3 第一問と第二問
美味しい紅茶と食事を楽しんでいると、美藤がキャッシュレジスターの隣の棚から紙の束を持ってきた。
「それでは、そろそろ問題を出しますね」
根岸は視線を彼女へ向け、耳をすませる。注目が集まったことを確認してから美藤は出題した。
「女の子は家に帰った後、裸足で外へ飛び出しました。何故でしょう?」
すぐに質問をしたのは菱田だ。
「女の子は家の中で何かを見ましたか?」
「はい」
美藤がうなずき、根岸も質問をする。
「女の子には両親がいましたか?」
「はい」
だいたい読めた。根岸は顎を引き、のんびりと食事の続きへ戻る。
葉沢と温井はちっとも分からないようで、しきりに首をひねっている。するとまた菱田がたずねた。
「女の子が見たのは母親ですか?」
「いいえ」
「なるほど。分かりました」
早くも菱田は答えにたどり着いたらしい。左右に座る同僚たちをちらちらと見てから「答え、言ってもいいですか?」と確認する。
「ええ、全然分からないです」
「僕もだ。早く答えを言ってくれ」
「では、さっそく」
菱田は紅茶ハイを一口、のどに流し込んでから言った。
「女の子が家に帰ると、中で父親が死んでいたんだ。それでびっくりした女の子は裸足で外へ飛び出した」
「正解です」
美藤が嬉しそうに返し、背景を説明してくれた。
「実話なんですよ、これ。女の子というのは私で、父は何者かに殺害されていたんです。それで近くの交番へ駆け込んだのですが、その時に対応してくれたのが野上さんだったんです」
驚くべき事実に、場の空気が一瞬凍りついた。あまりに衝撃的な過去をさらりと語る美藤の口調に、根岸たちは一瞬言葉を失った。
そんな部下たちにかまわず野上が言う。
「それ以来、会いに行ける時には会いに行ってさ。ずっと紗千香ちゃんの成長を見守ってきたってわけだ」
かつて交番勤務をしていた野上は、不幸にも父親を亡くした彼女に寄り添い、支え続けてきたらしい。
「犯人はすぐに逮捕されましたが、母が心労で倒れてしまって。それからもいろいろあり、野上さんにはたくさん助けていただきました」
だからこそ美藤も今、こうして明るい顔をして話していられるのだ。
「では、第二問。次はちょっと難しいですよ」
根岸たちはすぐに意識を切り替えねばならず、少なからず戸惑った。かまわずに美藤は言う。
「男性は紅茶を飲みながら読書をするのが趣味でした。自分のカフェを持ちたいと長年思っていましたが、今では古書店の店主をしています。何故でしょうか?」
葉沢が首をひねりながらつぶやく。
「本が好きだから、じゃないですよね」
温井もまた何度も頭をかしげながら、時折美藤を見つめている。
「まずは質問だよ。その男性は以前から古書店で働いていましたか?」
菱田の問いに美藤は返す。
「いいえ」
すかさず根岸はたずねた。
「古書店は新しくできたお店ですか?」
「いいえ」
なんとなく分かったような気がするが、いまいちしっくりこない。
すると温井が質問をした。
「えーと、古書店の以前の店主と男性は知り合いですか?」
「はい」
なかなかいい質問である。以前の店主について情報を得られれば、答えに近づけるに違いない。
菱田も同じことを思ったのだろう。また口を開いた。
「以前の店主と男性は親子ですか?」
「いいえ」
てっきり親の家業を継いだのかと思ったが、予想はあっさりと否定されてしまった。しかし知り合いではあるのだから、答えは導き出せる。
根岸は黙って、それぞれに思考を巡らせる三人の様子を観察していた。
温井が少し首をかしげ、葉沢がらしくない顔で眉を寄せて考え込む。菱田は答えが分かっていそうだが、どうにも自信がない様子だ。
テーブル席にいた女性たちが会計をし、出ていってから美藤がたずねた。
「答えられる方はいませんか? 質問をしてもいいんですよ」
葉沢がおずおずと彼女を見た。
「あ、それじゃあ質問します。以前の店主と男性は親戚ですか?」
「はい」
具体的な情報まであと少しだ。根岸はもう一度口を開いた。
「以前の店主は男の人ですか?」
「はい」
答えが分かった。根岸は数回うなずき、テーブルの上へと視線を落とす。
「オレはもう分かりましたよ。でもさっきも答えちゃったので、今回は待ちます」
菱田がそう言って温井と葉沢を交互に見る。すると温井が覚悟を決めたような顔をした。
「それなら、僕が答えてもいいか?」
「どうぞどうぞ」
葉沢が返し、温井は美藤をまっすぐに見つめながら答える。
「古書店の店主をしていたのは男性の叔父で、お店を引き継いだんですね」
「惜しいです。もう一つ、どうしてお店を引き継ぐことになったのか、理由が欲しいですね」
「えっ、理由ですか」
驚く温井だが、菱田も目を丸くしていた。そこまで考えがいたっていなかったらしい。顔には出さないが根岸も同様だった。
「また質問してください」
にこりと美藤が微笑み、温井は顔を赤くしてうつむいた。その様子を見ていた根岸は彼の心情を察し、小さくため息をついた。なんと初々しいことか。
すると扉が開き、小柄な男性が入ってきた。中性的な顔立ちで一見二十代に見えるが、まとった落ち着きからは三十代のようにも思われる。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ。ちょうど
守本と呼ばれた男性客は一瞬戸惑った様子を見せたが、後ろ手に扉を閉めてから苦笑いを返した。
「また僕の問題ですか。正直、そんなにおもしろくないと思うんですけど」
彼は
「いえ、みなさん本気で悩んでくださっていますよ」
守本は根岸の左側、一つ席を空けた隣へ腰を下ろした。
「ハンバーグプレート、ダージリンをアイスでお願いします」
「かしこまりました」
注文を受けた美藤がさっそく調理へ取りかかる。
守本が少し身を乗り出して根岸たちの顔を確認するように見ていき、気がついた。
「あ、野上さんじゃないですか。お久しぶりです。もしかして、こちらのみなさんは職場のお仲間ですか?」
「ああ、俺の部下たちだよ」
端と端で会話がかわされ、菱田が口を挟む。
「確認したいことがあるんですが、あなたが今、古書店をやっている紅茶好きな男性ですか?」
「ええ、守本三郎と言います。本当はカフェがやりたかったんですけどね」
言葉とは裏腹に、守本はにこにこと笑っていた。
「ということは、この問題も実話に基づいていると?」
「そうなんです」
答えたのは美藤だ。
「お客さんの物語をウミガメのスープにしているんですよ。もちろん許可は取っています」
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