第7話 【銀色のアーチェリー】
朝のルーティーンを終えて、あたしは一人で登校した。(今、木葉に声はかけられないからね)
『南雲木葉が普段身に付けているモノに変化がないか調べてみろ』
家を出る前、ソラはあたしにそう言った。
そんなこと言われてもなぁって思ったけど、木葉を助けて仲直りするためだよね。がんばらなきゃ。
それと、イロハからスマートウォッチを渡された。
『これはシェリフるの隊員の証し『カラフルウォッチ』っす! 色々役立つからリボンのお礼にあげるっす!』
彼女はそう言ってたけど、宇宙船が不時着した時、かろうじて持ち出せた予備らしい。
いいのかなぁ、こんな大切モノもらっちゃって。
昼休み、給食を食べ終えたあたしは、木葉のクラスへ行ってみた。
気付かれないように、遠目から観察していたそのときだった――
「ねぇ、なに……してるの?」
「ひゃっ!」
ビックリしたぁ。
まぁ、教室の出入口でコソコソしてたら不審がられるよね。
あたしの背後から声をかけてきたのは、小柄な女子生徒。
あたしよりも短めの黒髪ショート。目は前髪で隠れてて見えない、大人しい感じの子だ。
「あ……あははは、いやぁ、ちょっと友達がこのクラスにいるから」
「そ、じゃあ入れば?」
「あ~、うん。あのね、今その子とケンカしちゃってて……様子を見に来ただけなの」
ヤバイなぁ、あたしが来てるの木葉にバレたくないし、どうやって誤魔化そうか……。
「じゃあ、見つからないようにしなくちゃだね」
「へ……う、うん」
その子は教室の中へ入っていった。
よかった! 空気読める子で助かった! あたしは心の中で感謝し、小さく手を合わせた。
さて、早く調査しないと昼休み終わっちゃう。
あたしは今、シェリフるの一員なんだから、ちゃんとしないと!
教室を見渡すと、窓際の席に座っている木葉をみつけた。
外を見つめている彼女の後ろ姿に、あたしは違和感を感じた。
あれ? あんなシュシュ、つけてたっけ?
それは鮮やかなパステルカラーのシュシュ。
ポニーテールが彼女のチャームポイントだけど、髪を結う時は確かヘアゴムだったはず。
そうだ――
小学生の頃から走り高跳びをやっていた彼女は、オシャレには無関心。
今までシュシュなんてしてるところ見たことないもん。
てゆーことは、あのシュシュがネガアイテム……?
家に帰ると、あたしはソラとイロハに調査内容を伝えた。
ソラもそのシュシュがネガアイテムの可能性が高いと推理した。
その後、三人で話し合った結果、明日『木葉救出作戦』を決行することになった。
本当は今すぐにでも木葉を助けたい。
でも、急がば回れっていう言葉もあるし、ここは慎重に行動しなきゃね。
絶対に木葉を元に戻すんだ。
☆
翌日の放課後、あたしはダッシュで下校して、ソラとイロハと一緒に猫乃手神社の入り口で木葉の帰宅を待った。
三十分くらい経って、彼女が帰ってきた。
『友達やめたい』って言われてから、顔を合わせるのはドキドキするし、それを思い出しただけで、泣きそうになってくる。
でも――あれは彼女の本心じゃない。
そう強く言い聞かせて、あたしは階段を登ってくる彼女に近寄った。
「こ……木葉」
話しかけても、もちろん無言。
うん、わかってる。でもね、くじけないよ。
階段を登りきった彼女の背中に向けて、もう一度「木葉!」と叫んだ。
彼女は立ち止まった。
「……ねぇ、私さ、友達やめたいって言ったよね? なんで話しかけてくるの?」
ナイフのように尖った言葉が、あたしの心を切りつけてくる。
辛い、痛い、苦しい。それでもね、負けられないんだ。
「木葉、そのシュシュ、こっちに渡して」
「は? なにを言ってるの? これはあたしの――」
シュルン――
ポニーテールがほどけて、黒髪が風になびいた。
彼女の後ろにシュシュを持ったソラが立っていた。
「……誰? それは私のモノよ! 返して! 返して! 返し……て」
彼女はその場で力なくしゃがみこんで横たわった。
「木葉!」
「心配ない、一時的に眠らせただけだ」
見ただけで? 記憶の書き換えとか、やることなすことすごすぎるよ!
「イロハ、南雲木葉を頼む」
「了解っす! んしょ、んしょ」
イロハは意識を失った木葉の両わきを抱えてソラから離れた。
ソラは木葉から奪いとったシュシュを放り投げて、
「さて、さっさと正体を現したらどうだ?」
シュシュはフワリと宙に浮いて、パステルカラーから漆黒へと変化した。
ソラとイロハはスマートウォッチに触れ、シェリフるの白い制服へと変身した。
戦う準備は出来てるみたい。
「ソラ先輩、木葉ちゃんを安全な場所まで移動させたっす!」
「了解だ。なら先手必勝……」
ポケットからトランプみたいなカードを取り出したソラ。いったいなにをするんだろう?
