3 第一問と第二問
明太クリームパスタとミートソースパスタができた。美藤が葉沢と菱田の前へ「お待たせしました」と置き、すぐさま次の料理へ取りかかる。
彼女が取り出したのはアールグレイの茶葉を練り込んだ食パンだ。一枚ずつ丁寧にハニーマスタードを塗った後、新鮮なレタスを何枚か敷き、分厚いベーコンと輪切りにしたトマトを乗せてサンドウィッチにする。ホットサンドメーカーで軽く焼き目をつけ、包丁で二つに切り分ければ完成だ。
いつの間にかセイロンとアールグレイも出来上がり、根岸はティーカップに注がれた紅茶の香りに驚いた。自分が知っているものとは違ったからだ。
すると察したように美藤が言う。
「うちのアールグレイはキームンとディンブラの茶葉を使ってるんです。市販されているものだと、ウバなどの爽やかな茶葉がよく使われていますから、印象が違うかもしれませんね」
「そうなんですか、ありがとうございます」
茶葉の種類については知識がないが、根岸はにわかに興味を惹かれた。
注文がそろったところで野上が音頭をとった。
「それじゃあ少し遅れたが、魔法捜査一課の設立に乾杯!」
軽くティーカップを持ち上げて乾杯の形だけを真似、それぞれに食事を開始する。
根岸はゆっくりとアールグレイを飲み、イメージが塗り替えられていくのを感じた。さっぱりとした紅茶だと思っていたが、ここのアールグレイはまろやかでコクがある。香りも優しくて、まるで店主の人間性を表しているかのようだ。
「このパスタ、ほんのりと香りますね」
菱田が気づいたことを口にすると、美藤は嬉しそうに微笑んだ。
「パスタを紅茶で茹でているんです。レシピにはできる限り紅茶を詰め込んで、うちでしか食べられないものにしたくって」
根岸はすぐに口を出した。
「BLTサンドも、食パンに紅茶が練り込まれていますね」
「それだけじゃありませんよ。ハニーマスタードソースにちょっとだけ濃縮紅茶を足しています」
「道理でいい香りがするわけだ。すごく美味しいです。僕、気に入りました」
温井がそう言ってBLTサンドへかぶりつく。
美藤は嬉しそうに微笑した。
「ありがとうございます」
「このカレーにも紅茶の粉末がスパイスとして使われてるし、紗千香ちゃんのこだわりが売りの一つなんだよ」
野上が言い、根岸はメニュー表に記された値段を思い出す。一番高いのがスパイスカレーと紅茶リキュールだが、セットにして千五百円だ。質を考えれば良心的な価格ではないだろうか。
美味しい紅茶と食事を楽しんでいると、美藤がキャッシュレジスターの隣の棚から紙の束を持ってきた。
「それでは、そろそろ問題を出しますね」
根岸は視線を彼女へ向け、耳をすませる。注目が集まったことを確認してから美藤は出題した。
「女の子は家に帰った後、靴を履かずに外へ飛び出しました。何故でしょう?」
すぐに質問をしたのは菱田だ。
「女の子は家の中で何かを見ましたか?」
「はい」
美藤がうなずき、根岸も質問をする。
「女の子には両親がいましたか?」
「はい」
だいたい読めた。根岸は顎を引き、のんびりと食事の続きへ戻る。
葉沢と温井はちっとも分からないようで、しきりに首をひねっている。するとまた菱田がたずねた。
「女の子が見たのは母親ですか?」
「いいえ」
「なるほど。分かりました」
早くも菱田は答えにたどり着いたらしい。左右に座る同僚たちをちらちらと見てから「答え、言ってもいいですか?」と確認する。
「ええ、全然分からないです」
「僕もだ。早く答えを言ってくれ」
「では、さっそく」
菱田は紅茶ハイを一口、のどに流し込んでから言った。
「女の子が家に帰ると、中で父親が死んでいたんだ。それでびっくりした女の子は靴を履かずに外へ飛び出した」
「正解です」
美藤が嬉しそうに返し、背景を説明してくれた。
「実話なんですよ、これ。女の子というのは私で、父は何者かに殺害されていたんです」
場の空気が一瞬にして固まった。あまりに衝撃的な過去をさらりと語る美藤に、根岸たちは言葉を失っていた。
「それで近くの交番へ駆け込んだんですが、その時に対応してくれたのが野上さんだったんです」
どう受け止めたものかと困惑する部下たちにかまわず、野上が明るい調子で言う。
「それ以来、会いに行ける時には会いに行ってさ。ずっと紗千香ちゃんの成長を見守ってきたってわけだ」
かつて交番勤務をしていた野上は、不幸にも父親を亡くした彼女に寄り添い、支え続けてきたらしい。
「犯人はすぐに逮捕されましたが、母が間もなく心労で倒れてしまったんです。近くに親戚がいなかったので、野上さんが代わりに入院手続きをしてくれたり、私の生活を支えてくれたんです。それからも何かある度に助けていただきました」
野上と美藤の絆の深さに、思わず根岸は感じ入る。だからこそ彼女は今、辛い過去も明るい顔で話せるのだろう。
しかし、根岸たちが話の余韻にひたる間もなかった。
「では、第二問。次はちょっと難しいですよ」
瞬時に思考を切り替えなければならず、彼女の独特なペースに心と頭がついていけない。根岸はまぶたを閉じて一時的に視覚情報を遮断し、聴覚に集中した。
「男性は紅茶を飲みながら読書をするのが趣味です。自分のカフェを持ちたいと長年思っていましたが、今では古書店の店主をしています。何故でしょうか?」
葉沢が首をひねりながらつぶやく。
「本が好きだから、じゃないですよね」
温井も首をかしげながら、時折美藤を盗み見ている。まともに考えているのか怪しいと思ってしまうのは、根岸のうがち過ぎだろうか。
「まずは質問だよ。その男性は以前から古書店で働いていましたか?」
菱田の問いに美藤は返す。
「いいえ」
すかさず根岸はたずねた。
「古書店は新しくできたお店ですか?」
「いいえ」
なんとなく分かったような気がするが、いまいちしっくりこない。
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