第10話 【初めての尾行】

 晩御飯を済ませて、小鳥遊さんから聞いた情報を話して聞かせると、イロハはしたり顔で急に立ち上がった。

「ははぁ~ん。どうやら、謎は全て解けたっぽいっす!」

 そして、アゴの下で拳銃ポーズを決めて、

「クロコは……小西っす!」

 と、ドヤ顔を見せる。

「西園寺先輩じゃなくて? なんで?」

「これはあ~しのカンっす! クロコである小西が、西園寺の嫉妬心をあおって、プレゼントに偽装したネガアイテムを、木葉ちゃんのロッカーに入れさせたんすよ! ね、ソラ先輩!」 

 興奮気味のイロハとは対照的にソラは意外と冷静。

「首謀者のクロコが小西、実行犯が西園寺か。だが、またその逆も然りだ。単独犯の可能性も捨てきれない」

 逆ってことは、クロコが西園寺先輩で、実行犯が小西さんってこと? 

 たしかに小西さんなら、西園寺先輩の言うこと聞きそうだけど。

「なんでっすか! 絶対に小西がクロコっすよ!」

「まぁ、お前のカンは意外と当たるときがあるからな。何はともあれ、確実な証拠を手に入れる必要がある」

「なら、この件はあーしに任せてくださいっす! 圧倒的な証拠を上げてみせます! つきましては……」

 イロハはニタリ、と口元に笑いを浮かべた。

「なんだ?」

「犯人(ホシ)を捕まえた際には、あーしを見習いから昇格させてほしいっす!」

 なるほど、イロハは手柄がほしいみたい。だからやる気になってるのか。

「いいだろう。くれぐれも慎重にな」

「よっしゃー! じゃあ真白ちゃん、さっそく明日、二人を尾行するっす!」

「え~……」 

「え~ってなんすか、え~って! 真白ちゃんも仮とは言え、シェリフるの隊員なんすからね! つまり、現状あーしの後輩っす! もっと気合いを入れるっす!」



「ふふふ……っす」

 翌日、イロハと二人で西園寺先輩と小西さんを尾行することになった。(あたしは渋々)

「ねぇ、イロハ。こういうのってさ、猫さんにギタイした方がよくない? あたしは出来ないけど」

「真白ちゃんは心配性っすね~」

 いや、単に不安なだけだよ。

「大丈夫! あーしの尾行術があれば問題ないっす!」

 たしかにそうだよね、イロハだって見習いとはいえ、立派なシェリフるの隊員だもんね、うんうん!

 自信満々の彼女を見ていたら、なんか頼もしくなってきちゃった。

「おっ! 来たっす!」

 校舎の陰で待つこと数十分、西園寺先輩と小西さんが姿を見せた。

 二人が正門を出たところで、あたしたちは尾行を開始した。

「……いーっすか、尾行は距離が大事っす。つかず離れず……絶妙な距離をキープするっす」

 民家の壁を素早く移動したり、草むらに身を隠したり。イロハはまるで忍者のような動きで尾行を続ける。

 あたしもなんとか必死についていく。

 やがて、西園寺先輩と小西さんは、キッチンカーに立ち寄った。

「中学生で買い食いとは、けしからないやつらっすね。これはますますクロコの可能性が……」

 ないないっ! 今どき、買い食いぐらいでどーのこーの言われないよ! 

 ――と、大声でイロハにツッコミたかったけど、二人にバレたら大変。我慢しなくちゃね。

 このキッチンカー、木葉が選手に選ばれる前は、たまに二人でカフェモカ飲みに来たっけ。久しぶりに飲みたいなぁ。  

「これは……怪しいっす」

「は? どこが?」 

 西園寺先輩と小西さんは、カフェモカを購入してベンチに座っている。

 あたしには、単にお茶してるだけにしか見えないんだけど。 

「いいっすか? ネガパウダーは、ごく少量でも人体に入ると、自我を保てなくなるんすよ。つまり、小西は今から西園寺の飲み物にネガパウダーをこっそり入れるつもりっす!」

 こんな開けた場所で?