ソラはカードをすばやく切る。
それはまるでマジシャンのように華麗な手さばきで、思わず見とれちゃうほど。
カードを宙に放り投げると、それは自分の意思をもっているかのように空中を舞い始め、黒いシュシュめがけて向かっていった。
「シュシュー!」
ザシュ! ザシュ! ザシュ!
黒いシュシュは宙に浮いたまま、もの凄い速さで回転して、向かってきたカードたちを次々に切りさいていった。
「フッ……正体を現す前に破壊してやろうと思ったが、そう簡単にはいかないな」
なにアレ!
なんかギザギザしてて、この間のヤツより怖い!
大きくなった黒いシュシュからは、胴体と手足が生えてきた。
「シュシュシュシューン! 我が名はネガ・シュシュ! 貴様ら全員切り刻むシュシューン!」
丸いノコギリみたいな頭がめっちゃ怖い!
ネガ・シュシュはソラに向かって両手をつき出した。
その手から、小さな円盤型のノコギリがいっぱい出てきた。
「ソラ! 危ない!」
あたしは思わず叫んだ。
その瞬間、ソラが右手を振り上げると、宙に浮かんでいるカード達が円盤型のノコギリに向かっていった。
ガキィン! ガキィン! ガキィン!
甲高い音を立てながら、ソラとネガ・シュシュの間で火花が飛ぶ――
カードを意のままに操って攻撃を防ぐソラ。
この技ってもしかして、念動力(テレキネシス)ってヤツなのかな?
「コイツは少しやっかいだな……。イロハ! 俺が引きつけている間にポジティバーで仕留めろ!」
「あいあいさ~っす!」
イロハは腰のホルダーから拳銃を取り出してネガ・シュシュに向けた――
「イロハ、しっかり狙いを定めろ。ポジ弾はそれが――」
「サンライズ・イエローショーット!」
ドン!
黄色い光の塊が銃口から発射された。
けれど、それはネガ・シュシュの後ろを通り抜けていっちゃった。
「は! は……ははは、はずしちゃったっすー!」
涙目でオロオロするイロハ。
「イロハ、落ち着いて! あたしもアーチェリーやってるからわかる。でもね、一回はずしたからって落ち込むことないよ! ドンマイ! 次、しっかり狙ってこ!」
「……無理っす」
「なんで? 一発で的の真ん中に命中させることなんて、プロでもむずかしいことなんだよ? 大丈夫! 次は……」
「そもそも弾がないっす」
「……は?」
「さっき撃ったのがラスイチっす」
「え……ええぇぇぇ――――?」
ラスイチなのに、狙いも定めないでドーン! って撃ったの?
この子、大胆というか、なにも考えてないっていうか……ある意味ものすごい大物になるかも。
「ヤバイっす! マジヤバイっす! どーしよーっすぅ!」
「だ、誰にでも失敗することはあるよ! 弾がないなら他の方法でアイツを倒そう! ね?」
「……ネガ・モンスターはポジ弾でしか破壊できないっす」
イロハが言うには、ポジ弾はカラフルで作られる『ポジティブエキス』が封入された弾丸で、ネガパウダーを無効化する唯一の方法らしい。
不時着したとき、予備の弾丸は宇宙船と一緒に燃えちゃって、この間ソラが撃ったのと、さっきイロハが撃った二発しか残ってなかったみたい。
それじゃ……アイツを倒せないってこと?
木葉を助けられないってこと?
「うえ~ん! うえ~ん! 真白ちゃ~ん、ソラせんぱぁ~い、ごめんなさいっす~!」
「うろたえるな、イロハ。ここはなんとか俺がしのぐ。だから、お前たちは一旦逃げろ」
逃げる?
逃げてどうするの?
ネガ・モンスターを倒さないかぎり、木葉は元に戻らないんじゃないの?
それにソラを残して逃げるなんて出来ない!
どっちにしてもヤダ……そんなのヤダよ!
あたしはあきらめたくない。あたしは……木葉をあきらめたくない!
そう強く願った瞬間、カラフルウォッチの画面が光った。
「なにこれ……まぶし」
そのとき、あたしは無意識に画面を触った。
指先から光が上がってくる? うわわわっ!
しばらくして光はおさまった。
あたしはソラたちと同じ、シェリフるの白い制服に身を包んでいた。
そして、更に――
「え? え? なに、コレ……」
あたしの右手に握られていたのは、銀色に輝くアーチェリーだった。
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