4 結びつく情報

 戻った頃にはすっかり日が暮れていた。魔法捜査第一課にはまだ明かりがついており、仲間たちの姿があった。

 菱田と温井が野上に報告をしており、根岸と葉沢に気づいて振り返った。

「お疲れさん。別にかまいやしないんだが、どこ行ってたんだ?」

 野上が問いかけ、根岸は何も言わずに出て行ってしまったことを思い出す。やらかしたかと心配になりながらも、表情を変えることなく口を開いた。

「三件目の事件に関してですが……」

 静かに切り出しながら、葉沢とともに調布警察署へ向かったことを簡潔かんけつに説明する。

「目撃者の一人が、どうやら情報をいつわっていたようです。電話番号、住所、そしておそらく名前も虚偽きょぎのものでした。そこで、目撃証言を取った刑事に直接会い、話を聞いてきました」

 あいかわらず冷静な根岸に、野上は片方の眉を上げながら返した。

「収穫はあったか?」

「得られたのは目撃者の大まかな情報のみです」

 根岸は葉沢へ視線をやった。気づいた葉沢が慌てて手帳を取り出し、報告する。

「えっと……目撃者は背がそんなに高くなく、自分と同じか低いくらいだと言っていました。つまり、百七十センチ前後ですね。

 それから二十代の痩せ型で、紺色のダッフルコートを着ていたそうです。刑事さんによれば優男だということです」

「人相についてたずねましたが、記憶には残っていないそうです。言い換えれば、それくらい平凡で特徴のない男性だったようです」

 根岸が言い添え、野上が二人へ問う。

「で、君たちはその目撃者を探したいのか?」

「はい。おそらく犯人だと思われます」

 すると菱田が口を開いた。

「犯人というのは、つまり幻獣の飼い主ということですよね? それなら、オレたちの推測とも一致しますね」

 彼らが少し横へずれ、根岸と葉沢は進み出て野上のデスクを囲むようにした。

 デスクには図鑑のコピーと思われる資料が数枚置かれていた。

「暁月大学の丸山教授に相談して、幻獣の候補を三つにまで絞ることができました」

 菱田の説明を聞きながら、根岸は資料に目を走らせる。

「まずは北欧を原産とするガルム。非常に獰猛どうもうな性格を持っており、夜行性で夜になると活発に活動します。人間を襲うこともあるため、非常に危険です。体格は一般的な大型犬よりも一回り大きく、力も強いです」

 資料に載っている写真を見ると、大きな狼を彷彿ほうふつとさせる姿で眼光は鋭く、凶暴な印象を与えるものだった。

「次に日本原産の送り犬。ガルムにくらべると少し小さいです。基本的には人間に対して敵対的ではなく、むしろ大人しい性格です。しかし一度人間になつくと、飼い主の命令に従順に従い、時には人を襲うこともあるとされています」

 送り犬はかつて日本に存在したニホンオオカミとよく似た姿をしていた。

 資料によると送り犬は人間を導く存在として伝説に残る一方、飼い主に忠実であるが故に恐ろしい存在にもなり得るという。

「それから、ギリシャ原産のライラプス。狩猟犬として知られており、体格はガルムとほぼ同じくらいです。ライラプスもまた人間になつく性質を持ち、飼い主の命令次第では人を獲物と認識して襲いかかります」

 ガルムと送り犬を足したような見た目だった。まるで狼と犬の間に生まれたような、どことなく中途半端な印象を受ける。

「以上のことから分かるように、飼い主がいる確率は三分の二です。事件現場が一定の場所ではなくバラバラであることを踏まえると、やはり人間がそばにいて指示を出しているはずだと推測されます」

 菱田の情報を受けて根岸は結論を口にした。

「ということは、幻獣に飼い主がいるのは間違いないですね」

 それぞれの情報が結びつき、犯人につながる事実が一つ明らかとなった。

 野上は部下たちを「よくやった、みんな」とねぎらった。

「引き続き、菱田と温井は幻獣の方面から調査をしてくれ。幻獣がどこから来たのか、入手経路や飼い主の存在を徹底的に洗い出してほしい」

 菱田と温井は野上の指示に力強くうなずき、それぞれの役割を再確認するように目を合わせた。コンビとして息が合ってきた様子だ。

 次に野上は根岸と葉沢に視線を向け、少し声を低めながら言った。

「話を戻すが、怪しい目撃者が犯人だとしても、見つけるのは難しいだろうな。目撃者の目撃者を探そうにも時間が経ってしまっている。覚えている人間がいるか分からないし、記憶も曖昧になっているはずだ」

「……はい」

 野上の言う通りだった。手がかりになるのは鶴田刑事の証言のみであり、これといった特徴もない。今さら探すのは難しいだろう。

「そこまで突き止めたことは認めるが、怪しい目撃者については一度忘れた方がいいな。他の方向から事件を追えないか考えるんだ」

「分かりました」

 根岸と葉沢はうなずいた。悔しいがよけいなことに時間を使うわけにはいかない。もっと確実かつ合理的に進める必要があった。

「だが、焦るなよ。俺は君たちを責めていない」

「分かっています」

 根岸は口ではそう返したものの、心の中では落ち着いていなかった。過去の怪しい目撃者について調べるよりも、もっと他にできたことがあったのではないか。自分で自分を責めてしまう気持ちが存在した。

 すると野上がふっと表情をゆるめた。

「今日はもう遅いから、みんな明日にそなえて休んでくれ。しっかり食って寝ておくのも大事だからな」

 自然と肩から力が抜け、根岸は今思い出したかのように息を吸う。

 葉沢たちがそれぞれに返事をし、根岸も遅れてうなずいた。

「分かりました」

「よし。それじゃあ、解散だ。寄り道しないでさっさと帰れよ」

 野上は資料をまとめて束にし始め、根岸たちも自分のデスクへと戻った。


 翌朝、朝食も済ませない内に野上から連絡があった。

「墨田区八広五丁目で変死体が発見された。至急、向かってくれ」

 新たな事件だ。現場に残留魔力があれば、捜査権はこちらが握ることになる。

 根岸は大急ぎで支度を済ませ、部屋を飛び出した。


 現場には向島警察署の人間が集まっていた。すでに遺体はブルーシートで隠されており、根岸は先に来ていた野上と合流した。

「おはようございます。もう現場は見ましたか?」

「いや、まだだ。魔法捜査第一課だっつってんのに、どうも頭が固くてな」

 苦々しく野上が見つめるのは、場を取り仕切っている刑事の姿だ。年齢は五十歳前後で上背があり、いかにも刑事畑の人間であると思わせるいかつい顔をしている。

「残留魔力だけでも確認させてもらえれば、あとはこっちのもんなんだが」

 正式な警察組織として魔法捜査第一課が新設されても、まだ魔法使いの存在を認めている人間は少なかった。彼らからすれば信じられるわけがなく、ふざけているのかと疑いもする。邪険じゃけんにされるのも無理はなかった。

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