 いや、二人とも美味しそうにカフェモカ飲んでるよ?

「……さぁ、いつ入れるっすかね。化けの皮、はいでやるっすよ、小西!」

 完全に小西さんって断定しちゃってるけど、本当に大丈夫かなぁ。

 あたしが「ね、イロハ……」と、言いかけたそのときだった。

「星野さん」

「ハァァァイッ?」

 真後ろから声をかけられて、思わず大きな声を出しちゃった。

 振り返ると、そこには小鳥遊さんの姿。

「なにをしてるの?」

「い……いやぁ、あそこのキッチンカーに行こうかどうかと迷っててぇ……あははは」 

「真白ちゃん、声が大きいっす! そんな声でびっくりしたらバレちゃうっすー!」

 いや、あたしよりも大きな声で叫ばないでー! 

「あなたたち、なにをコソコソしてますの?」

 ベンチに座っていた小西さんが、いつの間にか目の前に。

 バ……バレちゃった。

 大ピンチ! 

 なんとか言いわけしないと!

「……あのね、あたしたちも、ここでカフェモカを飲もうと思ったんだけど、ちょっと行きづらくて、それで――」

「は? それは、私たちが先客としていたから、避けたいという意味ですの?」

「あ……いや、別にそういうつもりじゃないけど」

「では、どういうおつもりですこと?」

「いや、だから……」

 めんどくさい! 

 小西さん、めっちゃめんどくさいっ! 

 さらなる言いわけを考えていると、西園寺先輩もこっちへ向かってきた。

「あなた、昨日の一年生ね。友達が陸上部って言ってたけど、それって南雲さんなんですって?」

「えっと、そう……ですけど」

 西園寺先輩の目つきがこわくなった。

「なるほど、わかったわ。つまり、補欠になった私をあざ笑いにきたってことね。昨日もそうなんでしょ?」

「ち、違います! そんなんじゃ……」

「違わないわ。あなたたちは、選考で落とされた私を馬鹿にしにきたんでしょ? 南雲さんに負けた私を!」

 ものすごい剣幕で怒り出した西園寺先輩。木葉のこと、相当恨んでいるみたい。

 イロハを見ると、小西さんに詰め寄られて、子犬のような目であたしを見つめ返してくる。

 ヤバイなぁ、どうしよう……。 

 考えていると、小鳥遊さんがあたしと西園寺先輩の間に入った。

「西園寺先輩、そのあたりで止めておいた方がいいですよ」

「……マネージャー」

 西園寺先輩の『口撃』がピタリと止まった。

「小西さんもその子に詰め寄るの、もうやめたら? 今にも泣きそうだし、陸上部は今、大切な時期だって、わかってるでしょ?」

「そ……そうですわね。西園寺先輩、別のカフェに行きましょう! 私がごちそうしますわ!」

 二人は逃げるように去っていった。

「……ひぐっ、たす、助かったっすぅ~……ぴえ~ん」

 イロハ泣いちゃった。小西さんが相当怖かったみたい。

「小鳥遊さん、ありがとう」

「ううん、マネージャーとして、当然のことを言ったまでよ」

「小鳥遊さんもここのキッチンカーに?」

「ええ、そんなところかな。で、星野さんはなんで、西園寺先輩たちの後をつけていたの?」

 うわ、バレてる。

 でも、あたしたちを助けてくれたし、ちょっとくらいなら話してもいいかな。

「あのね、詳しくは話せないんだけど……」

 あたしは木葉に匿名のプレゼントがあったこと、それをきっかけに、木葉の様子がおかしくなったことを話して聞かせた。(もちろん、ネガモンスターとか、クロコ捜しのことは伏せて)

「西園寺先輩なら、木葉のこと恨んでるみたいだから動機になるかなって。もしかしたら、いつも一緒にいる小西さんの可能性も」

「そういうことだったのね。実は西園寺先輩のことで、私も気になることがあるの……」

 小鳥遊さんはそう言って、あたしに耳打ちした。

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