第3話 【推し猫、家に来ちゃった】

 お母さんが保護したという二匹の猫さんを見に、あたしは離れにある猫さんスペースに行った。

「にゃ~」

「なおーん」

「んにゃ~」

 二十匹以上いる眠たげな鳴き声の猫さんたちを見渡していると、「みゃお~」と鳴きながら、茶トラの子猫さんが駆けよってきた。

 あたしがプレゼントした赤いリボンの首輪を付けてる。

 ――間違いない。

 猫乃手神社の池で漂流してたミャオだ。

 ギタイとか宇宙人とかなんとか、あたしは全然信じてないし、単にユーチューバーにからかわれただけだって分かってはいるけれど、一応たしかめておこうかな。

 えっと、名前はたしか……。

「……イ、イロハ?」

「みゃおー! みゃおーん!」

 ミャオは、その場でグルグル回り出した。

 この派手なよろこび方……まさか、ホントにツインテールのあの女の子?

 いやいや、違う違う!

 ミャオは元々あたしになついてたし、そんなわけないじゃん、あはははは。

 とりあえず、ミャオは見つけた。さて、銀色のイケメン猫さん、クーはっと。

 ――いた。

 窓際で月明かりに照らされながら斜にかまえてる。

 サマになってるところが憎めないや。

「クーはソラだっけ? イケメンだけど嫌味なヤツだったな~」

 ま、とにかく、猫乃手神社の推し猫さんなんだから、歓迎しなきゃね!

 あたしはバックヤードにキャットフードを取りに行こうと、クーに背を向けた。

「嫌味なヤツで悪かったな」

 え?

 聞き覚えのある声に振り返ると、銀髪に空色の瞳――窓際にあの美少年が座っていた。

「え……ええぇぇぇ――?」

 ちょ、ちょっと待って! 

 この人、今朝のユーチューバー……ソラ?

「あの神社も多かったけど、ここも負けずおとらず猫だらけなんだな」

「い、いつの間に入ってきたのよ?」

「は? なにを言ってるんだ? さっきからいただろ」

 ソラは自分の座っている窓際を指さし、

「ここに」

 と言った。

「ちょいちょいちょーい! 待って待って、もうそういう冗談はやめて! これドッキリなんでしょ? 町の人をターゲットにした、配信とかでやってる企画! あなたたちがユーチューバーなのはわかってるんだから!」

「……そうか。まぁ、理解しろと言う方がむずかしいか」

 そうつぶやいたあと、ソラはあたしの後ろの方を指さした。

「アレ、よく見てろ」

 なに? っていうか、なんでずっと命令口調なの?

 振り返ると、そこにはミャオがいるだけ。

「ミャオがなによ?」

 わけわかんないよ。いったいなにがしたい……えっ?

 ミャオはキュッと丸くなって、ポンッと跳ね上がると、ツインテールの女の子、イロハになった。

「真白ちゃん、はろはろ~! きちゃったっすー! にゃはん♪」

 彼女は満面の笑顔で、目元ピースをしてみせる。

「ななな、なに今の? まさか二人はホントに宇宙人なの?」

「朝からそう言ってるだろ」

 ソラは涼しい顔であたしを見つめる。

 そのとき――

「真白ちゃ~ん、夕飯出来たわよ~。ん? その子たちは……」

 ヤバイ! 

 ヤバイヤバイヤバーイ!

 お母さんが来ちゃった? 

 どうしよう? 

 ソラとイロハのこと、どう説明したらいいの?

「今朝、神社で会った宇宙人なの」とか?

「保護猫さんが、なんと宇宙人でしたー!」とか?

 うわあああ! まったく思いつかないよー!

 あたしはもうパニック状態! なんにも言葉が出てこなくなっちゃった!

 ソラは立ち上がると、お母さんの目の前へ歩いていった。

 なに? お母さんになにをする気?

「あら……ソラくん?」

「はい。お久しぶりです、すみれさん」

 へ? なんでお互いに名前を知ってるの?

「やっだぁ~、今日来るって知ってたら、迎えにいったのにぃ~」

「突然すみません。色々ありまして、今日になりました」

「そうだったのね。ううん、全然かまわないわよ。イロハちゃ~ん、久しぶり~」

 お母さんはイロハに向かって笑顔で手を振った。

「やっほー! すみれママ~」

 イロハも満面の笑顔で手を振り返す。

 は? はぁ? はぁあああ? 

 どういうことなのコレ?

「お、お母さん。この人たち……知ってるの?」

「知ってるのって、『いとこ』のソラくんとイロハちゃんじゃない。小さい頃、叔父さんのお家でよく遊んだでしょ?」

「お……叔父さん? ん? その前はなんて?」

「いとこよぉ。二人の夕飯も用意するからお手伝いお願い!」

 いと……こ? 

