4 お客さんの物語

 すると温井が質問をした。

「えーと、古書店の以前の店主と男性は知り合いですか?」

「はい」

 なかなかいい質問である。以前の店主について情報を得られれば、答えに近づけるに違いない。

 菱田も同じことを思ったのだろう。また口を開いた。

「以前の店主と男性は親子ですか?」

「いいえ」

 てっきり親の家業を継いだのかと思ったが、あっさりと否定されてしまった。しかし知り合いではあるのだから、答えは導き出せる。

 根岸は黙って、それぞれに思考を巡らせる三人の様子を観察していた。

 温井は黙って紅茶に口をつけ、葉沢がらしくない顔で眉を寄せて考え込む。菱田は答えが分かっていそうな顔だが、どうにも自信がない様子だ。

 テーブル席にいた女性たちが会計をし、出ていってから美藤がたずねた。

「答えられる方はいませんか? もっと質問をしてもいいんですよ」

 葉沢がおずおずと彼女を見た。

「あ、それじゃあ質問します。以前の店主と男性は親戚ですか?」

「はい」

 具体的な情報まであと少しだ。根岸はもう一度口を開いた。

「以前の店主は男の人ですか?」

「はい」

 答えが分かった。根岸は数回うなずき、テーブルの上へと視線を下ろす。

「オレはもう分かりましたよ。でもさっきも答えちゃったので、今回は待ちます」

 菱田がそう言って温井と葉沢を交互に見る。すると温井が覚悟を決めたような顔をした。

「それなら、僕が答えてもいいか?」

「どうぞどうぞ」

 葉沢が返し、温井は美藤をまっすぐに見つめながら答える。

「古書店の店主をしていたのは男性の叔父で、お店を引き継いだんですね」

「惜しいです。もう一つ、どうしてお店を引き継ぐことになったのか、理由が欲しいですね」

「えっ、理由ですか」

 驚く温井だが、菱田も目を丸くしていた。そこまで考えがいたっていなかったらしい。顔には出さないが根岸も同様だった。

「また質問してください」

 にこりと美藤が微笑み、温井は顔を赤くしてうつむいた。その様子を見ていた根岸は彼の心情を察し、小さくため息をついた。

 すると扉が開き、小柄な男性が入ってきた。一見二十代に見えるが、まとった落ち着きからは三十代のようにも思われる。

「こんばんは」

「いらっしゃいませ。ちょうど守本もりもとさんの問題を出していたところです」

 守本と呼ばれた男性客は一瞬戸惑った様子を見せたが、後ろ手に扉を閉めながら苦笑いを返した。

「また僕の問題ですか。正直、そんなにおもしろくないと思うんですけど」

 彼は謙遜するように肩をすくめたが、美藤は楽しそうに首を横に振る。

「いえ、みなさん本気で悩んでくださっていますよ」

 守本は根岸の左側、一つ空けた席へ腰を下ろした。

「ハンバーグプレート、セイロンをアイスでお願いします」

「かしこまりました」

 注文を受けた美藤がさっそく調理へ取りかかる。

 守本が少し身を乗り出して根岸たちの顔を確認するように見ていき、気がついた。

「あ、野上さんじゃないですか。お久しぶりです。もしかして、こちらのみなさんは職場のお仲間ですか?」

「ああ、俺の部下たちだよ」

 端と端で会話がかわされ、菱田が口を挟む。

「確認したいことがあるんですが、あなたが今、古書店をやっている紅茶好きな男性ですか?」

「ええ、守本三郎と言います。本当はカフェがやりたかったんですけどね」

 言葉とは裏腹に、守本はにこにこと笑っていた。

「ということは、この問題も実話に基づいていると?」

「そうなんです」

 答えたのは美藤だ。

「お客さんの物語をウミガメのスープにしているんですよ。もちろん許可は取っています」

「そういうわけなので、ここからは僕が引き継ぎましょう」

 守本が言い、根岸たちの視線は彼へと向いた。代表するように菱田がまず質問をした。

「古書店は別の人がやっていたお店なんですよね。以前の店主は病気でしたか?」

「はい」

「ということは、病気になったことをきっかけに店をやめることになり、甥であるあなたに継がせたんですね?」

 守本はいかにも人の好さそうな笑みを浮かべた。

「正解です。叔父には子どもがいなかったので、よく可愛がってもらっていた僕に白羽の矢が立ったんですよ。今ではこの生活も悪くないと思っています」

「なるほど」

 背景事情が明確になり、菱田は納得したように何度かうなずく。

 美藤が先ほど「お客さんの物語」と言ったが、まさに人生の一部を切り取ってウミガメのスープの問題に仕立てたものだからだ。

「ちなみに駅方向へ少し戻ったところに店があるので、機会があればおいでください。古書店なのでサービスはできませんが」

 守本が自嘲気味にくすりと笑い、気になった根岸はたずねる。

「主にどういったジャンルの本を扱ってるんですか?」

「一般文芸はもちろん、古い漫画に画集や写真集などもありますよ」

「一般文芸となると、推理小説なんかも?」

「ええ、あります。もしかして推理小説、お好きなんですか?」

 たずね返されて根岸ははっとしたが、正直に肯定した。

「読書が趣味なものでして」

 守本が嬉しそうに目を輝かせ、にこりと笑った。

「気が合いそうですね。ぜひゆっくりと話がしたいところです」

 根岸は気恥ずかしさを覚えたが、同時に仲間たちの視線を感じていた。

 葉沢が先日の狛犬騒動について話しており「推理小説が好きだから推理が得意なのかもしれません」などと、勝手に言いふらしている。

 かと言って素っ気ない態度をとることもできず、根岸は気にしないことにして守本へ笑みを返した。

「ええ、こちらこそ。またお会いできた時にでも、ゆっくり話しましょう」

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