新浦さんによると、野上さんに調べてもらった七件だけでなく、他の被害者のアカウントも突き止めて、ネットトラブルの有無を調べてくれるとのことです」

「それじゃあ、結果待ちってことだな」

「はい」

 根岸の報告が済むと、野上は言った。

「よし、今日はこれで解散だ。帰っていいぞ」

 時刻は午後六時半を過ぎていた。

 菱田たちが「お疲れさまでした」と帰り支度を始め、根岸は内心でもやもやした。まだ他にやるべきこと、できることがあるのではないか。

 しかし、野上も机の上の資料を片付けており、大きな事件の捜査中であっても休息を重視するのが彼のスタイルらしかった。

 根岸は他から遅れて動き出しつつ、どうにも慣れないなと思った。

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