第4話 【既読にならないメッセージ】

 「ふああ~あぁぁ……ねむた~い」

 猫乃手神社で猫さんたちにキャットフードを配りながら、あたしは目をこすった。

 結局、夕べは全然眠れなかった。

 そりゃそうだよね。同じ屋根の下に宇宙人(カラフル人だっけ?)、しかも、あんなイケメン男子がいたら気が気じゃないよ。

「それにしても、ソラはもう少し言い方を考えてほしいなぁ」

 さっきも起き抜けに、

「今日からオレたちは、今後の打ち合わせと町の調査をする。お前はいつも通りの日常生活を送れ」だって。

 見た目はカッコいいけど、偉そうだし、性格がひねくれてるよね。

 でも、あたしのこと優しい子だって言ってたんだ。それはちょっと嬉しいかも。

 まあ、カラフル人でも、地球人でも、猫さんでも、困った時はお互いさまかな。

「あれ? そういえば木葉はどうしたんだろ?」

 リュックに付けてるデジタル時計を見ると、七時を過ぎてる。

 部活のない日は必ず七時ピッタリに来て、一緒にキャットフード配りするのに、今日部活だったっけ?

 夕べ寝る前にラインをした時は、そんなこと言ってなかったけど――

 時間ギリギリまで待ったけど、やっぱり彼女は来ない。

 敷地内にあるお家まで行こうかと思ったけど、猫乃手神社はダダっぴろいし、もしかしたらすれ違っちゃうかも知れない。

「わわっ⁉ 遅刻しちゃう!」

 あたしは一人で学校に走った。


「南雲さんなら、朝練と学校休むって、顧問の先生が言ってたよ」

 教室で陸上部の女の子に木葉のことを聞くと、そんな答えが返ってきた。

 朝練はともかく、彼女が学校を休むなんて信じられないや。

 だって、小学校からいままで、一度も休んだことないんだよ?

 それに学校休むなら、絶対あたしに連絡してくれるはずなのに……。

 木葉……どうしちゃったの?



「木葉ちゃんね、昨日からお部屋に閉じこもって出てこないの」

 放課後、木葉のお家に立ち寄ると、彼女のお母さんがそう教えてくれた。

 部屋から出てこない? 

 それって、もしかして引きこもり? 

 信じられない、あの木葉が?

 とりあえず、病気ではなさそうだけど、それはそれで心配。

「真白ちゃん、何か心当たりはないかしら?」

 帰りがけに、木葉のお母さんにそう聞かれたけど、あたしにも全然分かんないよ。

 アーチェリーの練習は、木葉のことが気になっちゃって、昨日よりもさらに集中出来なかった。

 帰宅してラインを送信してみたけど、翌日の朝になっても、既読になることはなかった。



『あたし、星野真白。あなたのお名前は?』

『木葉。南雲木葉だよ』

 虹色町に引っ越してきたあの日、一番最初に声をかけたのが木葉だった。

 小学一年のとき、アーチェリーのオリンピック選手候補だったお父さんが、病気で虹の橋を渡って天国へ旅立った。

 そのことがきっかけで、東京に住んでいたあたしとお母さんは、この虹色町へ引っ越してきたんだ。

 右も左もわからない田舎町。

 道に迷ったあたしは白猫さんに導かれて、この猫乃手神社を見つけた。

 そして、沢山の猫さんたちに囲まれている木葉と出会ったんだ。

「それがこの場所だっけ……」

 猫さん達にキャットフードを配り終えたあたしは、猫乃手神社の真っ赤な鳥居を見上げながら木葉を待っていた。

 そのとき――

「木葉……」

 彼女が来た。

 あたしは足早にそばへ駆け寄った。

「木葉、おはよう。ね、どした? 何かいやなことでもあったの?」

「……」

 彼女は目をふせたまま無言で、あたしの問いかけに答えない。

「ねぇ、ホントにどうしちゃったの? あたしたち親友でしょ? 悩みがあったら相談にのるから! あたしにはなんでも話してくれたじゃん!」

「……ごめん、話したくないの」

「え? こ、木葉?」

「ほっといて……ほっといてよ!」

 そう言うと、木葉は一人で階段を駆けおりていった。


 正直、その日の授業は頭に入らなくて、心ここにあらずって感じだった。

 放課後、あたしは校門で木葉を待った――

 どのくらい待ったかな……? 

