4 結びつく情報
「魔法捜査一課が設立された日に、野上さんが言ってましたよね。未解決事件の捜査もするって」
「ああ」
「きっとその中に、両親を奪ったあの事件も入ってると思うんです。もしかしたらあの放火事件には魔法使いか、幻獣が関わっているのかもしれない。そう考えたら、何としてでも犯人を捕まえたいと思うようになりました」
「そうか」
「そのためにも今は、目の前の事件に全力で取り組みたいんです。そうして魔法刑事として実績を積んでいけば、いつかきっと敵討ちも達成できる。自分はそう信じています」
彼は真面目で実直な男だった。無知や経験不足と相まって、一部の人間には煙たがられそうだ。
しかし、根岸には他に気になることがあった。
「その魔法刑事っていうのは、何だ?」
「えっ、菱田さんが話してましたよ。魔法捜査一課だから、自分たちは魔法刑事なんだって」
根岸は心の中だけで苦笑し、うんざりしてため息をつく。
「俺がなりたいのは刑事だ。魔法刑事じゃない」
「そうですか……魔法刑事、かっこいいと思いますけどね」
葉沢が少し笑いながら言い、根岸はむすっとして口を閉じた。
戻った頃にはすっかり日が暮れていた。魔法捜査第一課にはまだ明かりがついており、仲間たちの姿があった。
三人は野上のデスク前で話をしており、根岸と葉沢に気づいて振り返った。
「お疲れさん。別にかまいやしないんだが、どこ行ってたんだ?」
野上が問いかけ、根岸は何も言わずに出ていってしまったことを思い出す。やらかしたかと心配になりながらも、表情を変えることなく口を開いた。
「三件目の事件に関してですが……」
静かに切り出しながら、葉沢とともに調布警察署へ向かったことを簡潔に説明した。
「目撃者の一人が、どうやら情報を偽っていたようです。電話番号、住所、そしておそらく名前も虚偽のものでした。そこで、目撃証言を取った刑事に直接会い、話を聞いてきました」
あいかわらず冷静な根岸に、野上は片方の眉を上げながら返した。
「収穫はあったか?」
「得られたのは目撃者に関する大まかな情報のみです」
根岸は葉沢へ視線をやった。気づいた葉沢が慌てて手帳を取り出し、報告する。
「えっと……目撃者は背がそんなに高くなく、自分と同じか低いくらいだと言っていました。つまり、百七十センチ前後ですね。
それから二十代の痩せ型で、紺色のダッフルコートを着ていたそうです。刑事さんによれば優男だということです」
「人相についてたずねましたが、記憶には残っていないそうです。言い換えれば、それくらい平凡で特徴のない男性だったようです」
根岸が言い添え、野上は二人へ問う。
「で、君たちはその目撃者を探したいのか?」
「はい。おそらく犯人だと思われます」
すると菱田が口を開いた。
「犯人というのは、つまり幻獣の飼い主ということですよね? それなら、オレたちの推測とも一致しますね」
彼らが少し横へずれ、根岸と葉沢は進み出て野上のデスクを囲むようにした。
デスクには図鑑のコピーと思われる資料が数枚置かれていた。
「暁月大学の丸山教授と相談して、幻獣の候補を三つにまで絞ることができました」
菱田の説明を聞きながら、根岸は資料に目を走らせる。
「まずは北欧を原産とするガルム。非常に獰猛な性格を持っており、夜行性で夜になると活発に活動します。人間を襲うこともあるため、非常に危険です。体格は一般的な大型犬よりも一回り大きく、力も強いです」
資料に載っている写真を見ると、大きな狼を彷彿とさせる姿で眼光は鋭く、いかにも凶暴な印象を与えるものだった。
「次に日本原産の送り犬。ガルムより少し小さいです。基本的には人間に対して敵対的ではなく、むしろ大人しい性格です。しかし一度人間になつくと、飼い主の命令に従順に従い、時には人を襲うこともあるとされています」
送り犬はかつて日本に存在したニホンオオカミとよく似た姿をしていた。
資料によると送り犬は人間を導く存在として記録に残る一方、飼い主に忠実であるが故に恐ろしい存在にもなり得るという。
「それから、ギリシャ原産のライラプス。狩猟犬として知られており、体格はガルムとほぼ同じくらいです。ライラプスもまた人間になつく性質を持ち、飼い主の命令次第では人を獲物と認識して襲いかかります」
体が大きいためか、狩猟犬にしてはずんぐりとして見える。目つきこそ狼のように鋭いが、一見すると可愛らしい印象だ。
「以上のことから分かるように、飼い主がいる確率は三分の二です。事件現場が一定の場所ではなくバラバラであることを踏まえると、やはり人間がそばにいて指示を出しているはずだと推測されます」
菱田の情報を受けて、野上が結論を口にした。
「ということは、幻獣に飼い主がいると見て間違いないな」
それぞれの情報が結びつき、犯人につながる事実が一つ明らかとなった。
野上は部下たちを「よくやった、君たち」と労ってから、菱田へたずねた。
「一つ聞いておきたいんだが、模倣犯の二件はどうなっている?」
「それについては時間がかかりそうです。特定できる情報も少ないですし、小型の幻獣となると数も多いもので」
「そうか、分かった。それじゃあ引き続き、菱田と温井は幻獣の特定を進めてくれ」
菱田と温井は野上の指示に力強くうなずき、それぞれの役割を再確認するように目を合わせた。コンビとして息が合ってきた様子だ。
次に野上は根岸と葉沢に視線を向け、少し声を低くした。
「話を戻すが、怪しい目撃者が犯人だとしても、見つけるのは難しいだろうな。目撃者の目撃者を探そうにも時間が経ってしまっている。覚えている人間がいるか分からないし、記憶も曖昧になっているはずだ」
「……はい」
野上の言うとおりだった。手がかりになるのは鶴田刑事の証言のみであり、これといった特徴もない。今さら探すのは難しいだろう。
「そこまで突き止めたことは認めるが、怪しい目撃者については一度忘れた方がいいな。他の方向から事件を追えないか考えるんだ」
「分かりました」
根岸と葉沢はうなずいた。悔しいがよけいなことに時間を使うわけにはいかない。もっと確実かつ合理的に進める必要があった。
「だが、焦るなよ。俺は君たちを責めていない」
「分かっています」
根岸は口ではそう返したものの、心の中では落ち着いていなかった。過去の怪しい目撃者について調べるよりも、もっと他にできたことがあったのではないか。自分で自分を責めてしまう気持ちが存在した。
すると野上がふっと表情をゆるめた。
「今日はもう遅いから、みんな明日にそなえて休んでくれ。しっかり食って寝ておくのも大事だからな」
自然と肩から力が抜け、根岸は今思い出したかのように息を吸う。
葉沢たちがそれぞれに返事をし、根岸も遅れてうなずいた。
「分かりました」
「よし。それじゃあ、解散だ。寄り道しないでさっさと帰れよ」
野上は資料をまとめて束にし始め、根岸たちも自分のデスクへと戻った。
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