 今、いとこって言った?



 夕食後、あたしはすぐに二人を自分の部屋へ引き入れた。

「いや~、キャットフードもおいしかったすけどぉ、カツカレーって食べ物、最高っすね!」

 部屋に入ると、ソラとイロハはベッドに、あたしは椅子に座った。

「そ……そぉ。喜んでいただけてなにより」

 夕飯のメニューはトンカツだったんだけど、あたしとお母さんの二人分しかなかったから、カツカレーに変更したんだ。

 やっぱ、お母さんて機転が効いてすごい……って! それよりも聞かなくちゃならないことがあるんだった!

「ねぇ、ソラ。お母さんに一体なにしたの? いとこってどういうこと?」

「視覚から脳神経細胞に侵入して記憶を書き換えたのさ。俺たちはお前のいとこという設定にした」

「き、記憶の書き換え? そんなことして、お母さん大丈夫なの?」

「脳には無害だから問題ない。俺の能力『記憶改ざん』は、カラフル人の中でもシェリフるの部隊長だけが習得できる特殊能力だからな」

 ソラによると、カラフル人は様々な特殊能力を持っていて、ギタイや記憶の操作などは特殊な訓練によって身につけられるんだって。

 シェリフる……

 そう言えば、猫乃手神社でそんなこと言ってたっけ。

「それで、どうして地球に来たの? シェリフるって?」

「銀河系保安官、通称シェリフるは、惑星カラフル一の巨大組織だ。俺たちは銀河系内の様々な問題や、緊急事態に対処するために活動する特別な部門の調査官で――」

 ソラはスラスラと一気に説明し始めた。 

「事件や危機の調査、情報収集、犯罪者の追跡などを担当し、証拠を集めて、犯人を確保する役割を果す――」

「ストーップ!」

 あたしはソラをさえぎった。

「なんだ? 人が説明してやってるのに、失礼なやつだな」

「説明もなにも、むずかしすぎて全っ然、分かんないって!」

「それは違うな。お前に俺の話を理解しようという気持ちがないだけだ」

 かっちーん!

「ちょ、ちょっと、なによ、その言い方? そもそも――」

 椅子から立ち上がりかけたそのとき、イロハが間に割って入ってきた。

「二人ともケンカしちゃダメっすよ! ソラ先輩もぉ、もっと簡単に説明しないと~」

「俺は、難しいことなんてなにも言ってない」

「んもぉ~、ソラ先輩ったらガーンコ♪ 真白ちゃん、あーしから説明するっす! つまりね、シェリフるは、宇宙の安全を守ってる保安官てことっす!」

「……そ、そうなんだ」

 イロハのシンプルな説明で、なんとなく分かった、かも。

 彼女は続けて、これまでのいきさつを話してくれた。

 二週間前、二人が乗った宇宙船は、パトロール中にトラブルを起こして、虹色町の山の中へ緊急着陸したんだって。

 それで、仲間へSOSを出したんだけど、救護班が到着するまでに数日かかるって言われちゃったらしい。

 だから、二人はそれまで、怪しまれないように猫さんにギタイして、猫乃手神社に潜むことにした。

「どーすか? これであーしらのこと、分かってくれましたか?」 

「う、うん。そういう事情があったんだ……でも、なんであたしの家に来たの?」

「ああ、それなんだが、いいかげんあの神社で猫として過ごすのも疲れた。だから、しばらくお前のところで世話になろうと思う」

「ええっ? で、でも……」

 なに言ってるの? 

 急にそんなこと言われても困るよ!

「すみれさんには、適当に説明しておくから大丈夫だ。心配するな」

「そういう問題じゃなくって――!」

「ソラせんぱぁ~い、そんなお願いの仕方はダメダメっすよ~」

 イロハが再び、間に割って入った。

「真白ちゃん、この人はね、素直じゃないんすよ」

「え?」

「本当はものすご~く感謝してるんすよ。『猫に擬態して正解だった』って。あーしらはね、猫さんたちにごはんをあげてる真白ちゃんを見て、感動したんすよ。なんて優しい子なんだろうって。ね! ソラ先輩!」

 イロハにそう言われて、ソラはあたしから目をそらした。

「……まぁ、その奉仕精神は認める」

「ね! 真白ちゃん、迷惑はかけないっすから、しばらくこの家に泊めてほしいっす! お願いっす! あーしは大好きな真白ちゃんといっしょにいたいっす!」

 目をうるうるさせて、お願いしてくるイロハ。

 そんな顔されたら断れないよ。

「……わかった。しばらくの間だけだからね」

「やったー! 真白ちゃんありがとうっす! めっちゃ嬉しいっす!」

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