 日が暮れ始めたころ、彼女はやって来た。

 だけど、一瞬こっちに目配せしただけで、うつむいたまま通り抜けて行っちゃった。

 あたしは、無我夢中で彼女の背中を追いかけた。

「待って、木葉!」

 呼び止めたのに、あたしの声は聞こえているはずなのに、彼女はもっと早歩きになった。

 遠ざかっていく背中を見つめていると、涙が出そうになる。

 それでもあたしは、その背中に向かって何度も名前を呼びつづけた。

「この……は、木葉、木葉ぁ!」

「……なに?」

 止まってくれた。

 でも、振り返ってくれない。

 あたしは思いきって背中ごしに、

「話が……話があるの!」

 と、叫んだ。



「それで……なに? 私は話すことなんてなにもないよ」

 木葉はそっけない態度で目をふせた。

 ここは小学生のころ、木葉といっしょによく遊んだ公園。

 中学生になってからはあんまりこなくなってしまったけれど、思い出がたくさんある大好きな公園だ。

「ねぇ、木葉、ごめん」

「なんであやまるの? 意味がわからない」

 彼女はまだ目をふせたままで、あたしを見ようともしない。

「あたしさ、今日一日、色々考えたんだ。なんで木葉があたしのことを無視するのかって」

「……そぉ。で?」

「はっきりとした原因はわからないけど、きっとあたしが悪いんだって思った。あたし、デリカシーとかないしさ、知らないうちに木葉のことを傷つけてたんじゃないかって――」

 そこまで言うと、彼女は「だから?」と言って、あたしをにらんだ。

「だから……あたしが悪いならちゃんと謝るから、もう許してほしい……」

 彼女はそのまましばらく無言になったけど、少しして「……あのさ」とつぶやいた。

「なに? なんでも言って! あたし、あたしは木葉とずっと……」

「もう、友達やめたい」

 え? 

 何て言ったの? 

 友達、やめ……たい?

 それって、もう木葉といっしょに学校へ通えないってこと?

 もう猫乃手神社にも行っちゃいけないってこと?

 夏休み、約束してたお祭りや海にもいっしょに行けないってこと?

 そんな、そんなことって……ありえないよ。

「そういうことだから。私、帰る」

 そう言い残して、彼女は公園から出て行った。


 涙が頬を伝ったのがわかった。

 それはやがてグミみたいにポロン、ポロンとこぼれ落ちた。

 公園の土がじんわりと濡れていくのを見て、あたし分かったんだ――

 この先の人生に、木葉は隣にいないんだって。

「う……ううっ! うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!」

 あたしは泣いた。

 夕暮れ時に鳴くセミさんよりも大きな声でギャン泣きした。

 幼なじみを、親友を、木葉を失うことの悲しみが、こんなにも、こんっ……なにも辛いことだなんて。

 イヤだ。

 イヤだ。

 イヤだよ。

 見知らぬ町へ来た時、本当はもの凄く不安だった。

 幼稚園からの友達、慣れ親しんだ街、そしてお父さん。

 みんな、みんなあたしの目の前からいなくなった。

 それでも泣かずに、前向きに今までやってこれたのは、木葉がいたからだ。

 そうだ……本当のあたしは前向きなんかじゃない。ただ強がっていただけなんだ。

 その強がりをポジティブだと思い込んでいただけだったんだ。

 木葉に友達やめたいって言われて、はっきりとわかった。

 あたしは、木葉が隣にいてくれたから前を向けていたんだって。

「この……は、このはぁ、このぉ……はぁぁぁ……うっ、うっ、うううう……」

 涙が止まらない。

 絶望にうちひしがれていたそのとき、あたしは背後に人の気配を感じた。

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